>  > 菊地成孔が語る音楽映画 後編

リアルサウンド映画部 記事先行公開Part6

菊地成孔が見通す、音楽映画の未来「愛や希望だけじゃない、ダークサイドを描く作品が増えていく」

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 音楽家・文筆家の菊地成孔が音楽映画について語るロングインタビュー後編。前編では、この10年の音楽映画は音楽の価値が肯定的に描かれ、人々に「生きる希望」や「愛」を与えるものとして機能してきたが、今は曲がり角に入ったという指摘があった。人を狂気に誘うなど音楽のダークサイドを描いたり、音楽そのものの扱いが今までとは異なる作品が増えてきたという。本年度のトニー賞(アメリカの演劇/ミュージカル界で最も権威のある賞)の受賞作からも同様の変化が見てとれるようだ。変わりゆく音楽映画の現状を解説してもらうとともに、今後の可能性や期待することを訊いた。

前編:【菊地成孔が語る、音楽映画の幸福な10年間「ポップミュージックの力が再び輝き始めた」

『セッション』の新奇性とは

 この10年、映画の素材として音楽の価値は肯定的に扱われてきました。それは子どもや動物の物語が感動的に描かれるのと同じで、音楽は性善説的に強制力を持って「愛」や「生きるよろこび」と結び付けられてきた。そんな時代が続いたから、そろそろ音楽をテーマにして、ダークな世界が描かれるんじゃないか、人々はそういうものを求めているんじゃないか、と考えていたんです。

 そこに登場したのが、『セッション』(2014年)だった。僕がどう評価したかはブログに詳しく書きましたが、この映画は合奏という愛の行為を描きながら、若いジャズドラマーとハラスメントを続ける教師がお互いにやりたいだけやって、最後に和解するでも、人間的に成長するでもなく、恨みを抱えたまま終わる。セックス描写はあるのにエロティシズムはまったく描かれないとか、料理を扱っているのにまったくお腹が空かないというような、そういう新奇さを感じました。

 最後まで救いのない絶望的な映画で、これが粗悪なドラッグのように強烈。呪い呪われ復讐に勤しむ、でかいショックがあれば「ヤバイヤバイ」とお祭り騒ぎ――そんな昨今のネット界隈の空気と通じるものを感じて、「若い人たちはこの“痛み”のようなものを求めちゃっているんだろうな」という気がしました。音楽をまるで殴り合いの道具のように扱う、これまでの音楽映画とはまったく異なる作品で、今後もこういう作品は増えていくだろうと思います。

音楽が持つ狂気に迫った『ラブ&マーシー』

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『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』/(C)2015 Malibu Road, LLC. All rights reserved.

 ブライアン・ウィルソンの半生を映画化した『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(2014年/公開中)も「ビーチボーイズは『ペット・サウンズ』をこうやって録っていたのか!」と思ったし、音楽映画として素晴らしい作品だけれど、こちらも音楽の愛や希望だけではない一面を描いています。

 この映画で描かれる60年代は、ちょうど音楽業界でスタジオワーキングが始まった時期。それまではガレージバンドと同じように、狭いところで合奏しなきゃいけなかったんだけれど、スタジオテクノロジーの発達で部屋の中にこもりっきりになる人も出てきた。ブライアン・ウィルソンもそうですし、黒人だったらスライ&ファミリーストーンのスライ・ストーンもそうで、これがのちにプリンスへとつながっていきます。そう有名じゃない人だと、ジョー・ミークという英国の異才がいましたが、彼は結局、発狂して殺人を犯し、自殺してしまった。スタジオテクノロジーというのはひとつの空間であり、今で言う“二次元”や“インターネット”と同じである世界が構築されるから、そこにひとりで耽溺して音楽を作り始めると、ヘタしたら気が狂ってしまうんです。

 ブライアン・ウィルソンも、その才能ゆえに精神状態が悪化していきます。症状のひとつに幻聴があって、映画では5・1サラウンドで後ろのほうからそれが聴こえてくるのがスゴかった(笑)。頭に鳴っている楽曲未満のコーラスのような音が後ろから聴こえ始めて、それがウワッと前にいくと曲が仕上がる――そんな演出に、録音技術の向上を感じましたね。以前は立体的な音響と言っても、例えば『ランボー』なら左からドカン、右ではゲリラが茂みでガサガサと音を立てる…くらいの単純なものだった。その点『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』は、人によれば精神状態が感染するんじゃないか、というくらい静かな怖さがあったんです。

 美しい音楽を作っていた何の罪もない人でも、才能がありすぎると狂うという可能性をこの映画は示唆している。それは、音楽を感動的なものとして扱ってきたこの10年間の流れからはみ出していると思います。

今年のトニー賞にシリアスな2作品 音楽映画も新しいフェーズへ

 受賞作がだいたい映画化される、演劇・ミュージカルのトニー賞も、今年は変化がありました。日本では渡辺謙さんがノミネートされたこと以外あまり報じられませんでしたが、今年は『夜中に犬に起こった奇妙な事件』、『ファン・ホーム』などが主要賞を受賞しました。この2作が、やはりただポジティブなものではない。

 『夜中に犬に~』は、自閉症の男の子が「近所の犬を片っ端から殺している」という嫌疑をかけられるのだけれど、自分から潔白が証明できずに葛藤するという重い内容の演劇。一方『ファン・ホーム』は、時代的に自分がゲイであるとカムアウトできない男性が仮面結婚したら、長女も次女もレズビアンで、お父さんはやがて自殺し…という、LGBTを扱ったシリアスでタフなミュージカルです。

 こんなに重い2作が主要賞を受賞し、楽しい作品はダメだった。つまりトニー賞も、今年は「アメリカにはこんなにいい音楽があって、みんなで歌えば嫌なことも吹っ飛びまっせ!」ではなく、「いや、世の中はドープで闇がいたるところにある。それを受け止めていく上で、音楽はともにあるものなんだ」という方向にシフトしたんです。もちろん、トニー賞が全米の音楽作品を代表しているわけではありませんが、映画業界への影響力は一定程度あるし、音楽映画の新しいフェーズを示唆しているとは言えると思います。音楽は絶望や死のそばに存在しているとか、人を狂気に誘うとか、あるいは『セッション』のように殴り合いに使うものだとか。実際、ジャズのようにスポーティな音楽は、ちょっと格闘技に似ているし。そういう「愛」や「生きるよろこび」以外の音楽の可能性を模索する動きが、ちょうど去年、今年で始まっているような気がします。

 昔から「歌は世につれ世は歌につれ」と言うけれど、国が大きなダメージを受けて、感動しないとやっていけない、という状態から、アメリカも少しは余裕が出てきたということか(笑)。感動的な作品も生まれつつ、違う方向での模索が進んでいくんじゃないかなと。斜に構えたものも増えていくでしょうが、それはそれでまったく構わない。それこそが、音楽の可能性の豊かさだと思います。

『バードマン』が示した映画音楽の新しい可能性

 今後の音楽映画にどんな変化がもたらされるか。今のところ、映画のテーマになりうる音楽として、まだ表を向いていないクローズカードは山ほどあり、いくらでも開いていけると思います。例えば、ヒップホップを題材にした映画は現状、コメディではなくシリアスに扱われることが多い。つまり、アメリカからするとヒップホップはマイノリティの音楽で、それを扱うなら成り上がりの映画、という構造になっている。昔のロックミュージシャンのようなものですが、ロックは音楽業界のなかですっかり安定的な地位を築いたから、『スクール・オブ・ロック』(2003年)ように安心して“笑える”作品が作られるんですよ。今やヘヴィ・メタルにもセルフパロディ的な笑える作品が多くあるけれど、ヒップホップはそこまでいってない。

 ただ実際のところ、ヒップホップは音楽産業的に見て、トップレベルの盛り上がりを見せています。今アメリカのショービズ界で最も勢いがあるのはビヨンセ&ジェイ・Z夫婦だと思うし、見方次第では、ロックよりも成功音楽ですよね。いつまでもヒップホップ=ストリート、リアル、ハスラーライフというイメージにとどまっているわけじゃないと思うから、コメディ映画の題材にもなっていくんじゃないかと。日本映画であれば、園子温監督の『TOKYO TRIBE』(2014年)はバトルラップミュージカルでしたね。音楽映画としてまだ踏み込んでいない領域は、ほかにもたくさんあると思います。

 そして、ひとつの可能性を示したのが、ドラムソロだけで1本持たせた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)。これもまさにマイノリティの映画で、アルゼンチン人の脚本家、メキシコ人の監督、そしてハリウッドスターだった人間が演劇という異教の場所に存在するわけで、いわば全員が“移民”です。「アメリカは移民国家で、WASPは国を仕切ってるだけで何も生み出してない、価値を生んでるのは移民なんだ!」という、今さらそんなことを言うかという内容でも、その“言い口”が新しかった。そこで選ばれた音楽がドラムソロだという大胆さはスゴいし、天才的だと思います。音楽映画には、まだまだ新しい表現方法がある。自分はそう信じています。

(取材・構成/編集部)

■公開情報
『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』
角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で公開中
配給: KADOKAWA
公式サイト

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