ボカロ文化は“一過性の流行で終わらない” kemuが『プロセカ』4周年アニバーサリーソングに込めた想い
――kemuさんの2つ目のポイント、『プロセカ』が「情熱を注ぐ矛先」であることが、今回の「熱風」というタイトルのキーになっているのかなと思いましたが、どうでしょうか。
kemu:たしかにそうですね。制作依頼をいただいた時、4周年にふさわしいモチーフは何か、すごく考えました。4年間でキャラクターたちが歩んできた道のりや、ゲームに関わることで生まれたドラマを想像しました。クリエイターやユーザー、スタッフさんなど、現実世界の人たちのストーリーもたくさんあるだろうなと。
ゲームの中だけでなく、外にもいろんな熱意があって、それが一つの方向に収束することもあれば、また別々の方向に向かっていくこともある。昔から未来に向かって吹いている風かもしれないし、今の自分から未来の誰かに向かって吹く風かもしれない。あるいは、昔誰かが吹かせた風を、今自分が受け取るのかもしれない。風がいっぱい生まれる場所になっているんだろうなと、この4年間で感じて、「熱」と「風」をキーワードにこの曲を書こうと思いましたね。
――制作するうえで、ゲームチームからテーマの指定はあったのでしょうか?
kemu:プロジェクトが4年目に入ることで、完全に新しい空気というよりも、それぞれが夢に向かって積み重ねてきた中で見えてきたものがたくさんある。「ただ頑張ろう」という漠然とした気持ちだけでなく、「夢が現実になるかもしれない」という希望や、その過程で生まれる喜びや苦しみ。そういったリアルな空気感を持った楽曲にしてほしいというオファーをいただいたのを覚えています。
――「熱風」はどのように作られていったのでしょうか?
kemu:YouTubeの公式チャンネルにアップされているストーリー動画を、改めてすべて見直しました。すごい量だったんですけど、1週間くらい、隙あらば動画を流し続ける生活をしていましたね(笑)。映像を観ながら、「このモチーフ、素敵だな」と思う印象的なシーンをメモして、そこからメロディや歌詞のアイデアが浮かんだら、それも書き留めていきました。先に2Bの歌詞ができたりもして。
――作曲と作詞は、どちらが先だったのでしょうか?
kemu:最初はメロディですね。1コーラス分のメロディを作って、方向性を示すものを早めに提出しました。その後、断片的にフルサイズ全体の構成や歌詞を考えていって。4周年記念ということもあり、プレッシャーは大きかったです。今までの作家さんたちも、みんな知っている人たちですし、このコンテンツはたくさんの愛情で支えられていることも知っていたので。「これでいいだろうか?」という不安は常にありました。
――たしかに、3年かけて作り上げられたアニバーサリーソングのイメージがある中での制作は、ゼロから作るよりも難しさがあるように感じます。
kemu:僕は音楽を作ることに、ずっと自信がないんです。自信はないけれど、誇りはある。その気持ちがないと、僕は曲を作れない感覚があって。自分が担当するからには、誇りを持って作らなければいけない。そんな矛盾の中で、ずっと音楽を作っています。今回は、特にそういう葛藤がありました。
プライドを持って曲を作った後はいつも、「もう二度と曲を作りたくない」「二度と歌詞を書きたくない」と思いますね(笑)。今でもそうです。でも、しばらくすると「また書きたい」と思ってしまう。それを延々と繰り返している感じです。「本当にこの葛藤は必要なんだろうか」って思うこともあります。「もっと簡単に作ったらいいのに」って。でも、手を抜くとすぐにバレてしまう。まず、自分にバレてしまうのがすごく嫌で、怖いんです。非効率なのは分かっているんですけど、この葛藤がないと、自分が音楽をやっている意味を見失ってしまう気がして。
今は、みんなが物凄くいいものを生み出す能力を持っているなと思います。良いものを作るのは、もはや当たり前になってしまった。そんな中で、“意味のあるものを作る”には、苦しみの過程が自分には必要になる瞬間があって。でも、それを乗り越えて作品を完成させた時は、すごく喜びを感じます。だから、決してネガティブな意味で葛藤しているわけではなくて。やりたいから、やっているというか。
――“意味のあるものを作る”という点において、これまでのアニバーサリーソングと比べて、今回特に意識したことはありますか?
kemu:なぜ自分がその作品を聴いたり観たりして、いいなと感じたり、感動したのか。その理由を細かく分解して掘り下げ、自分なりに再構築する作り方をしました。これまでのアニバーサリーソングを通した時に、「心を持った生き物たちのドラマや情熱、想い」を、その人なりの言葉で真っ直ぐに表現することこそが、重要なモチーフだと気づいたんです。過去のアニバーサリーソングのスタイルは踏襲しつつも、言葉やビート、メロディは、一度すべて白紙に戻して「自分ならどんなアニバーサリーソングを作るか」と考えました。そうして生まれたのが、今回の楽曲です。これまでの『プロセカ』らしさと、今の自分の表現したいことをどう融合させるか。そのミクスチャーを強く意識しました。
――お話を伺うほどに、「熱風」の2DMVで描かれている風のゆらめきや、バーチャル・シンガーがキャラクターの背中をそっと押すシーンなど、形のないものを丁寧に表現している描写に、kemuさんの想いがぎゅっと込められていることが伝わってきました。
kemu:「情熱が混ざり合うような楽曲です」というメッセージは伝えました。その後、映像チームやゲームチームの方々が歌詞を読み込んで、「この一節からは、このキャラクターのこんなエピソードが思い浮かびます。こういうシーンで表現したいです」といったメモ書きを、歌詞のテキストに書き込んでくださったんです。むしろそこが自分としてはすごく好きな部分で、それも一つのミクスチャーなんですよね。自分一人で完結せずに、制作に関わる人のイマジネーションが混ざり合うことで、新しい面白いものが生まれる可能性が広がるというか。ボカロをやっていた頃から、映像についても細かく要望することは少ないです。
――初音ミクがシアターのような場所でこれまでの出来事を振り返る中盤のシーンも感動的でした。kemuさんは、どのようなシーンが心に残っていますか?
kemu:僕もまさにそのシーンからが、とくに好きですね。初音ミクがシアターのような場所で、これまでの出来事を振り返りながら、一人ひとりの思い出が映し出されていく。そして、バーチャル・シンガーが、未来へと進んでいくみんなの背中を押す。──まさに、僕が曲を作りながら見ていた風景そのものだったので、それを『プロセカ』らしく映像化してくれたことが、すごく嬉しかったです。
自分は美しいものを作るのが好きなんですけど、その美しさを成り立たせるには、美しくないものも必要だと思っていて。光を作るなら、その分だけ影も作らないと、光がそこにあることを証明できない気がするんです。なので、喜びを描くなら、隣には必ず悲しみを置くのを、自分の中のルールにしています。あのシーンはまさにそうで、懐かしさや温かさと、どこか切なさもある空気感の中でいろんなシーンを見つめる初音ミクが描かれていて、すごく美しいなと感じました。
――では、最後にkemuさんとして、今後、『プロセカ』と、どのように関わっていきたいか、また今後の『プロセカ』の発展に期待することがあれば教えてください。
kemu:これからも腕を磨いていって、また呼んでいただける時には、それにふさわしい音楽を作れる人間でいたいと思っています。どちらかというと、僕自身は、新しいものを作ることよりも、新しい場所や流れの中に自分の音楽活動で培ってきたDNAを残していくことに興味があります。4年ほど前から、若い世代のクリエイターたちに注目していて、彼らがのびのびと音楽活動ができる文化やシーンを、どうしたら作れるのかを考えてきました。今はもう、僕が何かをしなくても、クリエイターたちが夢を持って活動できる場所があるので、何かしなければいけない、とは特に思っていません。
クリエイターの話に限らず、もう一度何かを始めてみよう、続けてみようという気持ちが人から生まれるには、熱の流れが絶対に必要だと思います。人間は、熱がなければ何もしたくなくなる生き物なので。その情熱を向ける矛先として、『プロセカ』があり続けてくれたら嬉しいですし、少しでもお手伝いできることがあれば、協力したいと思っています。
それから、クリエイターとして共感できる部分も多いストーリーもすごく好きで、キャラクターたちが迷いながらも喜びや嬉しさに出会っていくところは見ていて心が温まりますし。多くの人にエネルギーを与えてくれる物語だと思うので、これからもいっぱい迷いながらも、進んでいってほしい。それが、多くの人に情熱を与えることにつながると思うので。
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