奇跡を信じ、求めることは罪なのか――悪魔が宿りし修道女の、不埒で一途な旅を描くインディーゲーム『INDIKA』レビュー

悪魔が宿りし修道女の、不埒で一途な旅を描く『INDIKA』レビュー

 かつてモスクワに拠点を置き、現在はカザフスタンで開発を行っているインディー・ゲーム・ディベロッパーOdd Meterが送り出した作品『INDIKA』が、大きな話題を呼んでいる。

 本作は19世紀ロシアを舞台に、悪魔の声を聴く修道女と、片腕を失くした兵士が奇妙な旅をするという作品である。厳格な修道院生活に身を置きながら、誰一人味方がいない彼女は、自らの信仰の揺らぎを感じながら、大雪の積もるロシアと超現実的空間を行き来する……。

 4時間ほどで終わるタイトなボリュームのなかに、短編文芸を思わせる良くできたシナリオ、バラエティ豊かでユニークなミニゲーム、鮮やかだが陰鬱な厳冬のロシアを表現した美麗なグラフィックと、どの点を切り取っても評価できる作品だった。それぞれの点について細かくチェックしていこう。

「善く生きるとは、はたしてどういうことだろう」悪魔と兵士とともに歩む修道女インディカの旅路

 本作はインディカという修道女を操り、信仰の旅に挑むアドベンチャーゲームだ。武器やスキルは持たず、他の修道女たちからも邪険に扱われている彼女は、ある日手紙の配達を言い渡され、半ば追い出されるようにして修道院から出ていくこととなる。

 インディカはただの修道女ではなく、常日頃から悪魔の幻聴を聴いており、それは彼女の信仰を試すような物言いばかりする。姦淫への誘惑や、厳粛な生活への懐疑といった具合だ。インディカは必死で祈りを重ね、現実は悪魔の囁きよりも清らかで確かなものであると抗弁するが、ロシアの冬は厳しく、そこに住まう者たちはインディカの望むようには動いてくれない。

 インディカと悪魔の旅路に加わるのは、片腕を失った兵士イリヤだ。とある奇跡を求めるために脱獄まで犯した彼を見かねたインディカは、彼の目的に付き合うことを決める。イリヤが求める物こそが、自分の人生を定義するとも知らずに……。

 『INDIKA』は信仰をテーマにした作品であり、神とどう向き合うか、罪はいかにして許されるのかといった深刻な問題を扱っているが、決して難解な作品ではない(特定の宗教団体を賛美していたり、予備知識がなければ何ひとつわからなかったりするわけでもない)。

 自らの不遇さを嘆きながらも神への献身こそが自分を救ってくれると信じている女と、何もかもを利用しても目的を為そうとする男の出会いから始まるロードムービー的なゲームだと思えばいい。

 それでいながら徹底してシニカルであり、ブラックユーモアにあふれた作品で、悪魔は常にインディカを通して我々プレイヤーに人間の在り方を問い続けてくる。我々が持つこだわりや、物事の判断基準や、罪の意識についていちいちおちょくってくるのだ。それがまたどれも一理あるように聞こえるので、まさしく邪悪なる者の甘言に釣られる信徒の気分を味わえる。

 旅のなかで、主人公はいくつもの決断をし、ある事実について確認することとなる。それは彼女の人生に取り返しのつかない変化を与えるが、それがどういう意味を持つのかは、プレイヤーの解釈に委ねられている(もちろん、何もかもがわからないオープンエンドというわけではなく、オチは付くので安心してほしい)。

 そしてこの4時間弱の旅を終えた暁には、それこそ聖書の解釈を語り合うように、なるべく多くのプレイヤーと意見を交換してみてほしい。あるいは、インディカとイリヤの行いを鼻で笑うことも、それはそれでひとつの自由だ。

フォトリアルな現実世界と、ピクセルアートの回想シーンを行き来する不思議なゲーム体験

 本作の遊びは基本的に3Dパズルだが、メインのゲーム体験はあくまでシナリオを楽しむものであり、パズル部分はさして難しいものではない。悪魔が引き裂いた空間を祈りでくっつけて通り道を作ったり、クレーンを操作して邪魔なブロックを退かしたりというくらいで、ちょっと考えればわかるような仕掛けばかりだ。濃密なパズルを期待すると肩透かしを食らうだろう。

 しかしながら、それらのパズル自体が超現実的なアートになっており、プレイヤーの目を楽しませてくれる。遠近感の崩れた巨大すぎるアーチをクレーンで掴んで無理矢理積んで道にしたり、明らかに人間が食べられるサイズを超えた魚の缶詰を作る工場に忍び込んだりと、ゲームならではの外連味に溢れている。いわゆるデペイズマンという手法が近いだろうか。

※デペイズマン……20世紀にフランスで興った芸術活動「シュルレアリスム」における手法のひとつ。あるモチーフを日常とは異なる空間に配置することで、受け手に思いがけない違和感を与える狙いがある。

 フォトリアルなグラフィックから一転……インディカの回想シーンが挟まる際には、スーパーファミコンのようなピクセルアートのスタイルに切り替わる。

 こちらもまた目には楽しく、美しく描き込まれてはいたが、場転とともにドット絵に切り替わること自体は、ビデオゲームにおいて特筆すべき表現でもなく、かつ具体的な理由づけもない為、上記の現実パートの表現に比べるとあくまで「味が変わった」という印象しか受けなかった。大きな問題ではないが、何かしらの納得感があるとさらに良かったと思う。

 『INDIKA』は信仰という難しいテーマを扱いながら、多くのプレイヤーにそのテーマが持つ魅力を充分に伝え、なおかつビデオゲーム的な愉快な遊びをも両立させた稀有な作品だ。

 繰り返しになるが、決して難解でも高尚でもないので、安心してこの極上のブラックユーモアの世界に飛び込んでみてほしい。あなたのなかの悪魔が、くつくつとほくそ笑むことになるだろう。

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