参拝客の“小銭離れ”が決定打に? 増上寺に聞く「PayPay賽銭」導入の裏側

東京タワーのふもとに広がる、港区芝公園。そこには、浄土宗七大本山のひとつであり、600年の歴史を持つ『大本山 増上寺』がある。増上寺は2024年12月、お賽銭に“PayPay”を導入したことで大きな反響を呼んだ。
今回は、増上寺執事 参拝部長の武智公英氏にその背景をインタビュー。1年のなかでもっとも多くの参拝者が訪れる年末年始を終え、PayPay賽銭はどうだったのか。また、今回の事例を含め、お寺とテクノロジーの関係性についてどう捉えているのかについて聞いた。
年末年始を終え、PayPay決済はどう動いた?
増上寺内でPayPayを使ってお賽銭ができる箇所は、大殿と安国殿の2箇所となっている。PayPay導入の経緯について、武智氏はこう語った。
「導入したのは、2024年12月23日からです。秋ごろからPayPay導入は検討していて、安国殿は物品販売も行なっているので、最初のアプローチに適しているのではないかと思いました」

取材を実施したのは2025年1月14日。ようやく初詣の足並みも落ち着いてきたころだ。武智氏は、初詣の概念についてこう語った。
「増上寺では、正月初祈願を14日までと定めています。ただ、基本的に足を運んでいただいたときが初詣になりますので、“いつまで”というのは原則ありません」
そして、近年の参拝者の流れについては「参拝に来られる方は、年々増えていますね。今年もおおよそ10万人ほどの方がいらっしゃいました。安国殿は17時、本堂は17時半に扉が閉まるのですが、昨日はその時間でも三解脱門(三門)まで列ができていました。連休最終日ということもあったかと思うのですが、やはり参拝にいらっしゃる方は確実に増えていますね」と振り返った。
筆者が取材に訪れた際も、途切れることなく参拝者がやってくる。東京を代表する大寺院というのもあるのだろうが、その背景には、インバウンドの影響もあるという。「通常日だと、外国人の方の割合の方が多いです。円安ということもあり、中国や欧州の家族連れの方も多く見えますね」より日本の伝統を感じられる寺院は、外国人にとって人気の観光スポットにもなりつつあるようだ。
だが、PayPay決済の導入は外国人の来訪者増加がきっかけというわけではない。それもそのはず、PayPayは原則日本国籍、もしくは在留カードか特別永住者証明書を所持している人が利用できるサービスだからだ。ではなぜ、PayPayを導入するに至ったのだろうか。
「キャッシュレス化が進み、お寺に見える方が小銭を持たなくなってきたからです。お賽銭箱の前まで来て、『手元に小銭がなかった』と気づく方もなかにはいらっしゃいます。そこで、『持っていないならしょうがない』と、お参りを諦めてしまう方もいらっしゃったんです。時間があれば両替をしたり、物品を購入して崩したりすればお賽銭はできますが、それもなかなか手間ですよね……。あと、PayPay賽銭が非課税として認められたというのも決め手のひとつです。ですので、PayPay賽銭は認められた場所のみとなっております」(武智氏)
(参考:国税庁 宗教法人の税務)
PayPay賽銭の背景には、キャッシュレス化と課税制度の変更があったようだ。ただ、PayPayを推奨しているということではなく、あくまで決済方法のひとつとして設置しているようだ。
「従来の小銭を辞めるわけではなく、窓口のひとつとして捉えていただけると幸いです。たとえば、お賽銭箱は時間が過ぎると扉のなかに仕舞われるのですが、PayPayの決済コードは扉の前に掲示されています。もし未明の時間に参拝にいらっしゃっても、お賽銭をすることができるんです」(武智氏)
港区という立地ゆえ、飲み歩いた帰りにフラッと立ち寄る人もなかにはいるようだ。たしかにその方法だと、お賽銭箱はしっかりと盗難対策ができつつ、時間外のお参りにも対応できるというわけだ。
ちなみに、普段小銭の回収はどのように行なっているのだろうか。武智氏いわく「元旦から初祈願が終わるまでの2週間のうち、3回に分けて回収を行いました。回収には麻袋を使うのですが、ひと袋20キロほどの重さになるようです。回収も全体を通して10人以上の手が必要になるので、決して楽な作業というわけではなありません」のだという。
PayPayが導入されたのであれば、そういった面でもメリットがあるのではないだろうか。実際に導入してからの変化について、武智氏は「労力的な面ではあまり変化はないですね。PayPayで決済された金額も、1日約3〜4万円ほどです」と語った。増上寺には毎年、年末年始に10万前後の参拝者が訪れる。やはり、まだまだ小銭によるお賽銭が主流のようだ。
「混雑緩和に関しても、PayPayを導入したからといってそこまでメリットはありません。むしろPayPayを読み込む方が少し時間がかかるかもしれないです(笑)。また、小銭なら少し遠くからでも投げられるので、手間もそこまでかかりませんしね」(武智氏)
その言葉からもわかるように、お寺側のメリットはそこまでなく、あくまで参拝者の支払い方法の選択肢がひとつ増えた、ということだろう。