イノベーション大国・スイスに見る産学共通の創生プロジェクト(スイス現地レポート第3回)

スイス、産学共通の創生プロジェクトとは

水管理のデジタル化でユーザーの意識改善を目指す

 ヴォー州に拠点を構えるEPFL発のスタートアップ企業Droopleは、AIを利用した「Water Intelligence Platform」という水管理のIoTソリューションを提供する。

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 「Water Intelligence Platform」を設置することで、水の消費量や品質、機器のパフォーマンスなどが可視化される。これにより、利用者の節水意識が高まるだけでなく、数字に基づいたメンテナンスや清掃のスケジュールを立てられるようになり、運用コストやCO2排出量の削減にもつながる。

 それだけでなく、水が停滞すると配管システムの中でレジオネラ菌が増殖しやすくなるが、「Water Intelligence Platform」を導入していれば、停滞を検出して対応できる。そのほか、漏水の検出や、お湯を使う頻度を把握し給湯のボイラーの管理にも役立つ。

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 それにしても、なぜ水の使用料を数値化してまで管理しようとするのだろう。それは、CEOのラムジ・ブゼルダ氏の経験に起因する。同氏は北アフリカに位置するアルジェリアに生まれた。水は極めて貴重な資源であり、毎日タンクに入れて運ばなければならなかったそうだ。建物の11階に住んでいたブゼルダ氏は、母親と祖母から節水の大切さを日々教えられてきた。

 一家がスイスにやってきたのはブゼルダ氏が6歳のとき。蛇口から水が流れる様子を見て「自分の未来は明るいと感じた」と言う。だが何十年も経つとその感覚も薄れるのだろう。我が子のために哺乳瓶でミルクを作ろうと水を注ぐも、規定の量を超えてしまったためにシンクに流し、流しすぎたために新たに水を追加したそうだ。深夜で疲れていたからとはいえ、水を無駄にしてしまったことに罪悪感を覚え、なぜ水の量を調節するのが難しいのだろうと疑問が湧いた。その気持ちが「Water Intelligence Platform」の開発に繋がったと言う。

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取り付けの難易度は高くないと感じられた

 ブゼルダ氏の節水に対する熱意は人々を動かし、今では食品産業の大手や製薬グループ、半導体メーカー、水処理システムを供給する会社などで「Water Intelligence Platform」が導入されているという。日本でも15社ほど、そのひとつがクリタだ。

 今後、日本での更なる展開を目指すが、そこには言語や時差、文化の違いといった障壁があるという。「日本の大企業の中のことを理解するのは難しい。現地法人を持つのが好ましいだろう」とブゼルダ氏は話した。

産学連携が盛んなスイス。大学がイノベーションの中心に

 これら4つのテクノロジーは全て大学発のスタートアップ企業という共通点がある。スイスは産学連携が盛んで、特にETHZとローザンヌのEPFLはその中心だ。ETHZは「パイオニアフェローシップ・プログラム」や「ieLabs」という研究者や若手起業家を支援する助成プログラムがあり、EPFLも発明を事業化する学生や教授に対して1年分の給与を支払う「Innogrants」というプログラムを用意している。

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ETHZのホールでは学生たちがゆったりと過ごしていた

 また、連邦政府や州による支援があったり、投資家と出会うためのプラットフォームが用意されていたり、産学連携の研究開発拠点として国内に5箇所のイノベーション・パークを設立している。支援の対象産業や領域は指定されていないため、SDGsへのアプローチを目的としたアイデアや、最先端の量子コンピューターに関連するアイデアなどが次から次へと生まれているようだ。

 ここまで学生や若手実業家をサポートするのも、人々の頭脳が財産と考え、教育こそが国への投資だと捉えているからに他ならない。そして、このアプローチは世界的な評価へと繋がり、国内外から優秀な人を呼び寄せる一助となっている。

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EPFLを象徴するロレックス・ラーニングセンターでは勉強やミーティングに勤しむ学生たちが見られた

 いま、日本は少子高齢化や労働人口の減少、地方の過疎化といった社会課題に直面している。そして、大学の閉鎖も問題のひとつだ。

 ならば、スイスのように産学連携して、社会課題のミッションにアプローチするスタートアップを応援する強固なシステムを作ってみてはいかがだろうか。難しいことも多々ありそうだが、スイスのシステムをより深く学ぶことでヒントを見つけられるような気がする。

 スイスメディアレポートはこの回をもって完結となるが、筆者のスイスへの興味はこれからも続きそうだ。

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