山下達郎の持つ“先見の明”とは? プロジェクトのキーマン・スマイルカンパニー黒岩利之氏に聞く

キーマンが語る、山下達郎の“先見の明”

 音楽文化を取り巻く環境の変化をテーマに、業界のキーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。今回はソニーミュージック・レーベルズで〈デフスターレコーズ〉の立ち上げに参加し、2003年以降はワーナーミュージック・ジャパンの宣伝部長として活躍、2017年には株式会社スマイルカンパニーの代表取締役社長に就任した黒岩利之氏が登場した。

 山下達郎のプロモーションに感じる面白さや、彼の「先見の明」について、レーベルとマネジメントの両方を体験した黒岩氏だからこそ知る音楽業界の課題のほか、アーティストとファンの想いを繋ぎ、その実現をサポートする新たなプラットフォーム「WIZY」で展開した「山下達郎の隠れた名作『COME ALONG』シリーズがカセットテープBOXで蘇る」プロジェクトの話など、じっくりと語ってもらった。(編集部)

「達郎さんのやり方に時代が追いついた」

――まずは黒岩さんご自身のお話も伺っていきたいのですが、山下達郎さんとお仕事をするようになったのは、どのタイミングからなのでしょう。

黒岩:僕はもともと達郎さんの所属レコード会社であるワーナーミュージックに在籍していて、正式に担当したのはシングル『ずっと一緒さ』(2008年)からです。その前に竹内まりや宣伝担当という立場でアルバム『Denim』(2007年)に関わるなかで、プロジェクトにご一緒させていただくことになりました。

――以前から、まりやさんのお仕事を通じて接していたんですね。

黒岩:そうですね。竹内まりやのプロデューサーとして、達郎さんから意見をいただいたり、相談させていただいたりと、コミュニケーションを取らせていただいてました。

――これまで黒岩さんが担当されていたアーティストと、山下達郎さんとの相違点というか、特に違うなと感じた点はありましたか。

黒岩:他のアーティストだと一面的なことしか気づかない部分まで、しっかりと把握されている方というイメージでした。レコード会社の役員を経験されていたこともあってか、営業や宣伝のことにも興味をお持ちだったり、実際に知識も豊富だったりするんです。また、その時からレコード会社のスタッフを大切にし続けてくれているという一面も持っています。出会った当初から、僕らのようなスタッフの意見をニコニコしながら聞いてくれて、面白いと思ったものはすぐに取り入れてもらったり。なので、僕らもつい調子に乗って「こんなことできませんか?」とどんどんアイデアを出していました。

――黒岩さんが携わってから10年あまりの間に、音楽業界の状況も一変しています。そばで見ていて、達郎さんの世の中への向き合い方は変化したと感じますか?

黒岩:僕が担当したのが、ちょうど久々にツアーを再開するタイミングだったんです。そこから毎シーズン、ツアーをするようになって、ご本人もCDを出すことを軸に考えるのではなく、毎年リリースの販促ではない、自分がやりたいようにやれるライブを増やしていって、その合間に作品をリリースがすることを望んでいました。

ーーその時のスタッフ陣はどのような反応を?

黒岩:僕らはレコード会社のスタッフだったわけですから、「いやいや、ライブを削ってでも、CD出してください」という思いではありました(笑)。ただ、結局は時代と共にライブの重要性がどんどん大きくなっていったわけですから。達郎さんのやり方に時代が追いついたという意味では、先見の明があったというか、そのような事態も見越していたのではないかと今となってはそう思っています。

――現在の黒岩さんは、ワーナーミュージック・ジャパンのスタッフから株式会社スマイルカンパニー、つまり事務所側のスタッフという立場に移っていますが、やはり視点が変わると見えるものも違いますか。

黒岩:会社を移ったのが2017年5月16日で、約半年ではありますが、少しずつ立場の違いに慣れてきたのですが、レコード会社の時は、今までは最終的にマネジメントが判断するということもあり、多少乱暴なボールを投げていたところもあったなとあらためて気づかされました。今まではいろんな案をわりと自由に発想して出していたのですが、今は僕自身が最終的に決裁しないといけないことが多く、より慎重に考える立場になったのではないかと思います。

――そんななかで行った施策のひとつが「WIZY」との取り組みでした。『COME ALONG』シリーズはもともと、店頭演奏用に作られたアナログレコードで、反響の大きさからカセットテープでリリースされた伝説的アイテムです。今回、「WIZY」の企画としてリリースされた経緯とは?

黒岩:33年ぶり3作目という記念のリリースに際して、シリーズの歴史を考えても、カセットを中心にした企画にしたいという思いがありました。もともと僕はレコード会社時代、「360度ビジネス」――つまり、CDの売上だけに頼らず、多角的な取り組みを提案・推進する部署にいたので、WIZYには大変興味を持っていたのですが、なかなか企画を実現するタイミングがなくて。そのなかで今回、あえていまカセットでリリースすることの意味を伝え、それを企画として目立たせるという観点から、WIZYでやれたらいいな、というところにたどり着いたんです。企画成立時、山下達郎楽曲はストリーミングでは「dヒッツ」だけで配信しており、本人もレコチョクさんの名前は当然知っています。今回、同じくレコチョクさんの音楽プラットフォーム=WIZYでプロジェクトを進めている、という報告をすると、「それは面白そうだね」と言っていました。

――カセットテープというメディアを選んだ意図についても、あらためて聞かせてください。

黒岩:『COME ALONG』はもともと非売品の音源でしたから、CDとしてリリースするのは抵抗があり、カセットで販売したという経緯があります。本人のこだわりも強く、しきりに「カセットも出さないの?」と言っていたんです(笑)。

――プレイヤーがセットになっているのも、アイテムとして魅力的でした。

黒岩:そうですね。グッズとしても楽しんでいただきたいというこだわりがありましたし、実際にカセットの音色を伝えるということが、新しいかたちの提案になればと考えました。実はいま、若い人がカセットプレイヤー風のスマートフォンケースを持っていたりして、カセットが新鮮でおしゃれなアイテムになっているのではないかと。

――また今回の企画では、カセットに加えてプレイパスコードもついているので、ダウンロードしてスマートフォンでも聴くことができます。カセットテープでシリーズ本来の魅力を引き出すとともに、現代性への目配りもきちんとされていますね。

黒岩:実際、カセットを購入された方もデッキで聴くことは少ないでしょうし、プレイヤーを同時購入されない方にはグッズとしてコレクションしていただくことになると想定して、外ではダウンロードした音源を聴いてもらおう、というイメージでした。アナログとデジタルの両方で聴ける、というのは非常に重要で、これはレコチョクさんと組むからこそ、できることですね。

――最近では、シティ・ポップ系のアーティストがカセットテープで音源をリリースする、ということもありますね。

黒岩:そういうことも含めて「新しいことが起きているな」という感覚があったので、面白そうだと思っている若いリスナーのためにも、「これがカセットなんですよ」というものをリリースすることには意味があると考えました。とはいえ、ただカセットをリリースするだけではマニアックなイメージにもなり得るので、やはりWIZYのプロジェクトとして大きく展開することで、より効果的にリスナーにも伝えられるのではと。音楽をエアチェックして、自分で編集したテープを聴く――というカルチャーは、音楽の聴き方として豊かだったような気もしますし、そんな空気感も届けられればと考えました。

――プロモーション/セールスのプロフェッショナルとして、商品としての音楽に対するユーザーの関心が変わってきたと実感することはありますか?

黒岩:やはり、若い世代がCDを買わなくなり、ライブだったり、あるいはTシャツやタオルなどのグッズに気持ちが移っていることは事実です。そのなかで、やはりパッケージとしての魅力を伝えることにこだわっていきたいという思いはありますが、ただ黙々とCDを出していくだけではなく、きちんと届くような企画をしなければなりません。そのなかで、今回の取り組みはとても有意義な実験にもなったと考えています。

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