爽やかで心温まる日常ミステリー 『リルヤとナツカの純白な嘘』に感じた“総合芸術”としてのビジュアルノベル
『リルヤとナツカの純白な嘘』は、7月25日に発売されたフロントウイングとブシロードゲームズが手がけたビジュアルノベルで、PC(Steam) / DMM GAMESなどで発売中だ。シナリオを手がけているのは、『euphoria』『夏ノ鎖』『Erewhon』などで高い評価を受けている浅生詠氏である。発売前から「ハードコア」な作風が多かった氏の全年齢ゲームとはいったいどんなものかという驚きや、そして切符氏が担当したあたたかでやわらかいキャラクターなどで、発売前から話題を呼んでいた作品だ。筆者も浅生氏のファンであることから本作に注目を寄せていたが、結果としてその期待は大きな感動とともに叶えられることになった。
本記事ではストーリーの核心には迫らないものの、少なからず物語の展開に触れているため、なにも情報を入れずにプレイしたい人は注意して欲しい。
盲目の天才画家と助手が織りなす、心を揺さぶりながらも爽やかで読後感が良いシナリオ
まずは本作の物語について説明しよう。本作は盲目の天才画家「リルヤ」と、リルヤの目と足となって手助けをする快活な助手「夏夏(なつか/以下、ナツカ)」が、依頼された絵画を描くために依頼者に秘められた謎を解き明かすミステリー作品だ。ただ殺人など人の生き死にが関わる事件を解き明かすのではなく、日常生活に潜む人間心理や謎を解く“日常の謎”と呼ばれるジャンルを扱っており、リルヤとナツカが絵画を完成させるために必要な情報や想いを調べていく構成である。
選択肢が存在しない章仕立てのストーリーで、各章ごとに請け負った絵の依頼を完遂するため、盲目であるリルヤの代わりに助手のナツカが依頼者とともに各地を巡り、気づいたことをリルヤに伝えていくといういわゆる“安楽椅子探偵”スタイルだ。依頼には結婚を間近に控えた女性が新居に飾るために思い出の場所を描いてほしいというものだったり、亡くなったはずの人物からオスカー・ワイルドが執筆した「ナイチンゲールと薔薇」の一節を添えた意味深なメールが届いたり、いったいどのような展開が繰り広げられるかとプレイヤーの興味を引く物語になっている。そして依頼を通して依頼人の望みを見つけ、それをもとにリルヤが絵画を描いて全員が満足しておしまい!……にはならない。
「あなたが望んでいるものを描いてくれる」「見た人の世界を変えてしまう」と言われるリルヤの絵画が放つあまりにも強い輝きは、望もうが望むまいが依頼人や関係者たちが隠していた謎、忘れていた記憶さえも照らし上げ影を落としてしまう。それに伴う痛みや悲しみにどう向き合うかは、浅生氏が得意とする繊細な心情描写がいかんなく発揮されている部分である。また全年齢のゲームになったからといって、シナリオが“ヌルく”なっていることはなく過去作同様プレイヤーの心を揺さぶる展開が待っているが、公式スタッフインタビューで「ハッピーエンドをすごく意識した」と描かれているとおり、爽やかで読後感の良い物語が全体に横たわっている。
地の文がほぼなくセリフ中心のストーリー描写が特徴
本作はビジュアルノベルには珍しく「地の文」がほとんどない。そうなると当然、従来であれば地の文で描かれるような説明描写もセリフで書かなければならないが、本作はナツカが目の見えないリルヤに説明するという一連の流れで、自然にストーリーへ溶け込ませている。リルヤは北欧の王国の王女という力を持つ立場であり、依頼者の情報は自らの情報網で手に入れられるが、それだけでは絵を描くのに不十分で、リルヤが「光」と呼ぶインスピレーションはナツカが語る世界の瑞々しさ・美しさから創出されるため、リルヤにナツカがセリフを通して「語る」こと自体が、物語の軸として設定されており、2人の交流やキャラクターのパーソナリティーの描写に直結しているのが白眉である。なおほとんどセリフで構成されたストーリーということで、オートモードでプレイするとアニメやナツカが作中で配信していたWEBラジオのように味わえるのも本作の特徴のひとつである。
そして本作を語るうえでもうひとつ欠かせないのが、グラフィックやBGMといったシナリオを彩る要素である。切符氏が手がけたキャラクターは世界観やストーリーとマッチしており、リルヤの冷たさを感じさせながらも茶目っ気があったり、ナツカの明るく人当たりがよくやわらかだったりする人物像を大きな説得力とともに描き、プレイヤーを納得させてくれるだろう。また、背景が油絵調で描かれており、思わずため息が出るほどの美しさを感じさせる。絵画をテーマとした本作に深い没入感を与えており、総合芸術としてのビジュアルノベルの力強さをあらためて感じた。
運命の「比翼」リルヤとナツカの関係性に注目
『リルヤとナツカの純白な嘘』はガールズラブが描かれるいわゆる“百合ゲー”であり、公式サイトを見れば分かるように登場人物は女性しか存在しない。作中でもメインキャラクターたちに男性の影すら感じさせない徹底ぶりである。また、本作のようなミステリー作品では、依頼中の出来事を通して探偵と助手が徐々に仲を深めていくのが定石だと考えていたが、リルヤとナツカは出会ったばかりらしいと言うのに、距離感が近く隙あらばお互いに対する信頼をささやくなど序盤から関係値がマックスだ。なぜそこまで2人は惹かれ合っているのかという疑問が物語のフックになっていると同時に、百合好きの筆者としては可愛い女の子同士がイチャイチャしているのはうれしいものがある。
浅生氏は自身のXで、「自分がこれまで書いてきたものは『失われてはじめてはじまる人生を、生きるまで生きていく』が通低してる」と語られている。その言葉通り、本作におけるリルヤとナツカも、過去の経験で欠落や喪失を抱えた人間である。それゆえに運命とも言える出会いを果たし、その欠落こそがパズルのピースのように組み合わさり、相手の心の欠落を埋めている分かちがたい関係性になっている。しかし、リルヤとナツカは依存し合っているわけではなく、それぞれ独立した人間なのだ。作中では恋人同士の関係性のたとえとして、ひとつの翼とひとつの眼しか持たないつがいの鳥「比翼」が持ち出されていたが、リルヤとナツカはただの「比翼」ではない。それぞれ寄り添い合いながらもお互いを尊重してより高く飛ぶための翼を持っている。
最後に本作は、くり返し「世界を自分の視点で切り取る」ことについて語っている。それに関してはテーマに据えられた絵画が、世界を自らのフィルターを通してキャンバスへ写し取るという行為であると同時に、絵画以外の創作物も作者が自らの視点で世界から切り出した断片であると言えるだろう。たとえばゲーム好きであれば自分が見ている世界よりも、ゲームを通して「語られた」世界のほうに深く感動を覚えたり魅力を感じたりといった、リルヤと同じ「光」をゲームプレイ中に実感した経験がある人も多いはずだ。このレビューも言わば、『リルヤとナツカの純白な嘘』を筆者というフィルターを通してどう感じたかを執筆した「語り」である。そのため、このレビューが読者の光=きっかけとなってプレイにつながってほしいという祈りとともに、本作に対して読者が感じた世界も聞いてみたい。そう思わせてくれるタイトルだった。
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