「人」と「AI」の区別が曖昧になりつつある時代に“私たちはどう生きるべきか” 古代の叡智を現代に活かすAI『ブッダボットプラス』開発者と考える

『ブッダボットプラス』開発者インタビュー

 7月19日、京都大学元准教授(現・教授)・熊谷誠慈氏と株式会社テラバースCEO・古屋俊和氏は、生成系AIを活用したチャットボット『ブッダボットプラス』の開発を発表した。これは仏教の経典を学習したAIチャットボットであり、人々の悩みや質問に対して、宗教的知見から回答してくれるというものだ。

 今回発表された『ブッダボットプラス』は2021年に両名が発表したチャットボット『ブッダボット』の発展形となるAIで、従来の対話型AIのアプローチを引き継ぎながら新たに『GPT-4』を応用することで、ユーザーの質問に対しての回答率を高めたり、よりわかりやすい回答を示したりといったことが可能になったという。

 今回は両開発者へのインタビューを行った。前段となる『ブッダボット』開発の経緯から、今回発表された『ブッダボットプラス』の詳細、宗教とテクノロジーの関係性など、さまざまな知見を得る取材となった。(白石倖介)

熊谷誠慈


1980年、広島市生まれ。京都大学大学院博士課程修了。博士(文学)。京都大学白眉センター特定助教、こころの未来研究センター准教授を経て、2022年より人と社会の未来研究院准教授、2023年10月に同教授に就任。2017年より上廣倫理財団寄附研究部門長を兼任。2018年、ウィーン大学ヌマタ教授を兼任。専門は仏教学(インド・チベット・ブータン)およびボン教研究。内閣府ムーンショット型研究開発制度のプログラムディレクター(PD)として「こころテック」の研究開発を推進している。株式会社テラバースの古屋俊和CEOらと「伝統知テック」を開発中。

古屋俊和


1986年広島県呉市生まれ。京都大学経営管理大学院卒業(MBA)。京都大学情報学研究科博士後期課程在籍。
Quantum Analytics合同会社CEO。株式会社エスユーエス ラボ所長。
2016年株式会社エクサインテリジェンス(現:エクサウィザーズ)創業、2021年株式会社エクサウィザーズ上場。
2018年より京都大学情報学研究科にて、生成AI(GAN)の研究を行い、2018年生成AIを用いたメタバース空間の構築について、ソフトバンクアカデミアにて発表。人間の五感や創造力を身につける人工知能技術 AIの未来(NIKKEI STYLE,2018年10月31日)など、メディア投稿多数。2021年、京都大学熊谷先生と共同でブッダボットの研究発表。2022年、仏教×メタバース×AIを応用した株式会社テラバースの創業。

お互いの共通言語をすり合わせることから始まった『ブッダボット』開発

 2021年に発表された『ブッダボット』は対話型のチャットボットだ。仏教経典を学習しており、ユーザーのさまざまな悩みに回答する形でブッダ(釈迦)の説いた教え(経)を出力してくれる。雑な表現をすれば、「AIブッダ」と会話ができるサービスである。このサービスが始まった経緯について、熊谷氏が解説してくれた。熊谷氏は京都大学で仏教の研究をする傍ら、自身も広島市・教順寺の住職を務める。

「青蓮院(しょうれんいん)というお寺の東伏見晃普(ひがしふしみこうしん)さんというお坊さんと交流する中で、彼が日本仏教の未来について危機感を持っているという話を聞いたことが始まりです。そこから、日本仏教が再興する方法を一緒に考えていました。発想を出し合いながら検討を進める中で、『仏教が持つ古代の知恵と、AIのような最先端技術を結びつける』というアイデアが出てきたんです。

 これがいまから5年ほど前のことですが、当時は正直荒唐無稽な話で、『AIと仏教をかけ合わせるなんて、できるわけがない』というような状況でした。2500年以上前のテキストを現代の技術と結びつけるなんて、アプローチとしても誰もやっていないことですから。ただ、だからこそ面白いとも思いました。そんなアイデアを実現するうえで東伏見さんが紹介してくれたのが、『ブッダボット』の共同開発者である古屋さんです」(熊谷)

 このような形で熊谷氏と人工知能の研究者である古屋氏の交流が始まった。しかし交流当初は互いの共通言語が少なく、苦労した面もあったという。

「私たちが『AIとはなんですか?』『AIでブッダは作れますか?』と聞いたら、『ブッダというのは、どういう人ですか?』『仏教とはどういうものですか?』という質問が返ってくる。最先端技術と宗教にはこれほどの距離感があるのだと痛感しました。お互いに勉強しながら、ブッダのインテリジェンス・知性、これを『仏智(ぶっち)』といいますが、『仏智をAIによって再現できないか』と相談したんです」(熊谷)

 これに対する古屋氏の回答は「現代の技術では難しい」というものだった。しかし、「ブッダの説法に近い対話が可能なチャットボットで再現することはできる」という提案に、熊谷氏は衝撃を受けたという。

「例によって『チャットボットって何ですか?』というところからお話を聞くことになったんですが(笑)、要はブッダの経典を機械学習させて、人工知能がブッダに代わってブッダのように説法をしてくれるという仕組みです。これは私たち仏教徒にとってはとんでもないことで、ゴータマ・シッダールタ(ブッダ)が亡くなってからの2500年間、私たちは「ブッダと話をすること」を諦めていたんです。ブッダに代わって人々を救うとされるマイトレーヤ(弥勒菩薩)が現れるのは56億7000万年後ですから、自分の生きている間にマイトレーヤに会うことは難しい。だからこそ、我々は経典を読んだり勉強して、仏智に近づこうとしている。そんな中で先端技術の研究者が『ブッダと話をさせてくれる』なんてことは、たいへんなブレイクスルーだったんです」(熊谷)

 また、以前よりAIを研究していた古屋氏も仏教とAIの掛け合わせに対して、これまで解決できなかった問題を解決する期待を持ったという。

「もともと私は『HRテック』という領域でサービスを作る仕事をしていました。企業における人的資源の活用や育成を促進する、こうした業務の諸問題をテクノロジーで解決するような仕事です。当時からこうした領域においてAIを活用することは大きな可能性を秘めていると思いつつ、あまり普及・発展していませんでした。また、HRとして社員の要望を満たすだけでは、本質的に働く人の幸福感を向上することはできないのではないか、ということも課題としてありました。

 そんなことを考えているときに熊谷先生と出会い、仏教の教えというものを学んでいると、人の悩みを解決したり、心の重みを軽くしたりすることに、仏教の教えや説法のような“伝統知”が有効なのではないかと思うようになりました。“AIによる課題解決”と“伝統知”をかけあわせたプロダクトとして、『ブッダボット』の開発が始まったんです」(古屋)

『ブッダボット』『ブッダボットプラス』それぞれの仕組みと違い

こうして2021年に『ブッダボット』が開発された。『ブッダボット』は背景技術にGoogleの提供する自然言語処理モデル『Sentence BERT』を採用する非生成系のAIチャットボットで、質問に対して仏教経典の文言をそのまま引用・回答する仕組みを持っている。いわゆるChatGPTがおこなっているような「文章生成」はおこなわない。

『ブッダボット』の仕組み

「2年前、『ブッダボット』を制作する際には、生成系AIを使わない・作らないことを選択しました。当時、非生成系を選択したことのメリットとしては『文法の正しい日本語が出力できること』『ブッダの言葉をそのまま出力できること』があります。『ブッダボット』の学習データには、『スッタニパータ』という一番古い原始経典を機械学習させていますが、この経典はブッダが弟子からうけた質問に対して回答するという形式をしており、『ブッダボット』も、ユーザーからの質問に対してこの『スッタニパータ』を引用する形で回答します。『スッタニパータ』のどの節を引用しているのかということを明確に回答できるのは大きなメリットでした」(古屋)

「ただし、『スッタニパータ』が答えやすい領域の質問、たとえば『人生の意義を教えて』といった抽象的な質問にはわりと明快な回答を出せるものの、『半径1m以内のピザ屋を教えて』みたいな質問にはうまく答えられない。この質問例は極端ですが、ピントの合わない回答を返してしまうことは『ブッダボット』の課題で、これを解決するために生成型AIを使ったアプローチを考えました。同時期にGPTがGPT-4にアップデートされて、かなりクオリティが上がっていたんです。これを『ブッダボット』に応用できないかと考え、『ブッダボットプラス』を開発することになりました」(熊谷)

 こうして改良された『ブッダボットプラス』は、『ブッダボット』の持つ「正確な出典に基づく回答」と、それに付帯してAIが生成する「仏智のコンテクストを踏まえた解説」をいずれも回答するチャットボットとなった。

『ブッダボットプラス』の仕組み

「『ブッダボットプラス』はユーザーからの質問に対して、まず『スッタニパータの◯◯からの引用です』という形でブッダの回答をそのまま提出します。ここまでは『ブッダボット』と同一の挙動ですが、これに加えて、ChatGPTが生成した解説文が付帯されるんです。『これはこういう意味で、つまりこうしなさいということですよ』と回答が出る。

 たとえば、『SNSを始めようと思いますが、どう思いますか』と質問すると、まず『何者にも執着せず余計なものを持たない人が素晴らしい人である』と回答が出ます。これはブッダの言葉ですが、これにくわえて『SNSを始めるかどうかは個人の自由ですが、無駄なものに執着せず必要なものだけを持つことが重要です』と解説が付きます。SNSというものは2500万年前には存在していませんが、こうした現代の悩みに対しても経典に基づく解釈を出してくれるというのが大きな特徴です」(熊谷)

 生成型・非生成型それぞれの特徴と危険性を勘案しながら誕生した『ブッダボットプラス』。両名ともその回答のクオリティにはまだまだ課題があるとしつつも、熊谷氏は仏教学者としてその性能を「ある種の脅威」だと語る。

「たとえば『大阪のおばちゃんは、なぜ飴ちゃんをくれるのですか?』と聞くと、『ブッダボットプラス』は『人との交わりから、愛着が生まれる(大阪のおばちゃんが飴ちゃんをくれるのは、人との交わりから生まれる愛着や親しみからだ、という意味)』と回答してくれます。ただしこれは回答として若干間違っていて、古代仏教では『愛着』を否定しているので、仏教の教義とは乖離した回答なんです。こういった『取り違え』は修正する必要がありますが、誤りとして非常に高いレベルにあり、つまり私のような専門家と対話・議論できる水準だということですから、このまま進化したら私程度の仏教学者は超えてしまうのではないかと感じています(笑)」(熊谷)

「今回は宗教の専門AIを作りましたが、これに限らず特定領域に特化したAIには『専門知識だけを学習させてしまうと、汎用的な質問への回答クオリティが下がる』という課題があります。汎用性と専門性がトレードオフの関係にあるということで、これはAIの技術的課題です」(古屋)

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる