熱狂的『PEANUTS』ファン田中宗一郎は、映画『I LOVE スヌーピー』をこう観た

田中宗一郎、『スヌーピー』を語る

キンクスや村上春樹の世界に通じる、厭世観と諦念とシニシズム

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——なるほど。「みんながみんな違ってて、それでいい」「むしろ、その方がいい」っていうことに対する共感ということですね。

田中:うん、まあ。ただ実際は、誰もが愚かで、誰もが罪深くて、誰もが残酷だっていう事実を笑い飛ばしながら、それを受け入れる知恵と寛容さ、みたいなニュアンスかもしれないけど。あと、もう一つ大きいのは、これは手塚治虫作品に惹かれる理由にも近いんだけど、根っこの部分で厭世的で、シニシズムがベースにあるところ。

——あぁ。

田中:それを象徴するエピソードとして、ルーシーがまだ赤ん坊の、ライナスの下の弟リランを初めて屋外に連れて行って、「これが世界よ!」って言う話があるんだけど。最後のコマでリランがこう言うんですよ。「これが?」って(笑)。あと、これは今回の映画のネタバレになっちゃうけど、最後にチャーリーが報われるじゃない? 原作原理主義者としては、あそこにはやっぱり「う〜ん」と唸らずにはいられなかった。さっきも話したけど原作ではチャーリーは彼女に話しかけることさえ出来ないままだったから。赤毛の女の子をずっと家の外からストーキングしていて、雪の中で足が凍って動けなくなったり。でも、そういう「報われなさ」を笑い飛ばしてあげるのが『ピーナッツ』なんだよね。チャーリーというのは、所謂アメリカン・ドリームの影にいた人たちへの慈愛の眼差しから生まれたはずなの。報われないまま、それでも精一杯生きた人たちっていうか。あと多いのは、キャラクターの非道さを描いて、そのキャラクターがヒドい目に合うっていう類いの話。特にスヌーピーがそういう役割なんだけど。だから、全体的な世界観としては、常にシニカルだし、厭世的だし、それぞれのキャラクターは欠点だらけの変人だし、世の中のあらゆる価値観に対して、どこまでも容赦なく批判的なんだよね。ただ、ちゃんと最後には笑い飛ばしてあげるっていう慈愛と寛容さがある。

——なるほど。

田中:だから、実のところ、日本人に好まれる「努力が報われる話」だったり、「欠点も含めて自分を肯定してくれる話」だったりとは真逆の世界観なんですよ。今回の映画の字幕だと、チャーリーの「僕はダメ人間で、赤毛の女の子は特別なんだ」ってセリフがあるんだけど、でも、英語では「I‘m Nothing,She’s Something」って言ってるのね。日本語の字幕だと、なんだかチャーリーはただのダメな人なんだけど、実際はもっと枯れたキャラクターでさ。ロックの世界でもキンクスのレイ・デイヴィスみたいに、若い頃から老人みたいな諦念を抱えた人っているでしょ? 村上春樹の初期三部作の「僕」みたいなさ。

——「やれやれ」ってやつですね。

田中:そうそう。チャーリーの決め台詞の一つに「Good Grief…」ってのがあるんだけど、それを谷川俊太郎は「やれやれ」と訳していた。

——おぉ。そこが村上春樹の「やれやれ」のルーツなのではないかという説、どこかで読んだことがある!

田中:例えば、今回の映画にも出てくる「凧食いの木」っていうのは、チャーリーが凧を上げようとしても必ず失敗するっていう自分自身の能力のなさ、才能のなさを受け入れられないことを擬人化したキャラクターなんだけど、基本的には、彼は「絶対に報われない」、「絶対に勝てない」という自分自身と世界の関係を受け入れて、なんとか折り合いをつけようとしている。だから、実は凄まじくタフなキャラクターなんですよ。誰にも真似できない。それに対し、スヌーピーは、どんなことでも簡単にこなせてしまう究極のスーパーマンなんだけど、自分自身が犬であるという現実だけは受け入れられない。その一点において、彼はチャーリーにだけは100%敵わない。つまり、『ピーナッツ』という作品はチャーリー・ブラウンという特異なキャラクターによって、20世紀後半の50年間を費やして、アメリカの光と影の両方をきちんと描き続け、ヒーローという概念を再定義し続けた。それこそが『ピーナッツ』の独自性であり、先見性なんだと思う。

(取材・文=宇野維正)

■公開情報
『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』
公開中
監督:スティーブ・マーティノ  
配給:20世紀フォックス映画
吹替声優:鈴木福、芦田愛菜、小林星蘭、谷花音
(c)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation.All Rights Reserved.
PEANUTS(c)Peanuts Worldwide LLC
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