アニメーション作家・山村浩二が監督するVR作品『耳に棲むもの』 原作・小川洋子とVRの親和性

山村浩二×石丸健二『耳に棲むもの』対談

どのように山村の作風を活かすか 背景描写も見どころに

--一般的なアニメーションと異なり、インタラクティブ性の高いVR作品は視線の誘導など、既存の技術の応用が難しそうですよね。本作で工夫したポイントがあれば教えてください。

石丸:難しさの話でいえば、小川さんのプロットをはじめて読んだとき文章があまりにも素晴らしかったので、削りたくないと思いました。削るとせっかく小川さんに原作を書いていただいたのに小川さんらしさが損なわれると。そこで山村監督と相談して、モノローグといいますか、朗読劇の形にしようと決めました。そこから書かれた本をめくるインタラクションでストーリーや映像が進む、いわば自分で物語をドライブするアイデアが生まれました。

 自分で物語をドライブさせていく感覚と、小説を読むように映像を見るという体験を実現できれば勝ちだなと直感的に思っていました。けれど、一方でそれがうまくいかなかったらどうしようとも思いながらやっていました(笑)。でも山村さんが一貫して大丈夫です、と背中を押してくださったので助かりました。

 ページめくりアイデアはこの作品の幹になるインタラクションなので、わかりやすさにも気を遣いました。例えば、どこのシーンでページをめくらせるか、めくらせないのか。めくらなければ物語が止まったままになってしまうので、シーンを白黒にしてアニメーションが止まっていることを認識させやすくしたり、ページをめくれる時にはページの端が光るなど様々な工夫を加えたり、つながりのいいシーンではページめくりを入れないなど、細かく演出ました。山村さんからも色々なアイデアをいただきました。

——山村さんの作風を実現するのに苦労されたことはありますか?

石丸:大きくは2つあります。1つは、どうやって山村さんの独特のキャラクターアニメーションスタイルを実現するか。まずは山村さんの過去の作品を現場のスタッフに見せて、こういった感じのアニメーションをCGで実現するかブリーフィングをしました。

 アメリカのスタジオにアニメーションをお願いしたのですが、最初に上がってきたのがディズニーっぽい滑らかなアニメーションで、このサンプル版は山村さんにも見せましたが、これは違うだろう、となりました。全部アニメーションをつけてからでは遅いので、一回立ち止まってどうやったら山村さんらしい動きになるかを考えました。

 結果としては、日本側にアニメーションのディレクターを新たに起用して、演技の方向性を変えることにしました。具体的にはディズニーのような滑らかなヌルっとした動きではなく、溜め詰めがあり静と動がはっきりした演技プランに変えました。それを舞台役者さんに実際に演じてもらい、なんとなく行けそうなところまで持っていき、山村さんに提案する形をとりました。

 演技収録の際に山村さんからさらに細かい演技の指導やエビのダンスを役者に踊ってもらったりして、実験的でユニークな方法になりましたが非常にわかりやすくて効果的なレファレンス映像を作ることができました。これをアメリカのスタジオに送ったことで演技の方向性が非常にクリアになり、迷いなくアニメーションを付けられるようになりました。

 もう1つはキャラクターの造形です。VRのキャラクターデザインが難しくて、その辺りを山村さんに相談して調整した記憶があります。具体的には山村さんに書いていただいた三面図通りにCGモデルを作っても、VRの中は「実在感」と「リアリティ」をより強く感じるので、縮尺的に顔が想像をはるかに超えて大きく見えたりするんですね。そこが許容できる範囲で、かつ山村さんの作風をキープできるラインを見つけるのにはずいぶん苦労しました。

 他にもキャラクターをアシンメトリー(非対称)に作ってみたりしたんです。山村さんのアニメーションはそういうデザインが多いので山村さんらしさが出るかなと想定したのですが、実際にVRで見てみると違和感が勝ってしまい「シンメトリー(対称)の方がいいんじゃないかな」という話しになり、全体的にはシンメトリーにして、目や顔の輪郭以外の細かなところで歪みを入れるようにしました。

山村:なるべく食い違いが起こらないように人形を作りましたが、実際に3DモデルとしてVRに持ってきて他のキャラクターと並べたりすると、かなり印象が違いましたね。身長の差も含めてバランスを調整しないと違和感が出てくるというのがあって、試行錯誤していく必要性を実感しました。

 それから、僕のアニメーションの線や質感がガサついていて、揺れている感じを、3D側で工夫していただいて効果的になったように思います。質感はプログラマーの方々が苦労された部分だと思うんですが、僕もゲームエンジンを理解するのに時間がかかりました。3D映画を作るイメージで演出していたので、何でもできるんじゃないかと思ったんですが、読み込んだ時の容量制限があることなど、VRならではの制約がだんだん分かってきたので、半分は妥協しつつ、反面それを活かせる方法でお願いしていく形にして。そうした中で正解を見つけていった感じでしたね。

石丸:こうしたトライ&エラーを繰り返しながら制作を進めるうえで、山村さんにすごく感謝している部分があります。それは、山村さんがスゴく筆が速かったのでCG背景用の素材をかなりたくさん描いていただたことです。

 例えばシーンごとに映像をチェックしている時、後ろや横の景色に情報量が足りなくてスカスカしているなと感じることが多々ありました。そうすると、そんなときに進んで背景を書いてくださり、見違えるほどリッチな背景にすることができました。本棚に並ぶ本なども、年を経るごとに変わっていくのを1つ1つ描いて頂きました。

 細かなところですが、意外と気づいてくれる人は多くて。「本棚の本のレパートリーに萌えた」なんてコメントも頂きました。少年の成長を少年部屋360度全体の変化で表現したのですが、山村さんの細部へのこだわりがあってこそ実現できたと思っています。

山村:本棚の本はドローイングに時間が一番かかったかもしれないです。スゴく楽しかったですけどね(笑)。一応、設定としては1970年代後半をイメージして入れ込んだつもりです。最初は国も年代も決まっていなかったのですが、プロットを読んだ印象と、小川さんのどこか無国籍なイメージもあって、寂しい感じから連想してポーランドのクラクフという古い街のイメージを表現しました。そのうえで、戦争の爪痕みたいなイメージもプロットの中にはありましたので、そこを踏まえたうえで、だんだん日本に寄せていく方向にしました。

〈後編へ続く〉

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