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柴咲コウは“歌の主人公”をどう演じてきたか 名曲群の歌詞に対する独自のアプローチを分析

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 柴咲コウが6月17日に初のカバーアルバム『こううたう』をリリースする。歌唱曲は本人による選曲をベースにTwitterで募集したリクエスト1500曲以上のなかから柴咲自身がセレクト。「若者のすべて」(フジファブリック)、「だけど僕は」(ゲスの極み乙女。)、「私生活」(東京事変)などのバンド系、「素直」(槇原敬之)、「桜坂」(福山雅治)、「アイ」(秦基博)、「Raining」(Cocco)などのシンガーソングライター系から「ただ泣きたくなるの」(中山美穂)、「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」(工藤静香)などの王道J−POPバラードまで幅広いジャンルが網羅されているが、共通しているのはおそらく、柴咲自身の“言葉の感覚”に響いた楽曲ということだろう。

 2002年にシングル『Trust my feeling』でデビュー。RUI名義でリリースした『月のしずく』(2003年/映画「黄泉がえり」)がミリオンセールスを記録するなど、歌手としても大きな成功を収めてきた柴咲。ボカロプロデューサーとしても知られるDeco*27とコラボシングル『無形スピリット』、トランス系アーティストのJUNO REACTORをフィーチャーした「Intoxicaed」を発表するなどジャンルレスな音楽性を志向してきた彼女だが、その軸はもちろん“歌”にあり、特に歌詞に関しては強いこだわりを示している。これまで発表してきたほとんどの楽曲は、彼女自身が作詞。インタビューなどでも“自分の音楽活動において、歌詞を書くことはとても大事”という趣旨の発言を繰り返している。そのスタンスは「こううたう」にもしっかりと貫かれているのだ。

 「こううたう」はカバーアルバムなので当然歌詞は書いていないわけだが、それぞれの歌に対する解釈の深さ、表現力の確かさには、作詞家として培ってきた言葉に対するセンスは強く反映されている。

 夏の終わりの風景と青春時代の終焉が重なる「若者のすべて」における“明るく、朗らかな諦念”とでも形容すべきボーカル、大切な人に対する“ありがとう”の気持ちを(タイトル通り)どこまでも素直に映し出した「素直」、起伏に富んだフロウを自然に乗りこなしながら、孤独と世間体と偽悪でこんがらがる“僕”の感情を淡々と綴る「だけど僕は。」、そして、思春期の震えるような繊細さ、そこで生じる残酷さを、ギリギリまで抑制された声で表す「Raining」。すべてのトラックに共通しているのは、歌詞を深く理解し、それを演じるように描き出すボーカリゼーションだ。そこにはもちろん、女優としてのキャリアも大きく作用しているのだろう。

 また、まるで目の前にいる人に語り掛けるような雰囲気もきわめて魅力的。自己顕示欲みたいなものはまるで感じられず、ひとつひとつのフレーズを丁寧に重ねながら、ただ純粋に歌を表現する——それこそが、歌手・柴咲コウの本質なのだと思う。実際、このアルバムを聴いている途中、柴咲コウが歌っているということを忘れ、歌の世界に入り込んでしまう瞬間が何度もあった(その最たる例が「アイ」。何度聴いても“ホントにいい歌だな”という感想しか浮かばず、ちょっと困った)。上手く歌うことではなく、歌そのものを伝えるということが歌手の役割だとしたら、柴咲コウはまさに本物の歌手だと思う。

 6月中旬から下旬にかけてはミニライブ企画「どこいこう?ここいこう」が開催(柴咲に歌いに来てほしい場所を募集する企画)され、同企画は終了。今後は9月から9都市10公演による全国ツアー「Ko Shibasaki Live Tour 2015『こううたう』」も行われる。山口寛雄(Ba)、玉田豊夢(Dr)、渡辺シュンスケ(Key)、會田茂一(G)、弓木英梨乃(G)という才能あふれるミュージシャンたちとともに繰り広げられる「歌手・柴咲コウ」の世界をじっくりと味わってほしい。

(文=森朋之)

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