“原点回帰”の『プリンス オブ ペルシャ 失われた王冠』 2Dならではのゲーム音楽制作とは?

2Dならではのゲーム音楽制作とは?

 「プリンス・オブ・ペルシャ」のシリーズ最新作『プリンス オブ ペルシャ 失われた王冠』が、1月18日にリリースとなった。2010年にリリースされた『プリンス・オブ・ペルシャ 忘却の砂』以来、同シリーズ13年ぶりの完全新作だ。

 本作は横スクロールアクションだった初代『プリンス・オブ・ペルシャ』(1989年)、『プリンス・オブ・ペルシャ2』(1993年)を踏襲した2.5Dアクションであり、原点回帰の側面もある。初代作品には主人公がさまざまなトラップに対しパズルを解くようにしてステージをクリアしてゆく要素があったが、今作でもそれは引き継がれている。

 そしてなにより、2Dアクションの操作性や爽快感が格段に進化しており、30年分のハードの革新やゲームクリエイターの歩みを感じられる。コンボの連携やパリィからのカウンター攻撃など、昨今のアクションゲームに必要な要素を横スクロールで実現し、さらには必殺技にも派手な演出が施されている。

 なお、本作の音楽にはイラン出身(現在の拠点はドイツ・ベルリン)の気鋭シンガーソングライター・Mentrixもコンポーザーとして参加している。本作のサウンドチームは「彼女はクラシックや宗教的なイラン音楽の影響を受けて育ったんだけど、10代の頃はそれらとどう自分のアイデンティティを接続するのかに苦労したそうなんだ」と明かし、「でもいまでは、その葛藤は彼女の作家性につながっている」と証言。「本作のサウンドトラックには彼女のアイデアでタールをはじめとするイランの民族楽器が使われているんだけど、そういう部分に持ち味が発揮されているよ。彼女自身も、このプロジェクトに対していつもの活動とはまた違う魅力を感じてくれているようだった」と、Mentrixの貢献について言及している。

 今回のインタビューでは、『プリンス オブ ペルシャ 失われた王冠』のサウンドトラックを担当したガレス・コーカー氏にオーディオ面で話を聞いた。

『プリンス オブ ペルシャ 失われた王冠』 - ゲームプレイトレーラー

2Dアクションへの“原点回帰”が音楽制作に与えた影響

ガレス・コーカー氏
ガレス・コーカー氏

――今作は『プリンス・オブ・ペルシャ2』以来30年ぶりの横スクロールアクション作品です。精神的な後継作と言われる『アサシンクリード』シリーズも含めて、しばらく3Dのゲームが続いていましたが、今回の原点回帰は音楽制作にも影響があるのでしょうか?

ガレス・コーカー(以下、コーカー):大いにあったと思う。僕が『プリンス オブ ペルシャ 失われた王冠』の制作に参加したとき、チームはそもそもゲームのトレンドや未来から離れたがっていたんだ。だから僕たちは、今作のサウンドトラックに自分たちのスタイルやクオリティを持ち込もうとしただけでなく、過去の作品にもリファレンスを求めたんだ。当時はまだ5歳だったけど、僕自身も89年の初代『プリンス・オブ・ペルシャ』をプレイした経験があるからね。もちろん、その後の「時間の砂」シリーズ(『プリンス・オブ・ペルシャ 時間の砂』、『プリンス・オブ・ペルシャ ケンシノココロ』、『プリンス・オブ・ペルシャ 二つの魂』)も遊んだよ。だから、ユーザーがこのシリーズに対して求めているものは分かっていたんだ。

――スムーズに制作に入れたということですね。

コーカー:そうだね。音楽の内容に加えて、僕には横スクロールのゲームに関しても知見があったんだ。僕が以前サウンドトラックの制作を担当した『オリとくらやみの森』、『オリとウィスプの意志』もメトロイドヴァニア(探索型2Dアクション)作品だったし、そこでの経験は大いに活きたと思う。今作の場合、それらの知見は特にシネマティックな要素とボス戦におけるBGMに応用されているよ。

――サウンドトラックをひと通り拝聴しましたが、原点回帰でありながらフレッシュな印象も受けました。仰るようにゲーム音楽のトレンドにあるようなテクノやLo-Fiヒップホップは見受けられず、『プリンス・オブ・ペルシャ』の世界観から大きく逸脱したニュアンスはありません。でも、新しい。

コーカー:そう思ってもらえたなら僕らの仕事は上手く行ってるよ!(笑)。本作の音楽はロックやヒップホップではもちろんなく、ペルシア音楽が基調になっている。しかし同時に、さまざまなスタイルの音楽を少しずつ取り入れて、独自のサウンドを作りたかったんだ。個人的には、最も素晴らしいゲーム音楽というのは、聴いてすぐにその作品だと分かるサウンドトラックだと思っている。たとえばファンタジー世界を舞台にしたゲームの多くでは、同じようなスタイルの音楽が使われている。同じジャンルの別のゲームのサウンドトラックと入れ替えたとしても、恐らくプレイヤーはそれに気付かないだろう。『プリンス オブ ペルシャ 失われた王冠』では、そういった代替可能な音楽を作りたくなかった。確かに30年前のオリジナルに近いけど、現代的な方法で制作されている。新しいゲームプレイ、新しいアニメーション、新しいアート、新しい音楽、すべてが新しくなければならないんだ。だから、そう言ってもらえるのは本当にうれしい。

End Credits | Prince of Persia : The Lost Crown (Original Game Soundtrack) | Mentrix

――アクションの話に戻るのですが、2Dと3Dにおいて音楽制作に違いはあるのでしょうか? ゲーム体験から考えると、相当異なるのではと感じております。インタビューの前に『アサシン クリード ミラージュ』もプレイしてきたのですが、音楽体験としても別物でした。

コーカー:全然違うよ!(笑)。この質問、実はずっと誰かにしてほしかった。『プリンス オブ ペルシャ 失われた王冠』と比較した場合、「アサシンクリード」シリーズのビジュアルスタイルはよりリアリズムを追求していると思う。しかし本作ではそれを求めていない。2Dのアニメーションでは、すべてを誇張できるんだ。アート、ストーリー、ゲームプレイ、そして音楽……。一方3Dのゲームでは、見るべきものや体験すべきことがたくさんあり、ユーザーはゲームプレイやストーリーについて考えなければならない。その状況で音楽の主張が激しいと、脳にとって刺激が強すぎる可能性があるんだ。その点、2Dでは画面上のひとつのオブジェクト、つまりキャラクターにのみ集中できる。だから、音楽が少しアクティブなだけでユーザーをゲームの世界に引き込むことができるんだ。ゲーム音楽の歴史を振り返っても、2D作品におけるサウンドトラックはオーディオミックスに白眉があると思う。

――確かに『アサシン クリード ミラージュ』の場合、必要なときにのみ音楽が主張してくるイメージがありますね。

コーカー:もちろん、ミラージュの音楽は素晴らしいんだよ。しかし2Dと3Dの音楽制作は根本から違うんだ。で、僕にとって音楽とゲームとの関係で最も重要なのは、ビジュアルとアニメーションのスタイルなんだ。それこそが、このゲームにこれほど多様なサウンドトラックを持たせることができる理由だよ。このゲームが『アサシン クリード ミラージュ』のようにフォトリアリスティックだったら、こんな音楽は作れなかったろうな。

――『プリンス・オブ・ペルシャ』は過去に実写映画化もされましたが、ここまでのお話を振り返ると、今回の「原点回帰」は2D表現の再定義や再発見でもあるように感じます。

コーカー:むしろ実写にできないことにチャレンジしたと言えるかもしれない。実際、僕が物語とゲームとのつながりを理解し始めたとき、「これはフォトリアリスティックな世界で語れるストーリーではない」と思ったぐらいさ。特にラスボス戦に関しては、あまりネタバレはしたくないんだけれども、いまの話を踏まえると「なるほど」と思ってもらえるんじゃないかな。過去の2Dゲーム体験を振り返ることもできて、ファンには喜んでもらえると信じてるよ。音楽を制作した身としても、それを誇張して表現できるのは本当に楽しかった。

Main Theme | Prince of Persia : The Lost Crown (OST) | Gareth Coker / Mentrix

――楽しい制作ほど苦しみを伴うイメージがありますが、苦労したポイントなどはありますか?

コーカー:メインテーマにはかなり苦労したね。最終バージョンに辿り着くまでに9回アップデートする必要があったんだ。面白いことに冒頭のチェロの部分は最初のバージョンを使ってるんだけどね(笑)。メインテーマから着手してしまったのが、制作を大変にしてしまった理由かな。ボス戦やほかのシーンの音楽が追加されるたびに、新しいスタイルが出てきてしまい、その都度メインテーマにも反映しなければならなかったんだ。そうしてようやく完成した曲なんだけど、とても誇りに感じるクオリティにできたよ。ここまで話してきたような要素をすべて詰め込んだつもり。少し聴いたら、『プリンス オブ ペルシャ 失われた王冠』の世界観を感じられると思う。

――それは根気が必要な作業ですね……。

コーカー:でもやっぱり楽しさのほうが上回ったね。メトロイドヴァニアの音楽制作以外にも、これまでの経験を活かせる場面も多かったし。それこそメインテーマでは70人規模のオーケストラをアビーロード・スタジオに呼んで収録したんだけど、ほとんど1日で録り終えたんだ。これも過去にオーケストラの仕事をやっていたおかげだね。彼ら/彼女らと仕事をすると毎回驚かされるんだけど、サウンドトラックの制作の場合は当然、生楽器の音が入ってない状態からスタートするんだよ。だから奏者たちは自分たちの解釈で具体化してゆくんだけど、出来上がったサウンドを聴くといつも息をのむ。リアルミュージシャンたちの存在もまた、本作の魅力を引き出していることは間違いないよ。ぜひその仕上がりを確かめてほしいな。

――ますますゲームをプレイするのが楽しみになりました。

コーカー:ありがとう。2Dゲームの魅力が伝わるとうれしいです。

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