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kz(livetune)×佐藤純一(fhána)が語る、2016年の音楽コミュニケーション「最終的には現場での繋がりが大事」

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「「伊達と酔狂」と「義理と人情」が大事」(佐藤純一)

ーーMR(Mixed Reality:複合現実)のように、バーチャルなものとリアルなものが混ざっていくような流れもある昨今ですが、2人は最近のインターネットについて、どんな風に感じていますか。

佐藤:僕は最初から、ネットと現実を分けて考えてはいなかったんですよ。どっちも現実で、ただオンラインか/オフラインかの違いというか。たとえば、Twitterで知り合った人にリアルで会ったりする一方で、先にリアルで知り合った人と「Twitterやってますか?」とフォローしあったりするわけですよね。そのどっちもが現実だというのは昔も今も変わらないです。ただ、昔はもっとインターネットに夢や希望を感じていたけれど、今はそれだけじゃないな、と。

kz:(頷きながら)そもそも僕の「Tell Your World」も、「僕らが一番楽しかったインターネットはもう終わってしまうんだな」と思って作った曲だったんですよ。今はもう、地球の人口の何割かはネットをやっているわけで、インターネットも現実も変わらなくなってきた。だから、「インターネット向けにやるべきこと」というものはないんだなということを感じる部分はありますね。

――だからkzさんは、ライブを通して現実の人たちに向ける活動としてやのあんなさんのとのlivetune+を始動させた、と。

kz:そうですね。やっぱり「体験をしてもらう」ということで。曲を聴くのはYouTubeでも出来てしまうので、何かしらの一回性を求めるというか。今のインターネットって、リアルで楽しかったことを報告して、それをリアルの友達が見るという形になってきていますよね。そういうこともあるからこそ「結局現場なんだな」と思うんですよ。

佐藤:リアルというか、「リアルタイム」ですよね。今ってアニメもリアルタイムで見ながらTwitterとかで共有していくわけで。あと、昔はインターネットも含めて、世界中が繋がることが無条件で良いことだと思っていたんですが、全てが繋がった結果、もともとあった壁がなくなって、その中のコミュニティが破壊されて、どんどん世の中が細分化されていって。そうやってバラバラになっていくことへの恐れのような反応が世界中の色々な局面で出てきているというか。それでSNSで過剰に共感を求めたりとか、繋がり合いたいという気持ちが出てきてるのかな、と思うんですよね。

kz:すごく小さなナショナリズムが沢山あるというか。

ーーそういう時代に「ポップ・ミュージックを作る」となった時に、2人はどんなことが出来たら理想だと思いますか?

kz:僕は「無条件降伏」みたいなものが欲しいです。今って音楽だけじゃない付加情報ーー。たとえばその人がTwitterでどんなことをつぶやいていて、クラスの人気者で、みたいな情報を踏まえた上で「すごい音楽なんだな」と思わされる部分があると思うんですけど、そういうことは一切関係なく、耳に飛び込んできた瞬間に誰かが「これいいな」って感じるような音楽というか。理想論としては、そういうことが可能な世の中になってほしいな、と願っているし、他の人がそういうものを作ってもいい。もちろんそれを自分で作れたら最高です。

佐藤:だからといって、「みんなこういうものが好きかな」と狙って作りすぎたものは弱かったりしますよね。僕は音楽だけじゃなくて、歌詞や曲のテーマも含めて、自分が今本当に興味があって本当にやりたいものを作った結果、「そこに共感してくれる人がいたらいいな」ということを考えているんです。

kz:作っている時の気持ちって、やっぱり(曲に)乗りますよね。怨念みたいなものが入り込む。たとえば、『アイドルマスターシンデレラガールズ』で田中秀和くんが作曲した「Star!!」ってあるじゃないですか? あれにはきっと、(シリーズ前作に当たる『アイドルマスター』の主題歌で神前暁が作曲した)「READY!!」を越えろという指令があったはずで、どうにかしてそれを越えようとする気持ちがあったからこそ、とんでもない転調をしていて、ストリングスのアレンジも狂っているというか。そういうことってあると思うんですよね。「Tell Your World」も制作期間は1週間ぐらいでしたけど、結局はその時の魂の入れようというか。出来たものの強度が全然違ってくるんですよ。

佐藤: fhánaの新作『What a Wonderful World Line』も、かなりパーソナルなアルバムなんです。fhánaでデビューしてから大勢の人と接触した結果、「俺は何なんだ」「そもそも何で音楽をやってるんだ」ということを考えるようになっていて。そういうモード自体をアルバムのテーマに織り込んでいこう、と自分自身に還っていった結果出来たアルバムで。

kz:でも、サウンド自体に閉じた感じはなかったですね?

佐藤:そうなんですよ。内省的になったからって、別にみんながレディオヘッドみたいになるわけじゃない。

kz:むしろ外に広がっているというか、スタンダードなものになっているイメージで。自分のやりたいことをやった結果、それが外に広がるものにもなれるということですよね。それは僕も最近考えていることで、エゴが強ければ強いほど一点突破感があって、それがかえってオープンに聞こえることもあるというか。

佐藤:もちろん、技術あってこそですよね。独り善がりで自分の好きなことだけをやって、他人が聴いても何だかよく分からないものを作ってしまっても意味がないので。結構それって、「生きることそのもの」に通ずると思うんです。「伊達と酔狂」と「義理と人情」が大事だなっていう。

kz:ははは(笑)。

佐藤:「伊達と酔狂」は自分のため。だけどそれだけじゃ暴走しちゃう。「義理と人情」は他人のため。これもそれだけじゃ息苦しい。その2つのバランスを取るとい意味で、人が生きていくうえでも、作品を作っていくうえでも似てるというか。

ーー佐藤さんは、livetune+さんの『Sweet Clapper』をどんな風に聴きましたか?

佐藤:ハッピーな作品ですよね。すごくよかったです。

kz:ああ、ありがとうございます。この作品は、とりあえず幸せなものを作りたかったというか。

佐藤:あとは、最初にも話した、学生の頃に女の子ボーカルと一緒に組んでいた形に回帰していくんだなぁという(笑)。

kz:(笑)。僕は集団行動が苦手なんで、ユニットを組むにしても「2人が限界だな」という気持ちがあったんです。あと、やのと一緒にやろうと思ったのは「自分は女性目線の歌詞しか書けないな」と思ったから、というのもあるんですよ。(livetune名義の14年作『と』に収録された)FUKASEくんとの曲も書いたりはしていますけど、やっぱり僕ってマッチョイズムがないというか。女の子の歌詞を書いている方が楽なんですよ。

佐藤:それって何ででしょうね?

kz:たぶん、「ファンタジー」なんですよね。ClariSの歌詞のように中学生の女の子に清楚で可憐なイメージの詞を書いても大丈夫なわけです。秋元(康)さんの歌詞が成立するのも、そういうことだと思うんですよね。あんな女の子って、正直いないじゃないですか? だから僕も、ウチのやのあんなに「こんな女の子はいない」とか「この歌詞却下」と言われるんですが、それが出来るのは異性だからだと思うんです。同性だとロマンチックな歌詞を書くのは難しい。

佐藤:僕も作家として仕事をするときはやはり歌い手が異性か同姓かを意識するんですが、fhánaの曲に関しては作っているときに、歌い手が異性だということはあまり意識してないんですよね。

kz:それって、towanaさんの音域が広いことが関係しているんでしょうか?

佐藤:確かに音域が広いから自由に作れるという面はありますね。とはいえtowanaの声が魅力的に響くメロディにしようと考えながら作っています。でも、作詞家へのオーダーも含めて、まずは自分が作りたい世界があって、それをどうやって実現するか、という感じなんです。そのビジョンがメンバーとの作業の過程でシンクロしたり、或いは変化したり。そういう作り方が出来るのもバンドだからこそなのかもしれないですね。

160604_taidan_sa.jpeg(佐藤純一)

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