定額ストリーミングサービスは音楽に何をもたらす? 専門家・榎本幹朗が分析する現状と未来
「『音楽が売れる時代の再来!』というところまではいかない」
――例えば、何らかの形で市場に法的な介入をする……つまり、かつての再販制度のような状況をつくることも選択肢として考えられるでしょうか。
榎本:再販制度は「音楽を買わないとどうしようもない、さもなければCDを盗むしかない」という状況だったからこそ成り立っていたシステムです。「音楽文化を守るために定額制配信も再販制度の対象です。よって月額2000円以上」と決めても、無料とどうやって戦うかという時代にあっては、禁酒法がギャングを増やしたように、デジタル再販制度が状況を悪化させる可能性すらあります。
もともと2009~10年くらいのオランダでは、ワーナー・ミュージックを中心に「音楽に対して誰もお金を払ってくれないから“音楽税”を作ろうか」と話していたのですが、これは定額制配信で実現したようなものでおあります。「月1000円で音楽が聴き放題、音楽の天国に行きたければ一月に1000円払いなさい」という概要に近いです。あとはイギリスで『Spotify』が登場する直前、違法ダウンロードする人はネットから遮断してしまい、その代わりにキャリアやプロバイダに用意させた定額制配信へ全員、義務加入させようとしたそうですが、反対意見が多くて実装には至りませんでした。その代案として『Spotify』がイギリスに上陸したという流れがあります。
――その壁を越えた国はあるのでしょうか。
榎本:韓国は先進国のなかでもかなり早い段階で「スリーストライク法(2度の警告の後、これを無視してさらに違法ダウンロードしたときにインターネットの接続を一年停止する法案)」を実施して、携帯電話会社の定額制配信に加入するよう国家で導いた結果、この6年間で音楽市場の売り上げが67~68パーセントほど伸びたようです。成長率はSpotitfyの強いスウェーデンよりも上です。キャリアが販促に音楽サービスを使う構図のため、音楽の値段は低いですが、トータルで見ると今のところは上手くいっているケースですね。
――若手のミュージシャンへの再配分についての見通しは。
榎本:大物アーティストが稼いだお金を新人の投資に回せない状態ですが、逆に余裕ができてくればもちろん再投資もできるようになります。この点は、一般の企業とまったく同じです。不況になって会社が苦しんでいると、倒産を避けるだけで精一杯の状態になり、投資はできない。そうすると新商品の開発もできなくなり、ジリ貧になって結局は倒産してしまう、ということです。今がまさに「持ちこたえられるかどうか」という状態なので、再配分の話をしても現実味がありません。ある程度持ち直して、初めてそういうことが話せるようになると思います。今の段階ではCDや配信側のレーベルより、ライブで景気のいい事務所側に期待したいです。CDや配信はレーベルが取り、ライブ売上は事務所が取っているというのが基本的なルールですので。
大物アーティストがライブで稼いだお金を、事務所の新人に再投資していく方が現実的です。レコード会社ができることがあるとすれば、新人を絞りに絞って、いっきに何億もの投資をして大々的に売り出すぐらいしかできませんが、デビュー作が外れて当たり前のこの世界で、このやり方はとてもリスキーで、勇気が要りますし、ハリウッドや大手ゲームのように多様性を失うデメリットも強いです。
――景気回復も大きな要素になりそうです。
榎本:そうですね。もう少しレコード産業の景気を戻さないと、そういった前向きな話は出てこない。スティーブ・ジョブズもAppleに復帰した時、まずやったことはリストラとコストカットです。こうした流れはどんなビジネスにおいても変わらないから、今の新人ミュージシャンさんにとってはかわいそうなところでもあります。しかしAppleはコストカットが成功したから倒産を免れ、『iMac』が創れるようになり、iMacで稼いだお金で『iPod』ができ、『iPhone』『iPad』とどんどん再投資出来るようになっていきました。定額制で一息つけば、そういった再投資のサイクルに入って行けます。
――榎本さんの見立てとして、この定額制の音楽配信の定着というのは、リスナーにとってもミュージシャンにとっても継続性のある環境を作り得るのでしょうか。
榎本:正直なところ、「音楽が売れる時代の再来!」というところまではいかないと思います。しかし世界各国の先行事例を見ていると、お先真っ暗という状態からは、これでようやく脱することができると僕は確信しているんです。そこでようやく一息ついて、音楽に専念できると思いますし、気軽にさまざまな音楽を試すことができるということが、これからの音楽文化を変えてくれるでしょう。プレイリストに有名なアーティストばかり掲載しても広まらないので、いろいろなアーティストの曲を乗せることで、多様性も回復してくるはず。ただ、アルバムでは本当にいい曲しか聴かれないとも思いますし、アルバム全曲が良曲場合は、アルバムというよりもプレイリストとして評価されるんですよ。アルバムが優れた作品として成立しているのなら、ハイレゾでも購入するだろうし、場合によってはアナログでも購入してくれるという愛情表現がしやすいので、そういう点では変わらないのではないかと。だから、“アルバム崩壊”と“アルバム復活”が同時に起こる時代に入ると考えています。
――アルバムの復活というのは、逆説的で面白いですね。
榎本:僕自身が2005年の『PANDORA』、2008年の『Spotify』の開始時期からずっと付き合ってきたんですが、最近は「何度も通して聴けるアルバムというのはすごいな」と思うようになってきました。テイラー・スウィフトの『1989』などは成功例ですね。今はアルバムが作れない時代だとはよく言われますが、ちゃんとしたアルバムを作ればちゃんと売れる。このことは、変革期のサバイバルにおいて最も大事になってくると考えています。
(取材=編集部)