“世界の仕組み”の探求を始めた人工知能 ノーベル物理学賞と化学賞を受賞した「サイエンスAI」研究の最先端を知る

さまざまな研究分野で活用されるAlphaFold

 現在AlphaFoldはDeepMindだけではなくさまざまな研究機関で活用されており、そうした活用事例は同AIの特集ページにまとまっている。

 AlphaFoldの活用事例のひとつとして、日本では難病に指定されているパーキンソン病の発病メカニズムの解明がある。この事例を解説したDeepMindの記事(※4)によると、オーストラリア・メルボルンの研究機関WEHI所属のデイヴィッド・コマンダー(David Komander)教授らのチームは、この疾病が発病するきっかけとなるタンパク質「PINK1」の構造予測にAlphaFoldを活用した。

 ノルウェー生命科学大学でミツバチについて研究しているヴィルデ・ライパート(Vilde Leipart)氏は、ミツバチの免疫機能の研究にAlphaFoldを活用した(※5)。具体的にはミツバチの免疫機能をつかさどるタンパク質である「ビテロジェニン」の構造を、同AIによって予測したのだ。

 ミツバチの免疫機能の研究は、近年たびたび報告されるミツバチの大量死の原因究明に役立てられる。ミツバチはさまざまな植物の受粉に関わっているので、その大量死の原因を解明して未然に防ぐことは、生態系の維持につながるのだ。

 イギリス・ポーツマス大学酵素イノベーションセンターに所属するジョン・マクギーハン(John McGeehan)氏らの研究チームは、プラスチックを分解する酵素の研究にAlphaFoldを活用している(※6)。プラスチックを完全分解する酵素を発見できれば、プラスチックのリサイクルがより効率的になり、最終的には環境問題の解決に寄与できる。

 以上のようにAlphaFoldが活用できる範囲は、さまざまな研究分野におよぶ。こうした応用範囲の広さが、同AIの開発を率いたハサビス氏がノーベル化学賞を受賞した一因なのかもしれない。

脳波からの視覚対象の特定や大気シミュレーションに活用されるサイエンスAI

 AlphaFoldのような自然科学研究に用いられるサイエンスAIは、近年盛んに開発されている。2024年におけるAI業界のさまざまな動向をまとめた同年10月10日公開のレポート「State of AI Report 2024(※7)」では、サイエンスAIの最新動向が掲載されている。以下にそうした動向の一部を紹介する。

 イギリス・ケンブリッジ大学工学部らの研究チームは2023年12月、物理的物質の挙動を原子レベルでシミュレーションできるAI「MACE-MP-O」を発表した。このAIの開発には、さまざまな物理現象を集めた学習データが用いられた。同AIは、新素材の発明などに活用される。

 画像生成AI「Stable Diffusion」所属の研究者らは2024年3月、電磁波によって脳活動を調べるMRIによって取得した脳活動画像から、被験者が見ているモノを予測する「MindEye2」を発表した。

 このAIは、特定のモノが写っている画像を被験者に見せた場合の脳活動画像を30~40時間分集めたデータ「Natural Scenes Dataset」によって訓練された。こうした訓練によって同AIは、視覚対象となるモノとそのモノを見た時の脳活動の対応関係を学習したのだ。同AIは、脳波によって装置を操作する「BMI(Brain Machine Interface)」の実用化に応用できるだろう。

 Microsoftの研究チームは2024年5月、地球の大気をシミュレーションするAI「Aurora」を発表した。このAIは、100万時間以上の気候データによって訓練された。同AIを活用すれば、大気汚染や気候変動のシミュレーションを高速に実行できる。その速度は、従来のシミュレーション方法である数値予測より約5,000倍も速い。

 以上のようにサイエンスAIは、さまざまな研究分野で開発・応用されている。そして、AlphaFold開発を率いたハサビス氏のノーベル化学賞受賞は、サイエンスAIが自然科学研究の手法として学界に公認されたことを意味するので、今後この種のAIの開発がますます盛んになるだろう。

 そして、サイエンスAIの躍進が予想されるなかで忘れてならないのは、こうしたAIにはもちろんディープラーニングが用いられていることである。これらのAIは結局のところ、「ディープラーニングの父」であるヒントン氏の業績なしには存在しないのだ。そんな同氏のノーベル物理学賞受賞は、「正しく使われたAIは人類の幸福に貢献する」というノーベル財団からのメッセージなのかもしれない。

〈参考資料〉
(※1)DeepMind「AlphaFold: Using AI for scientific discovery」:https://deepmind.google/discover/blog/alphafold-using-ai-for-scientific-discovery-2020/(※2)DeepMind「AlphaFold reveals the structure of the protein universe」:https://deepmind.google/discover/blog/alphafold-reveals-the-structure-of-the-protein-universe/
(※3)DeepMind「AlphaProteo generates novel proteins for biology and health research」:https://deepmind.google/discover/blog/alphaproteo-generates-novel-proteins-for-biology-and-health-research/
(※4)DeepMind「Targeting early-onset Parkinson’s with AI」:https://deepmind.google/discover/blog/targeting-early-onset-parkinsons-with-ai/
(※5)DeepMind「How the honeybee could help protect species around the world」:https://deepmind.google/discover/blog/how-the-honeybee-could-help-protect-species-around-the-world/
(※6)DeepMind「Creating plastic-eating enzymes that could save us from pollution」:https://deepmind.google/discover/blog/creating-plastic-eating-enzymes-that-could-save-us-from-pollution/
(※7)State of AI Report 2024:https://www.stateof.ai/

ライゾマティクス・真鍋大度が「生成AIの時代」を語る 個展を通して問いかける“アートの価値基準”

ライゾマティクスは、東京・天王洲のアートギャラリー・KOTARO NUKAGAで、「AIと生成芸術」をテーマにした個展『Rhiz…

関連記事