定額ストリーミングサービスは音楽に何をもたらす? 専門家・榎本幹朗が分析する現状と未来

 『Apple MUSIC』が7月1日にスタートし、『LINE MUSIC』『AWA』と合わせて国内大型ストリーミングサービスが出揃って約1カ月半が経過した。8月末に無料トライアルが終了するサービスもあるため、ユーザーもどのサービスを選ぶべきか判断の時が近づいている。音楽配信について長く論じてきた識者は、この移り変わりや現状をどう捉えているのだろうか。今回は音楽配信の専門家であり、『Musicman NET』連載の本格論考『未来は音楽が連れてくる』の著者でもある榎本幹朗氏を直撃。各社の動向や『Spotify』や『PANDORA』といった海外サービスとの比較、今後の見通しなどについて多角的に語ってもらった。

「3大ストリーミングサービスは予想以上に伸びている」

――『LINE MUSIC』、『AWA』、『Apple MUSIC』という3つの国内大型ストリーミングサービスが出揃ってから約一ヶ月が経ちました。ダウンロード数や社会への普及スピードなど、榎本さんの事前予想と比べて現状はどうでしょうか。

榎本:予想以上に伸びていると思います。先陣を切った『AWA』の段階では大きなニュースになりませんでしたが、『LINE MUSIC』が“LINE”という冠もあって広く認知され、さらに『Apple Music』の参入により、そろってマスメディアに取り上げられたことが大きかった。

 これはYahoo!ニュースの記事(参考:なぜ音楽は定額制配信へ向かうのか)にも載せたのですが、『LINE MUSIC』が開始2日で200万ダウンロードを突破したのは快挙と言えます。アメリカで『App Store』がスタートした際に『PANDORA』がランキング1位になり、“iPhone初のキラーアプリだ”と騒がれた衝撃を思い起こさせるものがありました。

――榎本さんは3サービスの先行事例としてNTT docomoの『dヒッツ』や、KDDIの『うたパス』を取り上げ、普及の下地を作ったと評価しています。これらは1曲1曲聴くストリーミング型と違い、チャンネルを選曲してまとめ聴きする“ラジオ型”と言われるものですね。

榎本:当初はアーティスト側から楽曲もあまり提供されず、サービスも荒削りでなかなか厳しい状況でしたが、プレイリストの充実やリコメンド機能の搭載などで、ユーザーにしっかりと使われるようになったことにより“音楽サービス”として認識されるようになりました。Docomoは300万ユーザー、auも100万に届くユーザーを抱え、多くの楽曲を集めてきたし、通信各社の努力が実ってきたのだと感じています。実際、2014年まで定額制サブスクリプションサービスを牽引してきたのは、通信キャリアでした。彼らの努力のおかげで、「着うた」が崩壊したことによりマイナス成長だった日本のデジタル音楽売上がプラスに転じました。なかには音楽の聴き方を革新した『Spotify』と比較してその意義を疑問視する方もいますが、僕は社会的な役割を果たしたという認識です。

――現在では、榎本さんがポイントのひとつとして語られてきたリコメンド型の機能も増えてきました。2年前にお話を伺ったときは「PANDORA型」と「Spotify型」の2つの傾向に分かれるともおっしゃっていましたが、現状では後者もパーソナライゼーションに力を入れているように見えます。

榎本:アメリカで『PANDORA』が『iTunes』をはじめ、『Spotify』や『YouTube』まで圧倒していることを踏まえ、定額制配信がパーソナライゼイションを取り入れようとしているのが現状です。リコメンド機能についてはここ数年で状況が大きく変化しており、同じビジネスに参入を発表したGracenote社へ顧客が殺到し、『AWA』もGracenoteと協同で仕事をしている状況ができあがっています。

 しかし、Gracenoteには課題もあります。それは15年の蓄積がある『PANDORA』ほどパーソナライズの精度が高くないため、ユーザーを感動させるようなプレイリストを提示できていない。精度だけでなく機能の面も遅れがあります。『PANDORA』に次ぐ選曲の精度を誇るThe Echo Nestを買収した『Spotify』は、最近のリニューアルで「PANDORA型」のラジオ機能のさらに先へ進みました。「Spotify NOW」を実装し、ユーザーがログインすると、自分に合ったプレイリストを表示されるようになっています。一方、『LINE MUSIC』と『AWA』では、似たようなTOPページが表示されてしまっている。

――他方で、パーソナライゼーションに注力する『Spotify』は、アメリカにおいていまだ『PANDORA』の牙城を崩せていません。

榎本:音楽配信サービスの利用率を示す統計のグラフでも、ぶっちぎりで『PANDORA』がトップで、そのあとに『YouTube』、『Spotify』、『iTunes』が続いています。アメリカの場合、音楽の8割がラジオで消費されており、ラジオ型の『PANDORA』は音楽配信の入り口として親しみを持てたのでしょう。『PANDORA』は15年選手であり、インタフェースも改良が重ねられているため、多くの人が使うほどにビッグデータが蓄積され、さらに精度が上がる。ユーザー個人も、使えば使うほど自分にフィットしていくので離れられなくなります。

 またアメリカの特殊な状況として、サブスクリプション収入が増えている一方で、5~6年のスパンで見ると「サウンドエクスチェンジ」(権利料徴収機関)の売上の方が大きく伸びている。その大半は『PANDORA』の広告収入です。欧州はサブスクリプション収入が上がる一方で、CDとiTunesにおける売上が下がってマイナスになっている国もありますが、アメリカは『PANDORA』の広告売上をそこにプラスできる仕組みを作り、4年連続のプラス成長を実現しているのです。

――『PANDORA』の場合は、サブスクリプションでの収入がメインではない、と?

榎本:サブスクリプション収入は全体の15%ほどです。有料ユーザーの特典は15分に1回入る広告がなくなること、音質が128Kから196Kへと少しだけ向上することくらいで、現状は「ファンとして応援したい」という人が加入しているようなもの。有料会員も増やしたいなら、無料会員の試聴時間に制限を設けることになり、実際アメリカのメジャーレーベルがこれを要請しています。これを受けて一度月100時間のキャップを設ける実験をやったこともありましたが、その時に『PANDORA』はアメリカの有料アプリランキングで1位になりました。これ以上国内で売上を伸ばすにはその方法しかないでしょうから、いずれは時間制限を設けることになると予測しています。

――『AWA』、『Apple MUSIC』は、アメリカでの成功モデルと言える『PANDORA』の機能性を取り入れている、という見方もできるのでしょうか。

榎本:日本でのプライオリティは高くないでしょう。車社会であるアメリカでは、ラジオ型サービスである『PANDORA』型が強い一方で、電車社会の日本はラジオ文化が根付いていないところがあります。

 Appleに関しては、サービスが始まる前の2013年から「Genius」をベースに「PANDORA型」の「iTunes Radio」を開始しました。今回の『Apple Music』では日本の音楽ファンもこの機能を使えるようになっています。「ステーションを始める」というやつです。『AWA』でもGracenoteをベースに同様の機能を実装していますので、ふたつの選曲を比べてみると、僕の話した精度の意味がわかると思います。

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