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今井優子 デビュー30周年記念 ミニアルバム・プロジェクトインタビュー

今井優子が語る、デビュー30年で迎えた“シンガーソングライターとしての進化”

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 今井優子がクラウドファンディングプラットフォーム・CAMPFIREにて、「今井優子 デビュー30周年記念 ミニアルバム・プロジェクト」をスタートしている。1987年にデビューし、1991年にドラマ主題歌「Lovin’ You」でヒットを記録、現在もJ-POPシーンで活躍中の彼女は、なぜ今回クラウドファンディングに挑戦したのか。10年の歌手活動休止を経て、いま復活した意義とは。本人にじっくりと話を訊いた。(編集部)

「周りの方に言われるまで自分がデビュー30周年だと気づかなかくて」

――ちょうど昨年7月にベストアルバム『SWEETEST VOICE Yuko Imai Best Album』が発表された頃から、活動が表立って活発化している印象がありますが。

今井優子(以下、今井):そうですね。ちょうど去年、デビュー当時からお世話になっているプロデューサーさんからベスト・アルバムのお話をいただいたんです。実は2007年に出した『I WISH…』というアルバムが現在再販できない状態になっていまして、それが非常に勿体ないと。だからベスト盤に『I WISH…』収録曲を全部入れて、さらに今までのアルバムから選曲して、新録も1曲入れましょう(松原みきのカバー「真夜中のドア」)という企画を提案してくださったんです。そのときぐらいからですかね、もうちょっとライブ活動をコンスタントにやっていったほうがいいんじゃないかという感じで、昨年秋にケネディハウス銀座でアルバム発売記念ライブをやって。今年もすでにライブを2本やっていて、確かに以前と比べるとコンスタントにできている印象ですね。

――それは今年でデビュー30周年という、大きな節目も影響していたんですか?

今井:実はですね、周りの方に言われるまで自分がデビュー30周年だと気づかなくて(笑)。それを教えていただいたのが、昨年12月なんですよ。正直なところ、30年の間に10年ぐらいブランクがあるものですから、自分の中で30年もやっている感覚がなくて。周りの方から教えていただいて、ちょっとずつ実感が湧いた感じなんです(笑)。

――そうだったんですね。

今井:とはいえ、ブランクの間もボイストレーナーをしたり、アニメの曲を歌ったり、楽曲提供をしたりしていたので、音楽には常に触れてはいたんですけど、自分の中では充電期間という意識で。歌をもう一度見つめ直したいとか、自分のやりたいことはなんだろうとか、もっと深く自分に問いかける、大切な時期だったような気がしています。

「シンガー・ソングライターの道を歩んだのは角松さんがきっかけ」

――すごく興味深いのは、お休みした10年間ほど(1998年~2007年頃)というのは日本の音楽産業が一番盛り上がった時期だということ。そこで表立った活動をお休みするというのは、大きな決断だったんじゃないかと思いますが。

今井:デビュー当時というのは、ただ歌うことしかできなかったんですね。ボーカリストとしてデビューして、3枚目のアルバム(1988年発売の『VOYAGEUR』)で中崎英也さんにプロデュースしていただいて、そのあとに鳥山雄司さん、山川恵津子さんのサウンド・プロデュースがあってから、角松敏生さんにプロデュースしていただいた。この角松さんとの出会いが、すごく自分の中では大きくて。今までは人に書いていただいた曲を歌ってきたんですが、角松さんとお仕事したことがきっかけで、もう一歩踏み込んだアーティスティックな部分にすごく興味が湧いてきたんです。それと、レコーディングの取り組み方を間近で見ていてすごく刺激を受けて、「自分で曲を書いて、詞を書いて、もっとアーティスティックな活動をしていけばいいじゃない。書けるよ絶対に」と角松さんから背中を押されて。今自分で作詞作曲をしてシンガー・ソングライターの道を歩んでいるのは、角松さんとの出会いがきっかけなんです。そこから「本当は自分は何がやりたいんだ? 何を歌いたいんだ?」っていうことを、あの10年間で深く突き詰めて考えて、次の作品につなげようと思った。あの期間は「今、自分に何が足りないんだろう?」というようなことを考えながら、日々過ごしていたような気がします。

――なるほど。

今井:あと、ボイストレーナーとして歌を教えるということは自分の勉強にもなるじゃないですか。当時は歌に対して、自分の中でクエスチョンの部分がすごく出てきた時期だったので、それをひとつずつ解決していかないと先に進めないと感じていた。だから、確かに業界的にはすごく活発な時期だったと思うんですけど、あまりそんなことを考えず、我が道を進んでいました(笑)。結果として今の自分があるので、良かったなと思っています。

――人に教える立場になったことは、表舞台に出ているときとはまた違った収穫もあったわけですよね。

今井:多かったですね。生徒さんから訊かれることって、実は自分が知りたかったことでもあるんですよ。「ああ、これって私も人から教えてほしいことだよな」と、講師を始めてから最初の1年は日々勉強でした。例えば、「どうして一本調子でしか歌えないんだろう?」と生徒さんから相談を受けたときはすごく悩んで。そこで「強弱をつけて、アクセントをつけて歌ってあげると、うまく聴こえるんだよ」と、言葉にしたことで自分にとっても説明ができて、ひとつ勉強になった。常にその繰り返しで、見過ごしてきた些細なことが実はとても大切なことだというのを、生徒さんを通して教えてもらった気がします。

――立ち止まって物事を整理することって、普通に音楽活動をしていたらなかなかできないですものね。

今井:そうなんです。特にデビューした当時は本当に忙しくて、睡眠時間が3時間ぐらいしか取れませんでしたから。気がついたら常にレコーディングしていて、ラジオの収録で仙台に飛んで、それから北海道に飛んで。当時はレギュラー番組を5、6本持っていたんですよ。で、コンサートだ、プロモーションだと全国を回っていたので、何かをゆっくり考えるということができず、仕事をこなしていくことだけで精一杯だった。だから、あの10年間で歌っていくうえで一番大切なものを取り戻せたような気がします。

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