『シャニマス』XRライブはいかにして“キャラ”に命を吹き込んだのか Composition緒方達郎らが描くバーチャルと現実が溶け合う世界

『シャニマス』XRライブ制作陣インタビュ-

 バンダイナムコエンターテインメントがおくるアイドル育成シミュレーションゲーム『アイドルマスター シャイニーカラーズ』(以下、『シャニマス』)。2025年に入り、本作に関連する“極めて特殊な形式の音楽ライブイベント”が2回にわたって開催された。

 ひとつは1月に開催された『283 Production LIVE Performance [liminal;marginal;eternal]』(以下、『liminal;marginal;eternal』)。もうひとつは5月に開催された『283 Production LIVE Performance Uka,』(以下、『Uka,』)だ。

 これらは『シャニマス』内に登場する芸能事務所「283プロダクション」に所属するアイドルユニットが行うライブという建て付けになっており、『liminal;marginal;eternal』では「SHHis(シーズ)」と「CoMETIK(コメティック)」の2組が、『Uka,』では「illumination STARS(イルミネーションスターズ)」と計3名のゲストアイドルが出演し、パフォーマンスを披露した。

 あのライブを現象に沿って書き記すならば、『シャニマス』というゲームに登場するアイドルキャラクターたちが、XR(※1)技術によって現実のライブ会場のステージ上に描写され、リアルアイドルライブさながらのパフォーマンスを私たち観客の前で披露した――となるだろう。

 ただ、会場あるいは配信でライブを見守ったなかで、私と同じような感想を抱いた者は少なからずいたはずだ。「自分がよく知るあのアイドルたちが、確かにあの場に存在していた」と。生々しく、生き生きと、魅力的に具現化された彼女たちを前にし、個人的には二次元オタクとして長年夢見てきた“二次元と三次元のあいだにある壁が打ち破られる瞬間”の到来を感じずにはいられなかった。

 果たして『liminal;marginal;eternal』と『Uka,』は、誰が、どのように、どんな思いでもって作り上げたのだろうか。2公演におけるXR/バーチャルプロダクション・演出・ライブ制作を担当したバーチャルプロダクションスタジオ「MOOV」の運営会社Compositionにて代表を務める緒方達郎氏と、公演を主催・企画したバンダイナムコエンターテインメントの石田裕亮氏、木村碧氏にお話を伺った。

バーチャル上に“新たな世界”を構築するスタジオ「MOOV」

――まずはみなさまの現在の担当業務と、これまでのご経歴についてお聞かせください。

緒方達郎氏(以下、緒方):Compositionの代表を務めています。弊社はバーチャルプロダクションスタジオとして「MOOV」を運営しており、そちらではクリエイティブディレクションや演出、組織運営を担当しています。

 もともとはWebデザインやFlashアニメーションの制作を仕事としていたのですが、趣味でキャラクターコンテンツのミュージックビデオを自主制作したことをきっかけに映像制作系の仕事がメインとなっていきました。そして2013年にCompositionを設立し、現在に至ります。

石田裕亮氏(以下、石田):AE事業部 765プロダクション クロスメディア課 アシスタントマネージャーの石田です。『電音部』統括ディレクター/「アイドルマスター」シリーズ 「“MR”-MORE RE@LITYプロジェクト」(※1)プロデューサーを務めています。

 961 PRODUCTION presents 『Re:FLAME』や、THE IDOLM@STER M@STER EXPO LIVE SHOWCASE AREAではクリエイティブプロデューサーを務めるなど、MR事業全体のクリエイティブを担当しています。

 もともとは新規事業部門に所属しており、自社音楽レーベルである「ASOBINOTES(アソビノオト)」や音楽原作キャラクタープロジェクト『電音部』の立ち上げなどを経験しました。

木村碧氏(以下、木村):AE事業部 765プロダクション クロスメディア課の木村です。『liminal;marginal;eternal』と『Uka,』ではプロデューサーを務めています。

 私は、学生時代から動画やライブなどさまざまなものをクリエイトするのが好きで、同じような趣味を持つ仲間とチームを組んで活動していました。

 MRライブを担当するチームにジョインしてからは、多数のMRライブに携わってきました。

――先ほど、緒方さんからのご説明にあった「バーチャルプロダクション」とは、いわゆる大型LEDスクリーンにデジタルの背景映像を投影し、それを舞台セットとして用いる撮影手法を指す用語だと思います。「MOOV」はバーチャルプロダクションを手掛けるスタジオとして、どのような強みをお持ちなのでしょうか。

緒方:たしかに原義ではその通りなのですが、私たちはバーチャルプロダクションを“もうひとつの世界を作ること”であると定義しています。

 「MOOV」では主にバーチャルタレントが出演する形式の音楽ライブのバーチャルプロダクションを担当していますが、ここで言う「バーチャルプロダクション」とは、背景の投影や撮影技法に限定せず、演者が降り立つ世界そのものを設計し、演出・制御・撮影までを統合して表現することを指しています。

 考えかたとしては、デジタル空間上に演者のための“世界”を新たに構築し、その世界や中に降り立った演者を撮影することを「バーチャルプロダクション」であるとしているイメージです。そのために必要となる舞台セット制作のことを「バーチャルセットプロダクション」、ライブ演出に関わる映像制作を「ムービープロダクション」と細分化しており、これらの要素を取り入れたライブを制作することを「バーチャルライブプロダクション」としています。

――Compositionとして音楽ライブやバーチャル舞台劇などの「バーチャルプロダクション」あるいは「バーチャルセットプロダクション」を担当する場合と、『liminal;marginal;eternal』や『Uka,』のように「MOOV」としてバーチャルプロダクション・演出・ライブ制作を担当する場合とでは、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。

緒方:制作を担う会社がCompositionで、「MOOV」は社内のバーチャルプロダクションチーム/ブランド名です。チームが内包されているだけで、制作の基準やプロセスに実質的な違いはありません。そのうえで、「MOOV」として打ち出していきたい表現のひとつが「ナラティブライブ」です。「ナラティブライブ」とは「MOOV」が提唱する新たなライブエンターテインメント表現であり、“ストーリードリブンのライブパフォーマンス×世界観の構築×シネマティックな体験”の融合を特徴としています。

――つまり『liminal;marginal;eternal』や『Uka,』は、まさにその「ナラティブライブ」の手法で制作したライブであり、出演するユニットやアイドルたちがライブのなかで描こうとする“物語”に合わせたバーチャルプロダクションによる世界観の構築、映像制作や映像内・実際のライブ会場の照明制御による演出面も含め、包括的にライブ制作へと携わられていたということでしょうか。

緒方:ライブ制作への携わりかたはその通りですが、「ナラティブライブ」に関しては結果そうなったと言うほうが正しいと思います。「ナラティブライブ」の発想の原点は、キャラクターの世界観を表現するうえで、現実のライブ様式を必ずしも模倣する必要はないという気づきです。技術の話に先行せず、まず物語性のある体験をどう設計するかを大事にしています。

 誤解のないように言えば、現実のステージを忠実に再現する方向性も私たちの重要な選択肢です。それに、現実世界に仮想のステージセットを再現する「バーチャルセットプロダクション」も私たちの主力領域ですから、仮想空間の自由度と現実の説得力の両立を常に志向しています。

 だから、街中を舞台にしたり、世界中を旅しながら歌ったりする映画みたいなライブもあっていいんじゃないかなと思っています。

――現実の音楽ライブだと会場や舞台セットなどさまざまな制約が存在するところを、仮想空間であればよりタレントやアーティストの物語に寄り添った表現が可能となる。「ナラティブライブ」は、まさに“物語”に主導権を持たせたライブ表現手法であるわけですね。

緒方:そういう意味では、アイドルの個性やバックグラウンド、これまでに紡いできたストーリーといった「文脈」を大切にされてきた『シャニマス』とも通じ合う部分があったのかなとも感じています。

――バンダイナムコエンターテインメントのみなさんにおいても、そういった「MOOV」ひいてはCompositionのクリエイティブに対する姿勢にシンパシーを感じた部分があったのだろうと想像します。

石田:はい。『シャニマス』は特にアイドルの実在性と世界観が魅力的なIPでもあるので、『283 Production LIVE Performance』を展開していくことになった際には、「MOOVさんに協力してもらえたら素晴らしいライブが作り上げられるのではないか」という話が早い段階から挙がっていたと記憶しています。

木村:「MOOV」さんと自分たちのクリエイティブの掛け合わせによってアイドルたちの魅力も未熟さも等身大に描くことができ、“記憶に残るライブ”を作り上げることができたのではないかなと、うれしく思っています。

徹底した“映像っぽさ”の排除が生んだアイドルたちの実在感

――これまでの『283 Production LIVE Performance』における、緒方さんの担当業務を教えてください。

緒方:セットリストなどのライブの軸となるものはバンダイナムコエンターテインメントさんのほうで決めていただいていたので、私は演出的なご提案などをさせていただきながら、内容をブラッシュアップしていくことに注力していました。

――制作期間は、それぞれどのくらいだったのでしょうか。

緒方:ふだんCompositionとしてライブ制作を担当する際は、だいたい8カ月~1年程度の期間で制作しています。『liminal;marginal;eternal』も同程度の制作期間だったと記憶していますが、『Uka,』についてはふだんの半分くらいでした。

――『liminal;marginal;eternal』に比べ、『Uka,』を短期間で制作することができたのはなぜでしょうか。

緒方:『liminal;marginal;eternal』の経験があったからこそできたことだと思っています。初めてバンダイナムコエンターテインメントさんとお仕事させていただいた『liminal;marginal;eternal』では、私たちもどこまで踏み込んでよいか探り探り進めていたところがありました。

 しかし、逆にそこさえつかむことができれば、弊社は一貫した制作チームと、分業体制やマニュアル化に力を入れているので、チーム内で手早く仕上げていくことが可能なんです。

――『liminal;marginal;eternal』と『Uka,』のバーチャルプロダクションにおいて、こだわったポイントを教えてください。

緒方:私たちは単なるCG制作会社ではなく、しっかりと体験を作り上げるという目線でお仕事をさせていただいている自負があります。よってまず、物理ステージ上での見栄えにはものすごくこだわっています。ステージの様子を目にした観客のみなさんに「これは映像だな」という感想を抱かせたら負けだと思っていて、“映像っぽさ”を消すためにさまざまな技術や経験を駆使しています。

 実際のライブ会場における物理的な舞台セットについても、私たちが「ここはこうしたいです」と提案しながら構築していまして、たとえばステージの床に対する大型LEDスクリーンの接地感や床面への反射の具合などにもこだわりが詰まっています。

 また細かい話ですが、映像が真っ暗になってアイドルたちが捌けるといった不自然な演出も極力入れないようにしています。曲間の繋ぎなども、あくまでステージの照明を落としているだけで、よく見るとステージ上を歩くアイドルの影が映っているんです。

――そうしたひとつひとつのこだわりによって、アイドルたちの実在感を醸成していたわけですね。

木村:その気になればいくらでも非現実的な描写が可能とはいえ、『283 Production LIVE Performance』ではアイドルたちが生きている世界を描くということを大切にしているので、ちゃんとアイドルたちは地に足をつけているし、衣装の揺れ物なども重力に負けるし、ステージ転換の際には紗幕が上がっていく様子がうっすら見えるようになっています。

 こういった細かい描写までこだわっているおかげで、アイドルたちの生きざまをより直接的に表現し、ライブを通して想いや感情と向き合えるようになっています。

――『Uka,』では開演前の段階から、巨大な花の蕾のようなオブジェがステージ上に鎮座していました。そういったところにも意図があるということでしょうか。

緒方:ああいった物も便宜上「バーチャルセット」という呼びかたはしているにしても、私たちのなかでは物理の美術セットとほぼ同じように扱っています。あれだけの巨大な造形物が開演した瞬間にパッとステージ上に現れるのでは、やはり説得力がなくなってしまいますよね。

 ほかにもバーチャルセット制作におけるこだわりとして、物理法則に逆らって宙に浮いているものは一切作っていないというのがあります。ちゃんと設置物には支柱となるものが地面と接地しているし、上げ下げが必要なものに関してはうっすらとワイヤーも描写しています。

――実際に会場でライブを拝見していて、『Uka,』終盤の舞台セットなどはCGなのか現実に存在しているのか、最後まで見分けがつきませんでした……。

緒方:『Uka,』ではYouTubeの「アイドルマスターチャンネル」における終了後感想会配信にて、(バーチャル空間内の)ステージ風景を撮影した映像をお見せする機会がありました。そちらのコメントでも、「バーチャルか実写かの区別がつかない」といったお声をたくさんいただけてうれしかったですね。

【AP生配信】【シャニマス】283 Production LIVE Performance Uka, 終了後感想会【アイドルマスター】(ステージ映像は2:09~)

肉体を持たぬ存在が命を宿す時代の到来を見据えて

――キャスト陣によるライブとも違う、“『シャニマス』のアイドルたちによるライブ”を作り上げるにあたってはどのような苦労があったのでしょうか。

緒方:アーティスト自身が自発的に「こういうライブをやりたい」と言って実現するライブとは全く違いますから。さまざまなレンズを重ねて見るような視点で考える必要がありました。

 アイドルが生きている世界の中で彼女たちがどう思っていて、これまでにどんなストーリーがあり、今回のライブがどのような位置づけとして存在しているのか。ライブ中に起こる出来事も、アイドルたちにとってどこまでが想定内でどこからが想定外なのか。もちろんライブの興行としての側面も考えないわけにはいかないですし。

木村:たとえばセットリストの作成ひとつとっても、単に演目を決めるという目線だけでなく、アイドルたちがこの曲をその瞬間に、どんな気持ちで、どんな感情で歌うのだろうというところまで入念に考えましたね。

石田:たしかに、キャストさんによるライブとMRライブとでは、セットリストの考えかたやアプローチは違う面もあるかもしれませんね。

 「アイマス」は以前からアイドルたちが現実を侵食していくような、ゲームの世界からリアルに飛び出してくるような方向性の取り組みを多く行ってきました。一方で、ここ数年はXRの進歩に伴って、リアルな存在である我々がアイドルたちが生きる世界に飛び込んでいくような動きもどんどん活発になってきています。

 そういった意味で『283 Production LIVE Performance』のようなナラティブなライブは、アイドルたちが我々の世界を侵食していく様子を楽しむ体験と、我々がアイドルたちの世界に飛び込んでいく体験の、両方の性質を併せ持っているとも言えるような気がして、大きな可能性を感じています。

木村:“実在感”や“没入感”という表現がありますが、私が追い求めたいのは“生命感”なんです。命を感じる、命に触れられる体験を作り上げることができたら、それはきっと「わーっ!」と盛り上がるだけに終わらない、ある種の神秘性すら感じられるような特別な体験になると思うんです。

緒方:個人的な考えとして、10年後、20年後には、いわゆるキャラクターなどのバーチャルな存在と、生身の肉体を持つ人間との区別がつかなくなる時代が到来するのではないかなと思っていますね。

 ちなみに私自身、『liminal;marginal;eternal』や『Uka,』の本番公演中は、内心かなりドキドキしながら行く末を見守っていました。制作側として筋書きは知っていたとしても、やはりライブというものは観客の前で公演することで初めて完成するものですので、この瞬間はまさに「ナラティブ」を体現しているのではないでしょうか。

――最後にみなさまそれぞれのお立場から、今後の目標や挑戦してみたいことなどの展望を語っていただけますか。

緒方:まずは12月27日・28日に公演を控える『283 Production MUSICAL Performance 騎士団のヴェール – Veil of Order –』に全力を注ぎたいです。私はもともと舞台が大好きで、2024年にはCompositionとして、バーチャルシンガーが出演するバーチャル舞台劇『御伽噺』の演出・制作にも携わりました。

 舞台表現とバーチャルプロダクションの親和性は非常に相性がいいと思っていて、音楽ライブだけでなく、舞台・ミュージカルなどでもキャラクターがより自由に活躍できる取り組みを続けていきたいと思っています。12月の公演はいい舞台にできそうな予感がしていますし、私自身すごく楽しみにしています。

 あと長期的な目標としては、日本発のIPを国際的に楽しめる場所づくりをしていきたいと考えています。今はまだ下準備の段階ではありますが、「アイマス」のアイドルたちがゲームから飛び出して活動領域を広げていっているように、私たちもまた違った角度から、これまでに培ってきた技術を活かして、IPやタレントがより自由に活動できるようなサポートをしていきたいです。

石田:今後も「アイマス」のアイドルたちとのタッチポイントをどんどん増やしていきたいです。さまざまな出会いかた、触れ合いかたをご提案し、もっともっと身近な存在にしていけたらと思っています。また日本だけではなく、海外の方にも広めていきたいですね。ライブや音楽は言語の壁を超えるパワーがあると思いますから。

木村:バーチャルコンテンツ制作の技術的な敷居が下がり、いまやわりと誰でも作れてしまう時代になってきていると感じています。もっともっとバーチャルライブなどのコンテンツが増えてほしい、世の中的にも盛り上がってほしいと思うと同時に、そのなかで私たちなりに筋を通した、私たちにしか作れないアイドルたちが生きているライブをみなさんに提供していきたいです。

 続いての『283 Production MUSICAL Performance 騎士団のヴェール – Veil of Order –』では「L’Antica(アンティーカ)」をはじめとした10名によるミュージカルとなっております。ライブパフォーマンスだけでなく、お芝居をする彼女たちの活躍を、ぜひお楽しみください。

※1 XR:VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)といった先端技術の総称。

※2 “MR”-MORE RE@LITYプロジェクト:「アイマス」のアイドルたちが原点であるゲームから飛び出し、さまざまな領域に活躍の場を広げていくことを目的として、2022年より始動したプロジェクト。

物語ベースだからこそ生まれる“実在感”と“説得力” 「アイマス」キーマンが語るMRライブ&コラボ施策の流儀

バンダイナムコエンターテインメントが展開する「アイドルマスター」シリーズは、近年、MR(複合現実)領域の取り組みや各種コラボ展開…

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