『QWOP』とゲーム実況の衝撃 ベネット・フォディの足跡から辿る、激動のFLASHゲーム時代

『QWOP』とゲーム実況の衝撃

『QWOP』とゲーム実況の衝撃

 リリース直後の『QWOP』は、ほとんど注目を浴びていなかった。デレク・ユウがTIGSブログの短い記事のなかで紹介した程度だった。

「言葉で説明するのはむずかしいんだけど……Benzido(フォディのハンドルネーム)の新作はこのスクショよりずっといいゲームだよ。赤ちゃん(Baby)が歩こう(Walk)とするときって、こんな感じなんだろうなあ」

 最後のひとことが予言的で興味深いのはさておき、この記事には数十件のコメントがついた。いずれも「とてもむずかしいが、おもしろい」という好意的なものだった。前作である『Little Cricket Master』紹介記事へのコメント数の二倍だ。反応は良かったといえた。そのバブルのなかに限っていえば。なぜかフィンランドの地下鉄で配られている無料新聞で取り上げられたりもしたらしい。しかし、他の大多数のFlashゲームと同様に、『QWOP』も世間の目には触れないままネットの水底へと沈んでいくものとおもわれた。

 だが、「波」は忘れてたときにやってくる。 それが到達したのは、『QWOP』のリリースから2年経った2010年12月のことだった(*4)。

 フォディのもとに、彼のサイトをホスティングしていたサーバー会社から電話がかかってきた。月額10ドルで借りていた、安価な共有サーバーだ。フォディのサイトにこれまでにない規模のアクセスが押し寄せて、会社のサーバーがまるごとパンクしそうになっている、という。

 原因は? ゲーム実況だ。

 ある日、Cr1TiKaL(PenpuinZ)という、これまた当時無名だったYouTuberが「史上最も難しいゲーム」と題した6分ほどの『QWOP』の実況動画を投稿した。

Cr1TiKaLによる『QWOP』実況。
「The Most Difficult Game Ever Created Gameplay and Commentary」

 低い声の男がダウナーかつ平坦な調子で淡々と、ときどきゲップ混じりに操作に悪戦苦闘する。心底うんざりした様子でコンティニューしつづけ、「こんなゲームは人類に対する冒涜だ」とさえ漏らす。

 この動画は投稿から5日で33万再生という、2010年当時のゲーム実況動画としては異例の伸びを見せ、約一カ月後には200万再生を突破。さらにCr1TiKaLの翌日に投稿された、当時のトップYouTuber・Ray William Johnsonの実況動画は一ヶ月後に500万再生を記録した。

 フォディによると、『QWOP』は2010年12月のGoogleの検索数で世界第3位になり、翌年の8月までに総計3000万ビューを記録したという。当時は他の人気ゲーム実況動画でも、せいぜい数万から十数万再生という時代だった。

 そう、この“事件”が起こったのはゲーム実況文化の初期のことだ。人気動画の多くは大手の有名タイトルの実況であったものの、『Minecraft』や『Amnesia: the Dark Descent』のようなインディータイトルも人気を博しつつあった。フォディは「ゲーム実況でハネた個人ゲーム制作者」のもっとも早い事例のひとつだったのだ。

 孤高のイメージを持たれがちなフォディだが、配信文化をまったく無視しているわけではない。もちろん、2008年時点で「ゲーム実況映えするゲーム」などという発想は思いもよらなかったが、ゲーム実況でのバイラルヒットが、プレイしている人間のリアクションを楽しむという文化を彼に意識させた。

 また、TIGS仲間から誘われて、ニューヨークのアートスペース Babycastles で『QWOP』を展示したさい、プレイ待ちをしてしたひとびとが遊んでいるプレイヤーを取り囲んで盛り上がっている様子を目撃した。

 そのふたつの経験から、「見て楽しめるゲーム」を作りたいという美意識が以降の彼に芽生えたという。

アートとしてのゲームを展示するBabycastles

 「他人のゲームプレイを見て盛り上がる」という楽しみ方をアーケードゲームの文化と結びつけるのなら、むしろフォディの世代のゲーマーにとってゲーム実況とはそれほど遠いものではない。そして、 インディーゲームをいちはやくアートと位置づけ小さなパーティを兼ねた展示を行い〈ニュー・アーケード〉と呼ばれる潮流を作ったBabycastlesと、数万の視聴者が自宅から配信を見守るゲーム実況文化も両極にあるようでいて、似ている。

 こうして、ノスタルジーとオルタナティブ・アートとしてのゲームとネットエンタメ、それらがフォディのなかでなめらかにつながっていく(*5)。

 活動開始から3年が経ち、フォディはゲーム開発者としての人生がぼんやりと思い描けるようになってきていた。

<第三回へつづく>

【脚注】

(*1……もっとも、インディー開発者のアンナ・アンスロピーは、かれらの多くは「白人シスヘテロ男性」という共通点においてマジョリティであり、コミュニティにはボーイズクラブ的なそうした面での同質性があったと指摘しているが

(*2……Steam Greenlight制度。開発者がValveに100ドルを支払うことでリストにゲームを登録し、ユーザーからの投票が多ければSteamでの販売が許可される仕組み)

(*3……逆にFlashとの相性によってポイント・アンド・クリックのような滅びかけていたジャンルがささやかに復活していくところもおもしろいが)

(*4……ところで『QWOP』についてのフォディのコメントを探すと、そのほとんどはリリースから二年が経った2010年以降のものだと気づく。その時点で彼はプリンストンからオックスフォードへ移っていたためか、よく「オックスフォード大学に所属しているときに作ったゲーム」と微妙に精確性を欠く説明がなされている。実際『QWOP』の英語版Wikipediaページには「「彼がオックスフォード大学セントマーティン校の生命科学の倫理に関するプログラムで上級リサーチフェロー 兼 副責任者であったときに作られた」と誤った記述がある。が、実際には『QWOP』はプリンストン時代の作品だ)

(*5……未リリースのまま頓挫してはいるものの、フォディは2012年頃には、実験的なゲームデザインとその研究に焦点を当てたNPO〈LA Game Space〉にも参加し、『アドベンチャー・タイム』で有名なアニメーターであるペンドルトン・ウォードとのコラボレーションに挑むこととなる)

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