ゲームの難易度は誰が決めるべきか? 「ドラクエ」「FF」新作に見る“自由化”の功罪

ゲームの難易度は誰が決めるべきか?

 ゲームカルチャーでは昨今、開始時に難易度を選択できる仕様を持つタイトルが多数派となりつつある。草創期にあたる1980年代から、萌芽期の1990年代、2000年代にかけてはまだ珍しかった一連の仕組み。広がりの裏に、どのようなメーカーの思惑が存在しているのか。また、こうした動向はユーザーにどのような恩恵をもたらし、ゲームカルチャーにもプラスとして作用するのか。影響をさまざまな角度から考察する。

「ドラクエ」シリーズのリメイクには4つの難易度、「FF」シリーズの移植版にはブースト機能が登場

『ドラゴンクエストVII Reimagined』 アナウンストレーラー

 1月7日、スクウェア・エニックスは、「ドラゴンクエスト」シリーズの新作リメイク『ドラゴンクエストVII Reimagined』において、無料体験版の配信を開始した。冒険の始まりから、主人公たちが最初にたどり着く世界、「ウッドパルナ」クリアまでの物語をプレイできる同デモには、イージーに相当する「楽ちんプレイ」、ノーマルに相当する「バッチリ冒険」、ハードに相当する「いばらの道だぜ」、与えるダメージや獲得経験値の量、モンスターの強さ、バトル終了時HP回復の有無などをプレイヤーの好みに選べる「自由にせってい」の、4つの難易度に関わる設定が用意されていた。過去のシリーズ作品を振り返ると、2024年以降リリースが続いているリメイク作品にこそ、同様の仕様が設けられてはいたものの、最後の「自由にせってい」という項目が登場したのは、今回が初めてのこと。ファンのあいだでは、一連の設定の必要性をめぐって議論が過熱しつつある。

 また、同社は1月22日、2022年までにPlayStation 5、Epic Games Store、Steamで展開してきた「ファイナルファンタジー」シリーズ第7作のリメイクタイトル『FINAL FANTASY VII REMAKE INTERGRADE』を、Nintendo Switch 2、Xbox Series X|S、Windowsでもリリースした。くわえ、このタイミングにあわせ、全プラットフォーム向けにアップデートを実施。同パッチには、HPやMP、敵に与えるダメージ、アイテムの所持数などを常に最大にできる「ゲームブースト機能」が盛り込まれている。

 本稿では直近の事例として、スクウェア・エニックスの人気シリーズの動向を例に挙げたが、上記以外にも、さまざまなジャンル/シリーズ/タイトルで“難易度の自由化”が広がっている形だ。

メーカーとユーザーの利害が一致する“難易度の自由化” 一方、文化的な目線では

『ファイナルファンタジーVII リメイク インターグレード』 発売日発表トレーラー |Nintendo Switch™ 2 版 / Xbox Series X|S版

 なぜ各メーカーはかつて固定だった難易度を自由化しつつあるのだろうか。ここには、プレイヤーの多様化に対する配慮のようなものが見て取れる。

 草創期/萌芽期には、特定の属性の人を中心に支持されてきたゲームカルチャーだが、ここ数年はそうした垣根が消滅し、年齢・性別を問わず、誰もが親しむレジャーとなりつつある。たとえば、「ポケットモンスター」シリーズなど、歴史が長く、ファンの属性に偏りが少ない作品は、子どもから大人までさまざまなプレイヤーに手に取られているケースも珍しくない。もちろんここには男女の区別もなければ、年代による区別もない。特にシリーズが誕生した当時を知っているであろう40代くらいまでは、ボリュームゾーンの一部と考えられる。場合によっては、子どもや孫が生まれたことをきっかけに遊ぶようになった、それ以上の年代のプレイヤーもいるだろう。こうした実態がすでにかつてのゲームカルチャーのイメージとは乖離していると言える。

 彼らはそれぞれに抱える余暇をゲームプレイに充てているが、当然その量は一律ではない。幼児や学生、社会人など、属性によって使える時間に差があるのは、想像に難くないはずだ。おそらくメーカーが難易度の自由化を推し進める背景には、こうした属性の違いに基づいた遊ばれ方の変化があるのではないか。より広く市場に受け入れられる、もしくは生き残っていくために必要な工夫が、複数の難易度を用意し、プレイヤーのライフスタイルに合わせることなのかもしれない。

 先述した「ドラゴンクエスト」シリーズのリメイク作品に関しては、原作の発売から長い年月が経過しており、メインターゲットと考えられる当時遊んでいた層は、すでに社会人となっている。特にすでに発売されている第3作と、第1作・第2作のリメイクについては、働き盛りであり、家庭を持つ割合も増える40代、50代に差し掛かる年齢だろう。「昔のようにはゲームに時間を割けないが、懐かしむ気持ちでストーリーだけは追いたい」。そのような想いに応えるための、複数の難易度設定の用意だったのではないだろうか。この点はユーザー側の利益とも一致する。

HD-2D版『ドラゴンクエストI&II』ファイナルトレーラー

 一方、コンテンツのあり方という視点からは異なる見方もできる。ゲームをエンターテインメントととらえるか、アートととらえるかによって、その賛否は分かれるのではないか。

 ゲームカルチャーが特定の属性の人を中心に愛好されていた時代、コンテンツはどちらかといえば、プロダクトアウトの性質が強かったように思う。作り手が自分たちの作りたい製品を開発し、市場に投入するという考え方だ。その根底にあるのは、「良いものを自分たちの思う形で」というコンセプト。独自性や革新性を持つプロダクトの多くは、この概念に基づいた開発から生まれてきた。

 このことはゲームカルチャーにおいても例外ではない。たとえば、『Demon's Souls』『DARK SOULS』の登場によって、ここ15年ほどで台頭したソウルライクというサブジャンルは、難易度をユーザーに任せていたら、ここまで認められてはいなかったはずだ。同分野に分類されるタイトル/シリーズは人を選ぶため、プレイヤーによって好き嫌いは分かれるだろう。しかしながら、俯瞰的な目線に立つほど、その台頭が2000年代以降のゲームカルチャーにとって、いかに意義深い出来事であったかは否定のしようがない。

『Demon's Souls』アナウンストレーラー

 2009年発売の『Demon's Souls』、2011年発売の『DARK SOULS』が広くフリークに受け入れられたのは、「(当時の一般的なタイトルに比べると)難し過ぎる難易度ではあったものの、プレイヤーの工夫と努力によってはなんとか超えられるハードルであり、クリアしたときの達成感、肯定感が何にも代えがたい報酬として作用した」からだろう。ここには、制作側のレベルデザインの妙も大いに影響したはずだ。

 ゲームカルチャーの草創期/萌芽期に生まれ、名作と崇められている往年のタイトルたちもまた、こうした絶妙なゲームバランスの下に評価され、現在の地位を確立してきた。もし今後の同文化において、プレイヤーそれぞれの都合で自由に難易度が選べるタイトルが大半となるようなことがあれば、ソウルライクのような分野の台頭はまずなく、レベルデザインの価値は軽視され、築いてきた歴史の重みも実感しづらいものとなってしまうのではないだろうか。

 ここにエンターテインメントとアートの境界線があるのは明白だ。私は1人のゲームフリークとして、難易度をプレイヤーに委ねる行為は「映画を倍速で観せるようなもの」であると感じている。現代が利便性や効率性の重視されやすい社会であることは理解するが、そのひとつの尺度のみですべてが語られてしまう時代は、やや面白み、深みに欠けてしまうのではないか。

 コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスという指標が重視されやすい時代だからこそ、ゲームカルチャーには「苦労した先にある感動」から目を背けず、(ポップカルチャーの対義語としての)サブカルチャーらしさを守り続けてほしいと願う。単なる娯楽ではなく、芸術性の高いコンテンツであり続けるために。ゲームは、ユーザーありきで開発されるエンターテインメント作品と、制作者の意図ありきで開発されるアート作品、その二極化への過渡期にあるのかもしれない。

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