連載「音楽機材とテクノロジー」第15回:照井順政

『ジークアクス』や『呪術廻戦』などの劇伴を手掛ける照井順政に聞く、「コンセプト」を作ることの重要性と機材の変遷

リズム・ノイズに対するアプローチの変化

――照井さんの音楽は、リズムのアプローチも特徴的です。ご自身の中でリズムに対する考え方に変遷はありましたか?

照井:昔は自分の中で気持ちのいい刺激的な音のレイヤーと、多くの人が気持ちいいと感じる音のレイヤーとのずれがかなりあったようなんです。自分が気持ちいいように作ったポイントが、多くの人にとっては意識しないところというか、むしろ邪魔にしか感じないらしいと。

 特にハイスイノナサの頃は「リズム楽器も音程楽器もすべて並列、歌も主役じゃない」という考え方をしていたので、その辺りがリズムが独特になる理由だったのかなと。「キック・スネア・ハイハット」という考え方ではなく、何ならギターがスネアの役割をする、みたいな考え方だったので、普通に聴くと「これ、リズムどうなってんの?」という感覚になるってことだったんだと思うんですけど。

 劇伴にそういうものを適用するのはかなり難しいので、基本的には抑えつつ、作家性を出すために工夫しつつ盛り込む、みたいなバランスを意識しているところですね。

――ノイズやグリッチも効果的に使われている印象があります。そういった音の使い方についてはどうでしょうか?

照井:単純にそういった音が好きなので、ごく自然に曲の中に組み込まれていたんですが、最近は控えがちになっています。最近は効果的に「ピンポイントでしっかり頭に入るようにする」ということを意識しています。最終的な聴こえ方のバランスはミキサーさんやマスタリングエンジニアさんと相談して決めることが多いんですが、自分的に「このくらいが聴きやすいかな?」というラインより「もっと攻めてもいいですよ」と言われることが意外に多いですね(笑)。

――劇伴を作るとき、映画とテレビでの音響の違いは意識しますか。

照井:そうですね。特に映画の場合、「5.1chでの音響処理」が重要になります。例えば、映画館では静かな曲でも迫力を持たせることができますけど、テレビでステレオ再生すると、セリフやSEに埋もれやすいという違いがある。セリフとのバランスを考えて「どこまで音を前に出すか?」を調整する必要があるんですが、まだ経験が浅いので、ミキサーさんと相談しながら進めることが多いですね。

――作業の中で、3D的な音の配置を意識することはありますか?

照井:以前よりは考えるようになりましたね。一例ですがSound ParticlesというメーカーのBrightness Pannerというプラグインを使ったりしています。特定の周波数帯域に反応して音を動かすことができるというもので、恐らくSEを作るためによく使われるツールだと思いますが、僕は音楽的な効果のためにも活用していますね。

「音楽機材とテクノロジー」について

照井のモニター環境。内側のスピーカーが『NS-10M』(YAMAHA)、外側のスピーカーが『SC208』(EVE Audio)。

――モニター環境については、どのような基準で選んでいますか?

照井:基本的に「味付けが少なく、レンジが広いもの」を選ぶようにしています。今は世間的な定番の音(もう古いのかもしれませんが)で確認できる『NS-10M』(YAMAHA)と、それより高い出力でダイナミックな音が鳴る『SC208』(EVE Audio)を使っています。モニターコントローラーには、AUDIENT社の『NERO』というものを使っています。コスパも良くて、非常に優秀な機材だと思います。

――防音室での録音環境についても教えてください。

照井:「デッドに録ること」を前提に作っています。部屋鳴りはほとんど諦めて、後々いじりやすい素材としての音をしっかり録るという考え方ですね。

 マイクはNEUMANNのものとAKGのものなどを使っていて、アコースティックギターやバイオリン系、管楽器等の録音にも対応できる環境になっています。

――ギターとその周辺機器についてはどうでしょうか。

照井:最近は主にFenderのストラトキャスターとジャズマスター、ハムバッカーを使いたい時はPaul Reed Smith、あとは桜井のガットギターやマーティンのアコースティックギターを使っています。最近はFenderのACOUSTASONICも導入しています。

 エフェクト処理については、Kemperをメインにしつつ場面場面でコンパクトペダルを挟んだりします。Kemperメインだとデジタル感が強くなりがちなので、oz designの真空管バッファを挟んで、アナログっぽさを加えています。これはsora tob sakana時代にオーダーして作ってもらった機材で、専門学校時代の同級生の大園隆司くんが立ち上げたブランドなのですが、すごく丁寧な仕事をする人で、近頃は色々なところで良い評判を聞きます。

oz designの真空管バッファ

――キーボードはどんなものを、どういう用途で使っていますか。

照井:KeyLab Essential(Arturia)を使っています。劇伴の仕事をするようになってからは、「音量のダイナミクスをしっかりつけることの重要性」を改めて感じていて、プレソナスのフェーダーポートはオートメーションを書くのによく使っています。バンドの曲を作るときよりも、セリフや他の要素との絡みを意識しなくちゃいけないんですよね。特にシンセサウンドでも弦楽器のような有機的なニュアンスを出せるように、オートメーションの書き込みを今まで以上に意識するようになりました。

Arturia『KeyLab Essential』とPreSonus『FaderPort』

――連載のテーマがテクノロジーということで、AIをはじめとしたテクノロジーに関しての考えもお聞きして良いですか。

照井:実はAIに対しての危機感とかはまったく持っていなくて。自分は音楽にそもそもそんなにこだわっていないというか、「音楽家という職業が消滅します」となったら、それはそれで、じゃあ今は何をするのが面白いだろうって考えるのも楽しそうだな、と思うタイプなんです。

 煩わしい作業が減ったりするのは良いだろうなと思います。たとえばオーディオデータがすぐに精度高く譜面化されるなんてことになったら、単純にありがたいなと思いますし。そのときそのときで適応していくだろうなって感じです。

――では現在進行形で、何かありがたいなと思っているものはありますか?

照井:ちょっと期待されてる答えとはズレるかもですけど、YouTubeのハウツー動画とか、翻訳の精度がすごく高くなってるじゃないですか。例えばガバ(音楽のジャンル)のサウンドがどういう機材を使って作られているのかと調べたときに、日本語でそういうことを教えてくれている人って少なくて。そういう知識がタイムレスに共有されるようになるのは今後楽しみですね。

今後の展望

――劇伴の仕事をしていく上で、現在課題に思っていることは何ですか?

照井:いわゆる「オーダーに応じて曲を量産する」みたいな作り方が、僕自身はまだまだうまくできていないと感じています。もっとシステマティックに、工業的にかつクオリティ高く作曲する能力を鍛えていきたいと思っています。自分が元々やってきて得意としているのは、どちらかというと「農業的」な作曲だと思っていて。

ーー「農業的」というのはどういうことでしょう?

照井:例えば、普段から自分の中の「農地」を耕すような感覚で、いろんなものをインプットしたり、日々実験をしたりする。その積み重ねが、何かのきっかけである時に実るというのが、バンド時代の主な作曲のスタイルでした。でも、劇伴の仕事はスケジュールがタイトで、求められる音楽の方向性もある程度決まっている。農業的なやり方だけでは対応できないんですよね。

 今は自分の良さが出しやすい農業的な作り方を活かしつつ、より安定的に良いものを作っていくやり方を模索しながら精進しているところです。

――照井さんの音楽はバンド時代から構築的で緻密な印象があるので、劇伴の仕事にもそのときからの蓄積で対応できている部分があるのかと思っていました。

照井:もちろんそういう部分はあると思います。ただ僕自身はすごく文系なんですよ。音楽だけ聞いてるとマスロックとか言われるぐらいですから、理系だと思われることも多いんですけど、全然そんなことはなくて。

 ミニマル的な要素にしても、「道具として使う」というか。自分の中のビジョンを表現するためのミニマル的な要素であって、純化していくことに喜びを見出す人のことを本来ミニマリストと言うんだと思うんですけど、僕の場合はミニマルアートやミニマルミュージックの整理された静謐な雰囲気が好きで、それを自分の世界を作るための道具の一つとして使うみたいな感覚で。理系っぽい表現を文系的な文脈で使うのが面白い、という感じなんです。

――なるほど。では今後、照井さんの音楽はどのように変化していく、あるいは変化していきたいと思っていますか?

照井:「シグネチャーサウンド」を確立するというよりも、自分は本来はどんどん変化していきたいタイプだと思っています。

 でも、制作スピードを上げつつクオリティの高い作品を作っていくためには「自分の定番」を持つことも必要になってくる。自分の中のレギュラーメンバーと新しい挑戦のバランスをうまくとりながらやっていけたらいいなと思います。

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