柴 那典の新譜キュレーション 第7回
ボン・イヴェール、フランシス......世紀の発明 Prismizerが生んだ“デジタルクワイア”とは?
今、アメリカではポップ・ミュージックの地殻変動が起こっている。
フランク・オーシャン、チャンス・ザ・ラッパーなど、ヒップホップ、R&B、フォーク、エレクトロニカという既存のジャンルの垣根を超えて、今までに聴いたことのない感触を持つ素晴らしい作品が次々と届いている。そして、その作り手たちを辿ると、実は点と点が見事につながっている。
いろいろ調べたところ、どうやら「Prismizer」と呼ばれる1つのボイスエフェクターの発明が、そこに大きく関わっているようなのである。オートチューンともボコーダーとも違う、“デジタルクワイア”とも言うべき多層的なエレクトロニック・ハーモニーを生み出すソフトウェアだ。
今回のキュレーションでは、実際にそれを用いているボン・イヴェール、フランシス・アンド・ザ・ライツ、カシミア・キャットの新作3枚、そして新たな潮流に同時代性を持って呼応している日本のアーティストであるillion、yahyel、CAPESONの新作3枚をセレクトした。
ボン・イヴェール『22、ア・ミリオン』
2011年に発表した前作『ボン・イヴェール』でグラミー賞の最優秀新人賞を受賞した“天才シンガーソングライター”ジャスティン・ヴァーノンのソロ・プロジェクト=ボン・イヴェールによる、5年ぶりの新作。すでに各メディアからは絶賛が集まっている。個人的にも、2016年の最重要作だと感じている。
もともとフォークをルーツに持つ彼。でも、その音楽は、土着の俗っぽさではなく、どこか神聖さを感じさせる澄んだ空気感に魅力があった。それを成り立たせていたのが、アンビエントやエレクトロニカへの接近と、美しいハーモニーだった。一人でファルセットからバリトンまでを歌い分け、オートチューンも用いつつ、何層にも重ねるコーラス。そこにはゴスペルの高揚感と、その裏腹で、孤独を感じさせる閉ざされた完璧さがあった。
ちなみに、彼の名を一気にワールドレベルに引き上げたのが、カニエ・ウェストの最高傑作『マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー』(2010年)へのフィーチャリング参加だ。
この出会いが、ヒップホップとゴスペルとフォークとR&Bとエレクトロニカが混じりあう2010年代の新たなアメリカ音楽シーンの潮流を生み出すきっかけになったんじゃないかと僕は推測している。
ともかく。新作では彼独自の美意識がさらに推し進められている。
注目は、ボーカリゼーションのさらなる進化だ。彼自身の歌声とデジタル加工された歌声が混じりあうことで、さらに重層なハーモニーを実現している。通常の人間には出せない音域である低音の声がその厚みを増している。
今年2月の来日でも、たった一人でエフェクターを駆使して多層的なハーモニーを生み出していた彼。海外メディアのインタビューを読むと、今作には「The Messina」という名のボイス・エフェクターが駆使されているようだ。市販はされていない。クリス・メッシーナという彼専属のエンジニアが開発したものだ。これを使うと、ライブでもリアルタイムで電子的なハーモニーを生み出すことができる。
そして、彼が「The Messina」の開発をエンジニアに依頼するきっかけになったのが、(これも市販はされていない)新たなボイスエフェクトのソフトウェア「Prismizer」に、とあるコラボレーションを機に出会ったことだった。