知られざる宇宙強国・スイスの技術と日本との繋がり、そして未来への展望

知られざる宇宙強国・スイス

宇宙開発に興味を持つ子どもたちを育てるために

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スイスの宇宙開発における実績を語るヴァレリー・コラー氏

 ヴァレリー・コラー氏は、「子どもたちに宇宙に興味を持たせる取り組みは連邦政府の管轄ではなく州や学校を管理している地域社会の仕事」と前置きした上で、教育現場などでの取り組みを紹介した。

 例えば、 ESAは教師に対する教育プログラムを提供している。教師を教育するのは、スイスがESAの参加国であり、子どもたちが成長したときに実際に宇宙分野で働くチャンスがあると改めて認識させる必要があるからだ。

 スイスは多言語国家であり、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語を話す。ESAの資料はこれらの言語でも書かれているため、研究熱心な教師には、それら言語で書かれた資料も提供している。

 授業計画に組み込んではいないものの、STEM教育にも力を入れており、子どもたちにソフトドリンクの缶ほどの人工衛星を作らせる実験などを行なったり、スイスが貢献している宇宙開発の話を聞かせたりしているそうだ。

また、子どもたちの宇宙に対する知的好奇心を刺激する施設もある。

 ベルン郊外のガントリッシュ自然公園内にある「Space Eye(スペース・アイ)」は、スイス最大級の望遠鏡や8Kのプラネタリウムを持つ複合施設で、辺鄙(へんぴ)な場所にありながらも、2023年のオープン当時から来場客が絶えないという。

 展示センターの目玉は、なんといっても欧州補給機(Automated Transfer Vehible 以下ATV)だろう。本来ならば処分されるはずだったものを、近隣の納屋に善意で3年間保管してもらい、施設完成間際に設置したそうだ。

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ATVは触り放題。その大きさと各パーツの繊細さには圧倒された

 この他にも、OMEGAと大きく印刷された背景をバックに立っているニール・アームストロング飛行士の人形や、NASAのマーキュリー・セブンが訓練時にパラシュートで自作した服も展示されていた。

 全体的に説明的というよりも直感的でインタラクティブを重視した展示が多く、普段なら滅多に見られないものにも触れるとあって、宇宙を身近に感じやすくなっていると感じた。

宇宙をデザインに取り入れたアイテムで心理的ハードルを下げる

 教育面でのアプローチの他に、宇宙開発をデザインに取り入れたアイテムを使ってもらいつつ親近感を養う方法もとっているようだ。

 例えば、スイスの時計産業を救ったと言われるSwatchは、2022年にOMEGAとコラボレーションして「Moonswatch」コレクションと呼ばれる11種類のミッションをイメージした時計を発売した。1969年の月面着陸時にニール・アームストロング飛行士が装着していたことでも知られるスピードマスターが安価に手に入るとあって、同コレクションは世界中のSwatch店舗で発売初日に完売するほどの大ヒットを記録した。今もSwatchの主力商品であり、新たなデザインが発売される日は直営店の前に長蛇の列ができるという。

筆者(中央)も思わず購入してしまった「Moonswatch」のサターン

 また、SwatchはESAとも提携しており、6種類の宇宙の景色から好きな部分を切り抜いて自分だけのカスタマイズ宇宙背景時計を作るサービスも展開している。

 敬遠されがちなジャンルにデザインを取り入れて心理的ハードルを下げるのは、芸術や文化が豊かなスイスが得意とする分野だ。

 例えば、バーゼル市に本拠を置くヘルスケアカンパニーNOVARTISは、世界各国の著名な建築家に建築を依頼し、巨大な芸術展示会場のようなものを作り上げた。そのキャンパスを一般にも開放することで、親しみを感じてもらうだけでなく、世界に向けてアピールして世界中から優秀な人材を集めようとしているのだ。

 スイスが力を入れている量子コンピューターも然り。市民にそのコンセプトを理解してもらうために、アートを掛け合わせる取り組みが行われている。

 興味・関心が低かったとしても、デザインが優れていたり、コンセプトが面白かったりすれば身につけたくなるし、愛着や親しみが興味へと変換される可能性は多分にあるだろう。事実、今回出会った宇宙事業に取り組む多くの人々が「子どもの頃から宇宙を身近に感じていた」と語っており、自身の経験を振り返って「子どもたちにも宇宙を近くに感じてもらえるようにしたい」と話していた。

 それは単純でありながら真理だと感じる。そして、ボトムアップな宇宙開発を推進し、芸術にも造詣が深いスイスにとって有利に働く気がする。

 今年4月、スイスはNASAが主導する月探査計画「Artemis(アルテミス)」に参加すると発表。再び人類を月面に立たせるプロジェクトが、スイスの宇宙開発にどんな影響を与えるのかとても楽しみだ。

 「今年4月、スイスはNASAが主導する月探査計画「Artemis(アルテミス)」に参加すると発表。再び人類を月面に立たせるプロジェクトが、スイスの宇宙開発にどんな影響を与えるのかとても楽しみだ」。

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