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『夏フェス革命』トークイベント

レジー×佐々木俊尚が語る、“音楽の価値”と“コミュニティ”の変容 『夏フェス革命』発売記念対談

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 音楽ブロガー・ライターのレジー初の著書『夏フェス革命 ー音楽が変わる、社会が変わるー』(Amazonで発売中)。本書の発売を記念し、著者レジーと作家・ジャーナリストとして活躍する佐々木俊尚のトークイベントが、12月14日に青山ブックセンター本店にて行われた。

 1997年のフジロックフェスティバルの初開催から20年あまり、夏フェスはどのようにして「音楽ファンのためのイベント」から「国民的レジャー」となったのか。同書では、世界有数の規模に成長したロック・イン・ジャパン・フェスティバルの足跡や周辺業界の動向、メディア環境の変化などに触れながら、エンターテインメントとして、またビジネスとして、フェスが成功した仕組みを考察している。

 トークイベントでは、本書の内容はもちろん、フェスにおける音楽の位置づけやプラットフォームとコンテンツの関係、そしてこれからのコミュニティのあり方など、多岐にわたる議論が行われた。本稿では、その模様を掲載する。(編集部)

音楽は何のために存在してるのか

レジー:『夏フェス革命 ー音楽が変わる、社会が変わるー』は、タイトル通り夏フェスについて書いた本です。フジロックフェスティバルが始まったのが1997年で、今年でちょうど20年目。もちろん、フジロック以前から小さな野外イベントはいくつもありましたが、多くの人を動員してみんなで盛り上がっていくという今時のフェスの歴史は、この20年で作られたと言っていいのかなと思っています。そして、その間にフェスのあり方に大きな変化があったんじゃないかと。その変化について、音楽シーンの動向だけではなく、メディア環境の変容といった社会学的な視点、あとはビジネス的な切り口も交えながら分析しました。佐々木さん、読んでみての感想をお伺いできますか?

佐々木:僕がこの本を読んで一番考えたのは、「そもそも音楽って何のために存在してるのか」「なぜ我々は音楽を聴くのだろうか」ということでした。本書の<おわりに>の部分で、フジロックを主宰しているスマッシュの日高正博さんのインタビュー発言を引用しています。「俺の夢はね、『お客さんがどのステージも観なかった』っていうものなんだよ。ビールを呑んで草っ原で寝っ転がってたらあっちこっちから音が聴こえてきて、いい天気で…それで楽しかったって思ってもらえたら成功だと思ってるんだ」。これはフェスの本質を捉えた発言だと思うんですね。

 僕は小規模なゆるゆるしたフェスが好きでよく行くんですが、キャンプなのか音楽聴いてるのかわからなくなってる。ステージで音楽が始まると、フロアに数十人集まって踊り始めるという光景をよく見るんだけど、ふと気がつくとそのステージに立っているアーティストが誰なのか知らない。そういうシーンが実に多いんですよ。でも、聞いている側、踊っている側からするとそれでいいんですよね。単にこの気持ちのいい高原の中でいい音楽が流れていて、ビールを飲めて踊れて、それ以上何もいらない、最高じゃないかという空気が確実にある。そうすると、その身体的な体験の中に音楽の占める意味を考えるようになりました。

 それに対するミュージシャンの反発もありますよね。レジーさんもサカナクションの山口一郎さんらの発言を本書の中で取り上げていましたが、踊れるかどうかが基準になってしまった音楽の幅の狭さに対する抵抗は、結構あるんです。一方で、本書で引用されている『聴衆の誕生 ポスト・モダン時代の音楽文化』(渡辺裕著)で書かれているように、もともと近代のヨーロッパにおいて音楽を聴くという行為は、単なる社交の手段に過ぎなかった。つまり、当時の音楽会は、今みたいに全員がステージに向かって音楽を聴くという場ではなく、単に隅のほうで音楽が鳴っていて、みんな一緒にカクテルを飲んだり談笑したりしていた。それから、18世紀の終わりから19世紀にかけて、音楽を聴くために音楽会に行くという行為が初めて生まれた。そして以降、音楽が独立したコンテンツとして楽しまれるようになりました。

 だから、音楽と向き合う行為というのは、歴史的には意外に新しいんです。そうすると、さっき話したフェスのあり方は時代回帰してるだけであって、そんなに悪い話ではないのかも。そこに、ミュージシャン側の「自分たちの音楽を聞いてほしい」という感覚と、観客の「いや音楽は別にいいじゃん、ビール飲んで楽しく踊れれば」という感覚がせめぎあっているのが、今のフェスの現場なのかなと思いましたね。

レジー:なるほど。今の話に関連して僕が感じるのは、フェスというのは「いろいろなステージでいろいろな音楽が楽しめる」ことが魅力になっているはずなのに、フェスが音楽をフィジカルに体験する場所であるという特性上、「踊れたり盛り上がれたりする音楽のほうがいいよね」という価値観が日本のフェス、特に邦楽を中心としたフェスでは強まっているということです。本来多様であるはずのフェスで聞くことのできる音楽が、実はどんどん画一的になっていくというリスクにさらされている。もしかしたらこの状況は、GoogleやAmazonという巨大なプラットフォームにおいてレコメンドされたものをみんなが使うことと同じような構造なんじゃないかなと。ここ数年の一部のミュージシャンによる「盛り上がり至上主義」みたいなものへの反発は、メガプラットフォームが支配する世の中に警鐘を鳴らす人たちの姿とも重なります。

佐々木:僕自身は1961年生まれで、70年代に高校生を過ごしていて、60年代末のThe Doorsやジミ・ヘンドリックスを10年遅れぐらいの、リアルタイムに近い時代で聞いていました。ロックの歴史が始まったのが50年代末で、それからもっと音がヘヴィでギターのソロがあるというちゃんとしたロックが始まったのは60年代後半になってから。そう考えると、70年代はまだロックの歴史が10年しかない頃で、すべてのアルバムを聞くことが現実的に可能だった。そうすると、ロック史の勉強をしつつ音楽を一つずつ追っていくみたいな、体系的に音楽を聞くことができたんです。でも、2017年の今はロックが始まって40年以上が経つわけですよね。そうなると体系的に聴くのはもはや不可能である。それどころか、いつの時代の音楽かわからない音楽が、最近はとても多いです。SuchmosやRAMMELSとか、「あれは一体いつの曲なんだ?」みたいな。日本に限らず、イギリスのTemplesも「これはT. Rexか?」って感じさせる。つまり、音楽の時代性というものが消滅しつつあって、トレンドもなくなりつつある。なおかつ音楽の聞き方も変わってきていますよね。全ての音楽が目の前にあって、聞こうと思えばワンクリックで聞ける状態になってしまった結果、世代感覚や歴史観が完全に消滅する。常にどんな音楽にも触れられるというアンビエント化してる状況では、音楽のあり方は当然変わるし、フェスと音楽の関係にも影響を与えるんじゃないかと思うんですよね。

レジー:「音楽のアンビエント化」という話は、この先スマートスピーカーが家庭に浸透していくとさらに進んでいくかもしれないですよね。最近Amazon Echoを買ったんですけど、この間試しに「アレクサ、明るい曲かけて」って話しかけたら、「胸きゅんプレイリストを再生しますか?」みたいなことを言われて(笑)。「なんなの、それ?」と思って聞いてみるとオールディーズの女性グループのポップスがかかったりして、その曲を誰が歌っているのかは知らなかったんですけど、別に耳障りではないのでそのまま流しっぱなしにしてしまいました。こういう状況が普通になってくると、もはや音楽やミュージシャンの固有性って何なんだろうな? と。「これは誰々の歌」ということに価値があったこの何十年かに音楽をやってきた人たちからすると、今話したような状況が一般的になるというのはかなり大きなインパクトがありますよね。僕自身は今のところ「明るい音楽」とか「通勤のための音楽」とかそういうプレイリストはなんとなくピンときていないので聞くことはほとんどないんですが、この先「~な音楽かけて」という曲の選び方が当たり前になっていくと、ミュージシャンの存在価値みたいなものも大きく変わっていくんだろうなと思います。

佐々木:僕はそういう、曲名やアーティスト名が気にならなくなる文化って面白いなと思っていて。同じくAmazon Echoを買ったんですけど、「明るい曲かけて」というリクエストにはちゃんと反応してくれるんだけど、例えば、日本人には発音しにくい北欧のジャズミュージシャンの名前を言っても全然認識してくれない。そうするとだんだん嫌になってきて(笑)、もう曲名とかアーティスト名はいいやって考えるようになるんです。だから、完全にムードだけで音楽聞くようになっていってる。音楽の話からは外れるんですけど、『暮しの手帖』の編集長だった松浦弥太郎さんが、今クックパッドで『くらしのきほん』というウェブメディアをやっているんですね。ウェブサイトのカテゴリーって、普通だったら、料理、掃除、洗濯、旅とかジャンル別に並べるけど、彼はそういう並べ方をしてなくて、ムード別に並べるんです。例えば「ありがとう」というジャンルがあって、そこを開くといちごジャムの作り方が載っていて、「いちごジャムを作って、お世話になった人に手紙のように送りましょう」と書いてある。これってまさにSpotifyのプレイリストだなと思いました。そういうムードによってコンテンツと触れるというのは新しいトレンドとなって、消費者の欲求として表れてきてるのかなと思うんですよね。

レジー:「ムードを作る」ということに関して音楽が果たせる役割は大きいんですよね。先ほどのスマッシュの日高さんの話も、「音楽はムードを作る一つの材料でいい」というふうにもとれるし、そういう意味でも、日高さんはこの先の世の中の動きを予見していたんだなと感じます。

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