VTuberの核は活動者か、それともIPか 今見つめ直す、バーチャルな存在の“主体性”

VTuberの5年の変化は大きい

 では「VTuberが卒業する理由」とはなんだろうか。冒頭紹介したVTuberたちは、直接的な要因は明らかにされていないものの、共通するのは、どのタレントも理由に「やりたい事のために卒業する」あるいは「やりたいことと事務所方針の不一致」をあげていた。

 VTuberがその活動を辞める理由については、本当にそれぞれの心なりや事情からなったものであり、詮索・代弁するべきではないと筆者は考える。ただ、長期間活動しているからこそ見える世界もあるのだろうと、過去別の活動を始めたVTuberなどを見て思うところではある。

 この5・6年のVTuber業界の変化はとても大きい。たとえば、にじさんじやホロライブはそのなかでももっとも変化した例だろう。

 にじさんじの初期メンバーは「アプリテスター」もしくは「次世代声優オーディション」と銘打たれたスマートフォンアプリで配信を行う演者募集からライバー活動を始めている。そのため、当時のライバーからしてみれば、今のような多人数タレント事務所になるようなことはあまり想定していなかったはずだ。

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 一方、経営側としては当時からインタビューの中で「声優界のUUUM」と目標を定めており、ある程度事務所機能を持つことも考えていたのではないだろうか。

にじさんじが初めてオーディションを募集した際の画像(PR TIMESより

 にじさんじを運営するANYCOLOR株式会社(旧:いちから)は2022年に株式上場。2024年4月期通期決算では売上高319億9,600万円、営業利益123億6,200万円、純利益87億2,600万円を有するほどの注目企業になった。

 一方、「ホロライブ」も元々はアプリからスタートしたプロジェクトで、運営会社であるカバー株式会社がタレント事務所を設立し、2018年1月から機能し始めた。

 開設当初、しばらくはアイドル部やゲーム部といった競合他社に引け目を取る形だったが、次第に勢いを伸ばし、2020年からは海外からの人気を獲得。大きな市場の開拓に成功すると、2023年に株式上場を果たす。2024年3月期 通期には、売上高301億6,600万円、営業利益55億3,600万円、純利益41億3,700万円を有している。

 どちらも国内では最大規模のファン数を有する事務所となっており、この6年で大きく急成長を果たしたスタートアップといえる。

 双方ともにその収益の軸としているのがIPビジネス、とりわけグッズ販売を始めとする物販だろう。両社は、VTuberキャラクターのビジュアルを用いるなどしたグッズを自社プラットフォーム、アニメイトやコトブキヤといった小売店などで販売している。VTuberはSNS/ライブ配信を通して、それらグッズの告知を行っており、おそらくファンがグッズを購入することでタレント本人にもリターンが入る形になっているはずだ。

 そのため、現在のVTuberビジネスの最も大きな主力はいわゆるYouTuber的な「ライブ配信・動画による収益」ではなく、IPビジネスが最も売上をあげている。このため、事務所は「タレントを大きなステージに連れて行くこと」も重要だが「VTuberキャラクターのIP化に成功して企業を大きくすること」もミッションになっているだろう。こうしたIP中心のビジネスモデルに一部転嫁しつつあることは、VTuberから見ても変化のひとつと言えるのかもしれない。ただ、長年グッズ自体は出され続けているので「変化がない」と思うVTuberの意見もあることだろう。

 一方、先日活動終了を発表した湊あくあの場合、卒業の発表に伴ってグッズのキャンセル受付をアナウンスしたほか、彼女がプロデュースを手掛ける新作ゲーム『あくありうむ。』の開発中止を開発元のエンターグラムが発表しており、活動を終了することで具体的な損益が発生することもある。VTuber企業はIPビジネスを進めるうえで、常に活動終了というリスクを抱えていることには留意したい。

コンプライアンス意識の変化

 5年での変化というと、コンプライアンス(社会規範)の高まりが、最も業界の中で変化したポイントのひとつと言えるのではないだろうか。前提として、コンプライアンスには、「ルールベース」と「プリンシパルベース」というふたつの原則があることを解説しておこう。

 ルールベースは、法律やプラットフォームのガイドラインなどのルールに乗っ取って行動すること。プリンシパルベースは、特に何か違反しても罰則されることがないにせよ、社会的にリスクや問題があるとされる行為をしないなど、守るべき原則に伴って行動することを指す。近年では、上場企業に特に求められる内容であり、上場などを行う上での基準としてコンプライアンスの規定がされている。

 昨今VTuber業界では、先述の2社の上場も機にコンプライアンスの厳格化が進んでいる傾向にあるだろう。内部では、プリンシパルベースのルールづくりや、コンプライアンス研修を行うなどして、その対策に乗り出しているものと思われる。

 その一方で、情報漏洩や契約違反に伴う契約解除も度々みられている。ANYCOLOR株式会社のCEO・田住陸は、同社の第7回定時株主総会で「コンプライアンスやルールなどを守っていくのが難しくなった」ことを理由に(参考1参考2)活動を降りたVTuberがいた、と思わせる発言をしたこともあり、その厳しさが進みつつあることが伺える。

 ただ、ここでコンプライアンスについては警鐘を鳴らしておきたい。コンプライアンスはたしかに重要なもので、守るべきものである。しかし一方で、プリンシパルベースについては、厳格化しすぎると「自由に活動することが難しくなる」というジレンマを抱えることにも繋がりやすいことは念頭においてほしいと思う。研修用動画としてMonsterZ MATE「コンプライアンスが誰がために」を見ることを筆者はすすめておきたい。

コンプライアンスは誰が為に

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