熱狂的『PEANUTS』ファン田中宗一郎は、映画『I LOVE スヌーピー』をこう観た

田中宗一郎、『スヌーピー』を語る

「恋愛感情とは身勝手なもの」という一貫したテーマ

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——でも、今回の『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』は80年代の頭のあたりの絵柄がベースになっているわけですよね? そこに不満はなかったんですか?

田中:いや、そこは最適なチョイスだったと思う。フォルム的には一番完成度の高い時期だし。この時期のキャラクターが一番かわいい。70年代に入るとシュルツはキャラクターをいろんな角度から描き出すようになってきて、そこではいろんな変わった表情やフォルムが出てくるんだけど、それをアニメーションで表現しようとするのは至難の業だったと思うしね。それと、今回の映画には、これまで作られてきたアニメーション作品への直接的なオマージュもあって、過去のピーナツ作品全般に対して全方位的に敬意を払っている。これは本当に偉い。ダンスのシーンがあるでしょ? あそこに使われてる音楽は以前のアニメーション・シリーズのサウンドトラックを手掛けていたジャズ・ピアニストのヴィンス・ガラルディの音楽がそのまま使われていて、サリーやバイオレットの踊りの動きもそのままなんですよ。このヴィンス・ガラルディの作品はリイシューされた時もPitchforkで8点台取ってたりして、かなりの名盤なんだけど。だから、こういう俺みたいなハードコア・ファンからすると、不満だの、文句を言い出せばキリがないんだけど、そもそも、いろんな時代の、いろんなファンが何億人もいるわけだから、その期待をすべて満たさなきゃいけない。そんな不可能に近いことを目指したわけだから、それはそれは大変だったと思うよ。

——原作の解釈という点からは、どう思いましたか?

田中:『ピーナッツ』の原作に対しては、いろんな視点があって。日本では、それこそ自己啓発系の本みたいな角度からキャラクターの発言をまとめたような本も出てたりするし。50〜60年代には海外でフロイト的な精神分析の題材にされることも多かった。あと有名なのは、シェークスピアの作品と同じように、それぞれのキャラクターにはシュルツの性格の多面性が反映されているっていう話で。いずれにせよ、アーカイヴは膨大だし、どんな切り取り方も出来る。でも、一つの長編作品にまとめるとなると、どうしても最大公約数的なものにならざるをえない。これも致し方なかったんじゃないかな。今回のメイン・プロットになっている「赤毛の女の子」の話も、60年代、70年代、90年代と断続的に描かれてきたもっとも有名なストーリーラインの一つだしね。

——あの「赤毛の女の子」は、原作でも映画のように教室に転校生として現れるんですか?

田中:どうだったかな? いや、確かそうじゃなかったはず。チャーリーは床屋さんの息子で。おそらく移民二世だよね。で、はっきりとは言明されてないんだけど、父子家庭なんだよ。だから、いつも学校のランチタイムではピーナツバターを塗っただけのサンドイッチを一人でベンチで食べてる。で、その時に校内で彼女のことを発見する。だけど、「赤毛の女の子」の存在は原作では決して絵で描かれることがないんだよね。

——そうなんだ!

田中:90年代に入ってから、チャーリーが彼女をプロム・ダンスに誘おうと切磋琢磨する話があって。でも、最終的には彼女とダンスを踊っていたのはスヌーピーだった、って話があるんだけど、そこでもシルエットでしか描かれていない。何故かというと、そもそも赤毛の女の子というのは、チャーリーの理想の投影であって、決してかなうことのない夢の象徴だから、具体的なフォルムを持っちゃいけないんですよ。「恋愛感情というものは常に身勝手なもの」というテーマは、『ピーナッツ』ではずっと描かれていて、ペパーミント・パティとマーシーの二人はチャーリーのことが好きなんだけど、それぞれ彼のことをチャック、チャールズって呼ぶんだ。名前を間違えていたり、自分だけの呼び名で呼んでる。つまり、自分の身勝手なイメージを彼に投影してるだけ。だからこそ、チャーリーはそれをわかっていて、彼女たち二人を相手にしないんだけど、自分もまた赤毛の女の子には都合のいい理想を投影していることには気付かないんだよね。それはさておき、そうした映画向けの改変は、スヌーピーの撃墜王のエピソードだとか、他にもたくさんあって。今回の映画ではチャーリーの妹のサリーを除いて、主要キャラクターのほぼ全員がクラスメイトという設定なんだけど、原作ではチャーリー、シャーミー、バイオレット、パティよりもルーシーは年下で、それよりもライナスは年下。パティとフランクリンとマーシーは隣町の学校の子に通ってる。でも、主要なキャラクターをおおかた登場させるためには、それも苦肉の策だったんだと思う。

——なるほど。あと、観ていて一番違和感があったのはスヌーピーの恋人役のフィフィ。突然出てきた印象があるし、全然かわいくない(笑)。

田中:あれは映画用のキャラクターだから仕方がない(笑)。原作には出てこ
ないキャラクターで、1980年に作られたアニメーション『Life Is a Circus, Charlie Brown』にチラッと出てきたんだけど、その時はスヌーピーの恋人役でもなかったし、絵柄もまったく違う。それにそもそもスヌーピーって完全なプレイボーイ属性で、撃墜王の時もフランスの酒場でルート・ビールを飲みながらウェイトレスをナンパするのがお約束の描写だから、一途に恋人を追いかけてるっていう時点で、原作原理主義的からすると、う〜んって感じ(笑)。

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