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栗原裕一郎の音楽本レビュー 第6回:『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』

軍歌は国をあげてのエンタメだった!? 新たな史観を提示する新書『日本の軍歌』を読む

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書評
栗原裕一郎
軍歌
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 大阪の私立幼稚園が、園児に教育勅語や五箇条の御誓文を暗唱させ、君が代や軍歌を合唱させるといった極めて保守的な愛国教育を施していることが話題になっている。個人的には右も左も極度に偏向したイデオロギーにはゲンナリなのだが、それはひとまず措き、どんな軍歌が選ばれているのか見てみよう。

 YouTubeにアップロードされている動画では、「同期の桜」「日の丸行進曲」「愛国行進曲」などが歌われていた。その他行進には「ラデツキー行進曲」が使われていた。また、ジャニーズの忍者が1993年にリリースした「日本」(秋元康作詞、三木たかし作曲)も歌われていた。春夏秋冬、季節のごとの自然や風物を賛美して「ああ日本、ああ日本、この国に生まれてよかった」と歌うたわいない曲だ。

官民がしのぎを削った軍歌ビジネス

「同期の桜」は実は替え歌である。そもそもは1938(昭和13)年に『少女倶楽部』(講談社)に発表された「二輪の桜(戦友の唄)」という、西条八十作詞、大村能章作曲の女子向け軍歌(!)だったものが、海軍で替え歌にされ広まり定着した。「二輪の桜」では「君と僕とは 二輪の桜」というBLチックだった歌詞が、「貴様と俺とは 同期の桜」と変えて歌われたのである。軍歌にはこれ以外にも替え歌が多い。

「日の丸行進曲」は大阪毎日新聞と東京日日新聞が同じく1938年に公募した懸賞歌。「愛国行進曲」は1937年、内閣情報部が詞曲ともに公募した「国民精神総動員運動」のためのキャンペーンソングである。

 軍歌の歌詞公募は日清戦争の頃に始まったが、日中戦争から第二次世界大戦にかけての時代、メディアと国が公募合戦にしのぎを削り、ヒット曲を生み出すことに血道を上げる最盛期を迎えた。この時期の軍歌の特徴は、著者によれば、民間メディア主導(「露営の歌」など)、官庁主導(「愛国行進曲」など)、放送局(今のNHK)主導(「海ゆかば」など)の3タイプを機軸に作られたことだという。

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