デザインツールで地域の多文化共生を支援 アドビ『まちの広作室』がローカル商店街へ広めた“翻訳の効果”とは

アドビによるデザインワークショップ『まちの広作室 in わせだ』が2025年8月28日、ベルサール高田馬場にて開催された。
『まちの広作室』は、地域の商店や事業者が日常的に使うチラシやメニュー表、SNS投稿用画像などのデザインを『Adobe Express』を活用して簡単に作成できるように、アドビが直接ワークショップ形式のイベントを開いてサポートするプロジェクトだ。
これまでに全国8カ所で開催されており、今回は早稲田大学周辺商店連合会および高田馬場コネクションと連携して、高田馬場エリアの商店街関係者と早稲田大学学生の計24名を対象にワークショップが行われた。
高田馬場が直面する「多文化共生の現実」
早稲田・高田馬場は、外国人住民や留学生が多く暮らす国際色豊かな地域だ。現在、新宿区全体でも住民の13%にあたる約4万人の外国人が居住しており、出身国の数は130にも及ぶ。
そんな中、商店街などでお店を営む住民や事業者からは「日本語以外の広報物を用意するのが大変」「情報発信の方法が分からない」といった声が寄せられていた。地域に住む外国人居住者にアプローチしたくとも、広報活動において言語の壁や広報物制作の手間が課題となっていたのだ。
高田馬場コネクション広報部長の北中知己氏は、地域の現状をこう語る。
「商店街としても外国人の方に向けたイベントをやっているんですが、発信力が弱い。言葉が通じないために、外国人の方が日本人との間に壁を感じているという課題があります」
早稲田大学周辺商店連合会 副会長の佐藤靖子氏も同様の課題を指摘する。「早稲田大学って、多分日本で2番目に留学生が多い大学(※)です。留学生の方は、短期の場合2カ月とかで帰ってしまうこともあって、この街と留学生との触れ合いというのがあまりないところが、今まで悩みでした」。
(編注:独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)による最新の調査結果では、首位が早稲田大学、次点が東京大学となっている)
「何年かに1回、みんなで作ろうって外国語のメニューを作ったりもするんですけど、やっぱり値段が変わったりとか、ちょっとメニューが変わったりとか、そういう細かいことには対応ができていない」と佐藤氏は続ける。その結果、留学生の多くがコンビニなどの利用しやすい店で済ませてしまい、地域の商店を利用する機会が失われているという。
多言語化がもたらす3つの効果
イベント前半で登壇した一般財団法人ダイバーシティ研究所代表理事の田村太郎氏は、自治体における多文化共生、多様性配慮への取り組みを推進する専門家だ。阪神淡路大震災時の多言語支援活動から「多文化共生」という概念を提唱してきた。
田村氏は多言語表示の効果を「翻訳効果」「承認効果」「アナウンス効果」の3つに整理している。
「1つ目は翻訳効果。情報を伝えるということ。2つ目が承認効果。例えば避難所の入口に避難所って外国語で書いてあったら、外国人の人は『あ、ここに入っていいんだな』と思える。この社会、この店、この施設が『日本語がわからない人も入っていいよ』と言っているというのが伝わるメッセージになる。3つ目がアナウンス効果。これは日本人に対して『日本語がわからない人も住んでいるんだ』ということを知らせる効果がある」
「例えばお店で、『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』といった言葉が多言語になっていたら歓迎されているなと思うけど、『ここに自転車置くな』とか、『防犯カメラ作動中』といった注意書きばかりが多言語化されていると、外国人の方は『この社会は外国人を歓迎してないんだな』と思ってしまいます」と指摘する。
田村氏は「多様な人とのコミュニケーションは難しいと思いがちだが、違いを豊かさに変えていく楽しさを感じることも重要です。新しいツールを活用して言葉や文化の壁を越え、『発信する』ことであらゆる人が活躍できる新しいまちを創っていきたい」と語る。
我々日本語話者の日本人にとってはなかなか意識する機会の少ない多言語表示だが、外国語話者にとって多くの機能を有しているのは田村氏の指摘の通り。ちょっとしたデザインでも、人の意識や行動に強く影響することがわかる。
『Adobe Express』が実現する手軽な多言語対応
講演に続いて、イラストレーター・キャラクターデザイナーの北沢直樹氏による実践ワークショップが開始された。
『Adobe Express』は初心者でも直感的に操作できるデザインツールで、豊富なテンプレートと「Adobe Stock」の画像、「Adobe Fonts」のフォントライブラリを活用できるのが特徴だ。特に今回注目すべきは、46言語に対応した翻訳機能で、作成したデザインをワンクリックで多言語に変換できる。もちろん100%正確な翻訳を保証するものではないが、先の田村氏の指摘からも分かる通り、簡易的な翻訳であれ多言語表示があるのとないのとでは大違いだ。
『Adobe Express』はPC、タブレット、スマートフォンのいずれのデバイスでも利用可能で、環境に依存しない手軽さが売りだ。画像や動画の背景除去機能、QRコードの生成、コンビニプリント対応など、実用的な機能も豊富。特にコンビニプリント機能は、プリンターを持たない小規模の店舗にとって重要かつ、手軽にメニューやチラシの刷新ができる点で非常に実用的だろう。
ワークショップでは、まず『Adobe Express』の基本操作や機能の解説が行われ、その後、参加者が実際に日本語でチラシやポスターを作成し、多言語翻訳機能を使って英語や中国語に変換する作業も体験した。また自店のロゴや商品写真を使用したポスター制作にも取り組み、それらをチラシやSNS用コンテンツに応用できることも学んだ。
「多言語化するのってやっぱりすごく大変だと思うんですけど、1つずつ翻訳してコピー&ペーストするのではなく、元々あったデザインをそのまま翻訳してくれるのが素晴らしいですよね。特にメニューの内容や価格の変更が多い飲食店の方などは重宝すると思います」と北沢氏。

地域に根ざしたテクノロジー活用の意義
今回のワークショップが示したのは、最新の技術を地域課題解決に活用する具体的な道筋だ。『Adobe Express』のような民主化されたデザインツールは、専門的な知識やスキルがなくても質の高いコミュニケーション手段を提供する。特に多言語対応については、これまでコストや手間の問題で諦めていた小規模事業者にとって、大きな可能性を開く。
早稲田・高田馬場地域の多文化共生という課題は、日本の多くの地域が直面する現実でもある。外国人人口の増加は避けられない社会変化であり、それを前向きに捉えてコミュニティの活性化につなげる必要がある。
田村氏も多文化共生において、「もともとの地域住民が移住者に合わせて変化しようとせず、一方の移住者も地域に合わせない、といったお互いに歩み寄らない姿勢で別々のコミュニティを形成しようとすると、必ず疑心暗鬼が生まれます」と説明。両者が少しずつ変化し、許容し合っていく姿勢こそ「共生」だと語る。
人口減少の止まらない日本において、地域の文化を大切にしながら新しい住人たちと融和していく姿勢は必要とされるなかで、『Adobe Express』のようなデザインツールは一つの架け橋とさえなりうるだろう。
ワークショップの最後には、北沢氏による講評も行われた。年齢や属性に関係なく多くの参加者がしっかりと完成まで持っていくことができた点は重要だ。
アドビでは、今後もデザインワークショップ『まちの広作室』を通じて、日本全国の広報活動に関するデザイン業務に課題を抱えている店舗・企業との対話を続けていくとしている。多忙な店舗運営業務の中でも、導入コストを抑えつつ手軽に自身のクリエイティビティを発揮できるよう、『Adobe Express』の普及に努めていく方針だ。
田村氏の言葉が示すように、「違いを受け入れて共に変化する」多文化共生の理想に向けて、テクノロジーは重要な役割を果たしうる。今回のワークショップは、その具体的な一歩を示した貴重な事例といえるだろう。
今後、このような取り組みが全国に広がることで、日本の地域コミュニティがより開かれた、包摂的な場所へと変化していく可能性がある。技術と人の思いやりが融合したとき、多文化共生が浸透した社会への道筋が見えてくるのかもしれない。





































