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矢野顕子にとって弾き語りはライフワークだーー宗像明将『Soft Landing』詳細レビュー

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 矢野顕子が7年ぶりの弾き語りアルバム『Soft Landing』をリリースする。初めての弾き語りアルバム『SUPER FOLK SONG』が1992年にリリースされてから実に25年。四半世紀もの年月が流れたことに軽く眩暈すら覚える。

 『SUPER FOLK SONG』は、1991年の『LOVE LIFE』に続いてリリースされたアルバムだ。『LOVE LIFE』は、愛と悲しみに満ちた名盤だった。そして、『LOVE LIFE』の次にリリースされた『SUPER FOLK SONG』は、カバーを中心とした弾き語りアルバム。カバーされていたのは、糸井重里、あがた森魚、佐野元春、大貫妙子、山下達郎、はちみつぱい、THE BOOMなどの楽曲たち。しかし、尋常ではない集中力による弾き語りによって、どの楽曲も矢野顕子のオリジナルのように変貌していた。

 1991年の『LOVE LIFE』から1992年の『SUPER FOLK SONG』にかけて、私は矢野顕子に胸をえぐられ続けていたと言っていい。四半世紀も前の話だが、その衝撃は生傷のように今も忘れられない。

 それから25年。『SUPER FOLK SONG』の続編である『SUPER FOLK SONG RETURNED』も収録された弾き語りアルバム『Soft Landing』が届けられた。日本のロック史の数々の名盤に関わってきたエンジニアの吉野金次の監修のもと、世界三大ピアノメーカーに数えられるドイツのベヒシュタインの「C.Bechstein D-280 Ser. Nr. 193,749」が使用されている。ジャケットを手掛けたのは漫画家の久保ミツロウだ。

 全13曲のうち、7曲がオリジナル、6曲がカバー。まずカバーの楽曲群に触れないわけにはいかないだろう。

 フジファブリックの「Bye Bye」は、違う楽曲のように表情を変えている。矢野顕子の弾き語りは、楽曲の持つストーリー性を丹念に掘り起こすかのようだ。狂おしいほどにせつない。そして、〈君が選んだ人は とても優しい人なんだろな〉という歌詞の「優しい人なんだろな」の部分で、一瞬だけ語りのようになる衝撃。BPMが固定されない弾き語りはタイム感を自在に操り、やがてドラマティックな終盤を迎える。1曲目にしていきなり矢野顕子の真骨頂だ。

 YUKIの「汽車に乗って」も、まるで別の楽曲のようだ。楽曲を情感ごとに細分化するかのような弾き語りを矢野顕子は繰り広げてしまう。大胆なピアノのアクセントのつけ方も彼女らしい。

 O.P.KING(YO-KING、奥田民生、大木温之、佐藤シンイチロウ)の「OVER」も雰囲気が一変している。じっくりと語りかけるかのような弾き語りで、ゆっくりと広がっていく世界を描くかのような終盤のカタルシスは鮮烈だ。

 岸田今日子の「かくれんぼの村」だけは、私は原曲を聴いたことがない。1972年の『おはなししてよ かあさん〜小さな娘のために・岸田今日子』の収録曲だ。このアルバムの中では素朴に思える弾き語りだが、大切な楽曲の存在を矢野顕子が伝えようとしているかのように感じた。

 洋楽のカバーも2曲。K.T. Oslinの「Drivin’, Cryin’, Missin’ You」とBurt Bacharachの「Wives and Lovers」だ。K.T. Oslinはカントリー歌手で、矢野顕子はピアノだけで原曲のふくよかさを表現してみせている。

 続いてオリジナル曲に目を向けてみよう。「Full Moon Tomorrow」は、Jeff McLeanとの共作による英語曲。終盤の熱演に耳を奪われるが、ピアノ演奏のニュアンスはアウトロでも絶えず変化していく。「引っ越し」は谷川俊太郎作詞。詩の世界を一節ごとに弾き語りで描きだすかのようだ。

 アルバムタイトル曲でもある「Soft Landing」は、NHKドラマ10『ブランケット・キャッツ』(NHK総合)主題歌。矢野顕子のしなやかな側面が出ている楽曲だ。東京ミッドタウン10周年イメージソングの「六本木で会いましょう」は、1960年代前後の歌謡曲のようでもある異色作。ふと、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」を連想した。

 そして、糸井重里作詞、矢野顕子作曲による楽曲が3曲。「野球が好きだ」では、〈野球場にはね / ダイヤモンドが 埋まってる〉という歌詞で流れが一変するのが面白い。ピアノの少し物憂げなトーンといい、明るいだけではない複雑なニュアンスがここにはある。また、「夕焼けのなかに」では寂寥感も漂わせつつ、終盤の凛とした弾き語りへと向かっていく。

 アルバムの最後を飾っているのは、2016年に開催された『矢野顕子 ふたりでジャンボリー 糸井が書いて矢野が歌う1101曲(の予定)』で生みだされた「SUPER FOLK SONG RETURNED」だ。「SUPER FOLK SONG」の続編である。ウィットに富んだ歌詞の軽快な楽曲だ。そして、最後に「SUPER FOLK SONG」と同じ歌詞を入れているのが心憎い。

 矢野顕子にとって弾き語りはライフワークだ。ライフワークでは当然のように人生の喜怒哀楽が描くことになる。『SUPER FOLK SONG』から25年を経て、身構えることもなく矢野顕子はそんな弾き語りを続けている。

 『Soft Landing』を聴くとき、そこにいるのは矢野顕子と私だけであるはずだ。しかし、矢野顕子の弾き語りは、さまざまな人々の人生を私の脳裏に鮮やかに浮かびあがらせてしまう。まるで短編映画のオムニバスを見ているかのように。そして、そのどれもが忘れ難い印象を残していく。

 人生のうち約52分を『Soft Landing』を聴くために使うのは悪い選択ではないだろう。私たちは、ときに矢野顕子の弾き語りに身をまかせることも必要だと思うのだ。ゆっくりと心身をほぐすかのように。

■宗像明将
1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。Twitter

『Soft Landing』

■リリース情報
『Soft Landing』
発売:2017年11月29日
【初回限定盤】(CD+DVD+ブックレット)¥6,000(税抜)
【通常盤】(CD)¥3,000(税抜)
CD収録内容(初回限定盤・通常盤 共通)
1.Bye Bye
(作詞・作曲:志村正彦) フジファブリック Cover
2.野球が好きだ
(作詞:糸井重里 作曲:矢野顕子)
3.Full Moon Tomorrow
(作詞・作曲:Akiko Yano and Jeff McLean)
4.汽車に乗って
(作詞:YUKI 作曲:大川カズト) YUKI Cover
5.引っ越し
(作詞:谷川俊太郎 作曲:矢野顕子)
6.かくれんぼの村
(作詞:岸田衿子 作曲:矢野誠)
7.OVER
(作詞・作曲:YO-KING) O.P.KING Cover
8.Drivin’, Cryin’ Missin’ You
(作詞・作曲:K.T. Oslin and Micheal Smotherman) K.T Oslin Cover
9.Soft Landing
作詞・作曲:矢野顕子 NHKドラマ10「ブランケットキャッツ」主題歌
10.Wives and Lovers
(作詞:Hal David 作曲:Burt F Bacharach) Burt Bacharach Cover
11.六本木で会いましょう
(作詞・作曲:矢野顕子) 東京ミッドタウン10周年イメージソング
12.夕焼けのなかに
(作詞:糸井重里 作曲:矢野顕子)
13.SUPER FOLK SONG RETURNED
(作詞:糸井重里 作曲:矢野顕子)

初回盤特典DVD『Soft landings onto the past and present』
・the Making of Soft Landing
・Piano Solo Live Rarities
1.おてちょ。(Drop me a Line) -1991/09/18 六本木 PIT INN- 初商品化映像
2.湖のふもとでねこと暮らしている -1991/09/19 六本木 PIT INN- 初商品化映像
3.なし -1998/06/08 沖縄 コンサートギャラリーしろま-
4.GO GIRL -2000/05/27 New York Joe’s PUB-
5.へびの泣く夜 -2012/12/19 神奈川 鎌倉芸術館- 初商品化映像
6.きよしちゃん -2015/05/02 渋谷区文化総合センター 大和田さくらホール- 初商品化映像
・Soft Landing Music Videos
Soft Landing MUSIC VIDEO
Soft Landing MUSIC VIDEO (ドコノコ Ver ①)
Soft Landing MUSIC VIDEO (ドコノコ Ver ②)
Soft Landing MUSIC VIDEO (ドコノコ Ver ③)
・初回限定盤特典特製BOOK『How to make a soft landing』

■ライブ情報
『さとがえる/ ひきがたるツアー “ひとりでみんなに届けます”』
12月10日(日)東京都 NHKホール
12月12日(火)愛知県 三井住友海上しらかわホール
12月15日(金)大阪府 サンケイホールブリーゼ
12月17日(日)石川県 北國新聞赤羽ホール

Soft Landing 特設サイト
オフィシャルサイト

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