イノベーション大国・スイスに見る産学共通の創生プロジェクト(スイス現地レポート第3回)
過去2回にわたるスイスメディアツアーのレポートでは、テクノロジーの最高峰である量子コンピューターを取り巻く環境や人々の野心的な挑戦についてお伝えした。最終回となるこの記事では、その側面にもフォーカスしたい。
というのも、スイスはいままでにない新しい価値観を作ることが得意なのだ。飲料だったチョコレートに、コンデンスミルクを混ぜてミルクチョコレートバーを作ったのも、携帯に便利なマルチツールの「アーミーナイフ」を作ったのもスイスだ。
そしてここまで有名なものは少ないにしても、毎年、平均して300ほどのスタートアップがローンチしているし、国民一人当たりの特許出願件数は世界1位。また、世界知的所有権機構(WIPO)のグローバル・イノベーション・インデックスによるグローバル・イノベーション指数で13年連続1位を取得している。
そんなイノベーション大国ではいま、なにが起こっているのだろうか。筆者が目にした注目のスタートアップ企業によるロボットやテクノロジーを紹介する。
同僚としてのロボット
『ドラえもん』や『鉄腕アトム』『ガンダム』『エヴァンゲリオン』といった作品に常日頃から触れている日本人にとって、ロボットとの共生は慣れ親しんだコンセプトだろう。だが、未だに相棒や同僚と呼べるロボットは出てきていなさそうだ。こう書くと「工場でロボットと一緒に働いている」といった声も出てくるかもしれないが、そのロボットが導入されたことで人員が削減されてはいないだろうか。もし誰かの仕事が奪われてしまっていたら「共に」とは言い難いかもしれない。
スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)のスピンオフスタートアップ企業ANYboticsの自律歩行巡回点検4足歩行ロボット「ANYmal」は、労働力不足を補うために働く「同僚」だ。
主な仕事は点検で、設備の測定値を定期的に点検し、異常があれば報告する。
操作にはタブレットを使う。筆者も触らせてもらったが、とても直感的で、FPSのゲームが得意な人であればすぐに使いこなせてしまうだろうと感じた。バッテリー時間は90分。点検が終わると充電用のドッキングステーションに向かう。
ANYboticsのバイスプレジデント ストラテジックアライアンス&パートナーシップのサッチン・バンサル氏は「ロボットは人間の仕事を奪ってはいけない」と言う。その言葉通り、ANYmalは人間を危険から守ってくれて、人手不足から起こりうるミスを防いでくれる頼もしい同僚だ。2024年には防爆仕様のロボットもローンチされる予定。
危険地帯での更なる活躍が期待される一方で、武器化の可能性が頭をよぎる。だが、バンサル氏は「絶対に軍事活用しない」と断言。「我が社のロボットが武器を持つことはない。それをとても誇りに思っている」と胸を張った。
ANYboticsは日本バイナリーと再販提携しているため、ANYmalは日本でも購入可能。ロボットと協力しながら働く時代がやってきた。
海底に眠る弾薬を回収する水中ドローン
ETHZ発のスタートアップ企業Tethys Roboticsが開発したのは、水中ドローン。約40キロとコンパクトサイズで荒い波でも自律航行し、30メートルほどの深さまで対応できる。
アコースティックセンサーと特別に開発したアルゴリズムが、視界の悪い水中での操作を可能にした。
水中ドローンというコンセプト自体は新しいわけではないが、それらは主に石油やガス産業で使われており、作業のために大きな設備を必要とするためCO2の排出量も懸念されている。Tethys Roboticsの水中ドローンは小型化することでコスト低減とCO2削減を可能にした。
開発の目的は、第一次世界大戦と第二次世界大戦で北海とバルト海に投棄された約160万トンもの弾薬の探知と回収、そして人探しだ。今はスイス軍のダイバーや警察がおこなっているが、危険が伴うため水中ドローン使用を提案している。
また、水中における人の捜索は、訓練されたプロのダイバーのみ行えるが数は少ない。それにプロのダイバーだとしても40メートルより下に潜るのは制限されている。
Tethys RoboticsのCEOであるジョナス・ワスト氏によると、「スイスの警察にはすでに水中ドローンの性能をデモンストレーション済み」で「水中の人形を発見してみせた」と話す。2024年には10個ほどのプロトタイプを作り、実際にテストしていく予定だ。
バイカーの安全性を高めるARヘルメット
ARを使ったヘルメットでバイカーの安全性を高めようとしているのが、ETHZ発のスタートアップ企業Aegis Riderだ。
同社の創設者であるデアルサイモン・ヘッカー氏は「バイカーは小さなダッシュボードに表示される情報を見ながら運転するが、道路から目を離すと危険」と言う。また、昨今はスマートフォンでマップアプリを使う人も多いため、リスクは高まり傾向にあると付け加える。
Aegis Riderのヘルメットは、目の前に速度やマップルートが表示されるから常に視線は道路に向けられるのだ。
デモ動画を見れば分かる通り、顔を動かしても表示されている情報は固定されている。両目に投影されるから奥行きも把握できるし、見え方も鮮明だ。
筆者が試しにかぶったプロトタイプは、ARを表示させるための特殊なメガネをヘルメット本体にケーブルで繋ぐ必要があった。しかし将来的にはメガネをつけた人でもヘルメットを被れるように工夫する予定だという。
価格は1500〜2000フラン(約25〜35万円)になる見込み。カーボン製ヘルメット、ナビゲーションシステム、ARヘッドアップディスプレイなど、必要なものが全て含まれた上での数字である。
ちなみに、スイス国内における一般的なカーボン製ヘルメットの相場は600〜800フラン(約10〜14万円)なので、Aegis Riderのものは倍近くするわけだが、このプレゼンテーションを聞いていたスイス人は「2000フランで安全が買えるのなら安い」と言っていた。
2024年には手始めに200個ほど販売する予定。少ない数字から始めるのは、スタートアップ企業であるということの他に、丁寧なカスタマーサポートを心がけたいからという理由があるそうだ。
「販売個数を増やすと外部のカスタマーサービスを頼らざるを得なくなります。最初はいくつもの調整が発生すると想定されるのでまずは小規模に始めたいのです」レギュレーションの関係上、まずは欧州での販売になるが、いずれはグローバル展開も考えている。