兼業eスポーツ選手がプロシーン優勝 あぐのむが語る「プレイしていない時間」の重要性

あぐのむが語る「プレイしていない時間」の重要性

 デジタルカードゲーム『Shadowverse』(シャドウバース)のプロシーンである『RAGE SHADOWVERSE PRO TOUR』(RSPT)は年々レベルが向上し、見ごたえのある好ゲームを生み出し続けている。そのなかで、横浜F・マリノスeスポーツのあぐのむは『RSPT 23-24 4th Season』で初の本戦優勝を果たした。群雄割拠のプロシーンで、今シーズンからeスポーツ専門学校講師として働き始めたあぐのむは「兼業選手」として戦い、見事に結果を残した格好だ。

 一般的にはゲームに専念できる専業選手が有利と見られるなか、決して強いられるではなく兼業選手に転身し、4th Season以外でも専業時代を上回る結果を残しているあぐのむ。リアルサウンドテックではあぐのむへのインタビューを実施し、その決断の背景にあったものや、専業選手をなぎ倒して頂点に立った瞬間の思い、そして兼業選手だからこそできる発信への考え方などについて聞いた(片村光博)。

兼業へのチャレンジに至った“仮説”の存在

――まず、専業eスポーツ選手から一般企業に就職して兼業選手になった経緯と、その決断の理由を教えてください。

あぐのむ:まずは自分自身、新しい挑戦をしたいと思ったというのが大きな理由です。専業選手として4年間やってきて、そのままだと新しい挑戦がなかなかできない状況でしたから。

 理由はもうひとつあります。専業選手として順調であれば継続していたかもしれませんが、当時の結果には正直、納得いっていませんでした。一般的には専業選手のほうが良い結果を得られると思われるかもしれませんが、自分のなかで「新しいことにチャレンジすることによって、シャドウバースも良い方向に進むんじゃないか」という仮説があって、それを確かめたかったんです。

――その仮説に至った理由は、どのようなところにあったんですか?

あぐのむ:かなり生々しい話にはなるんですが、まずは収入面の安定がある、ということです。プロゲーマーという職種はどうしても、収入が不安定なところもあります。僕はYouTubeでの収入もあったんですが、それでも生活の不安定さはメンタルに影響が出ていました。でも、固定給がある程度担保されている状態であれば、憂いなく全力で競技に臨めると考えました。メンタル面での改善という意味合いは大きかったですね。

 特にシャドウバースはカードゲームですし、メンタルが勝敗にかなり影響するタイトルですから、メンタル面を安定させるために、兼業選手という決断に至りました。プロツアー優勝という結果を見せられたことで、仮説は正しかったんじゃないかと思っています。

――実際に優勝を果たした際の率直な感想を聞かせてください。

あぐのむ:優勝した瞬間は正直、本当に「信じられない」という感覚でした。全然実感が湧かなくて……。プロツアーは年々、強い選手が参入したり、既存の選手が強くなったりしているのを肌で感じていたので、「ついていかなきゃ」という気持ちがありましたが、そこまで自信に満ちあふれているというわけではなかったんです。

 でも、本戦で優勝という結果を出すことができました。最初の1日間は本当に実感がなくて、信じられなかったんですけども、あらためて振り返ってみると、ほかのプロにはない強みとして、兼業選手ならではのメンタル面が大きかったと思っています。選択の正しさ、「兼業選手でもやれる」ということを証明できて、本当にうれしく思っています。

――メンタル面の安定がプラスに働いた実例はありますか?

あぐのむ:「財宝ロイヤル」というデッキを使用していた際、絶対に進化権(※)と一緒に使いたいキーカードの『大海の征服者・ロジャー』を、劣勢をしのぐために別の用途で使うかどうか、決断しなければいけない場面がありました。2枚目の『大海の征服者・ロジャー』を持っていればともかく、そのときは1枚しか手札になく、難しい選択でした。

 そのとき、僕はその『大海の征服者・ロジャー』を進化できるようになるまで待つのではなく、その場で切って劣勢から挽回するために使いました。2枚目を引ける保証もなく、その試合は結局負けてしまったのですが、いま振り返っても2枚目を引く前提で動かなければ勝てなかったと考えています。結果とは関係なく、そうした思い切りの良さ、割り切りのプレイができたことによって、自分自身「一皮むけたな」と感じる瞬間でした。生活面、メンタル面が非常に安定しているからこそ、重要な局面で挑戦ができたのだと思っています。

※後攻4ターン目、先攻5ターン目から使えるシャドウバースの機能。特定のフォロワーを進化させることにより、有利な効果を得たりすることもできる。

――今シーズンは優勝以外でも、RSPTでの戦績が安定しているように感じます。

あぐのむ:ここまでメンタル面について話してきましたが、個人的にもうひとつの仮説があるんです。それは「プレイしていない時間こそ一番成長する」ということ。専業選手の時代はプレイする時間が多くあるにもかかわらず、そこからのフィードバックがあまりできてないと感じていたんです。その結果、プレイ時間がただ練習している“だけ”のようになってしまい、同じようなミスを繰り返したり、そもそもミスに気付かないままだったりということがあって、結果が出ない要因になっていたと思っています。そこで、仕事中という“練習しない時間”をあえて設けて、練習でのプレイを思い返すことにしたんです。「あそこはどうだったのか」「このマッチはどういうゲームをするべきなのか」など、頭の中でしっかり考える時間を取れたことがポイントだと思います。

 いまの会社には、本当に満足していますし、感謝しています。プロ活動をしながら仕事をすることを認めてくれていて、空き時間があれば「シャドウバースをしててもいいよ」と言ってくれるんです。それでも時間的な制限は専業選手に比べたらありますし、プレイだけには時間を割けない環境のなかで、シャドウバースについて考える時間は、むしろ専業のときよりも増えているんじゃないでしょうか。僕は時間があれば、どうしてもプレイしてしまうので(笑)。でも、それだけだともうひとつ伸び切らなかったところで、兼業にシフトして考える時間が増え、成績向上につながったんじゃないでしょうか。

――少しお話も出ましたが、兼業選手として時間の制約はどうしても生まれるなかで、どのようなルーティーンで練習から試合に臨んでいるのでしょうか?

あぐのむ:実際にプレイしている時間は、平日であれば3時間くらいです。仕事から帰ってきて、午後8時から11時までチームで通話しながら練習する。その3時間が平均的な1日のプレイ時間になっています。ただ、練習に行く前には「今日の練習ではこういうことをしよう」と、テーマを立てるようにしています。たとえば、その環境でトップにいるデッキは、本当にその構築でいいのか。その構築はなにを目指すべきなのか。シャドウバースがプレイできない時間も頭の中で考えて深堀りし、練習中はチームメンバーにも話してフィードバックをもらったりして、 それを踏まえたうえでさらに練習を積み重ねています。

 これは個人的な話ではあるんですが、僕は集中力があまり長く持たなくて。これは専業時代にすごく感じていたんですが、持っても3時間くらいなんです。それ以降はプレイの質が明らかに落ちて、考える体力もなくなってしまう。であれば、プレイする時間は3時間にとどめて、それ以外は考える時間に回す方が、成長速度も最大化されるんじゃないかというのも、やはり仮説のひとつだったんです。だから、いまのスタイルは本当に僕にマッチしていて、ストレスなく成長できていると感じています。

――ご自身の成長はもちろん、それ以外にも「兼業選手だからこそできたこと」というのはありますか?

あぐのむ:「eスポーツを広める」ということは、プロゲーマー全般の課題だと思っているんですが、プロゲーマーはどうしてもほとんどの時間を練習に費やすことになります。世の中の動きや、eスポーツ業界全体の現在を知る機会、考える機会が、実はあんまりないんです。eスポーツを広めるためには、いろいろな会社が手を取り合って、面白いことを準備したりすることが大事だと思っていて、そうした部分を会社を通じて学べるということが僕の活動にもつながっていると感じています。

 あと、僕は個人的にYouTubeもやっているんですが、専業選手のときは日々の話せることがあまりなくて。ゲーム以外での話題がどんどん減っていくんですよね。でも、会社で働いていると「今日は会社でこんなことがあった」という話題ができたり、社会人の方々から共感の声をもらえたりするようになりました。一番うれしかったのは、社会人として働きながらRSPTで優勝したことで「俺も頑張ろう」みたいなコメントをたくさんもらえたことです。これは本当にうれしかったですね。これこそ、働いていないともらえないコメントですし、専業のプロ選手もいるシャドウバースでの優勝によって、「自分はもう無理かな」と思っている人にも希望を与えられたということが、繰り返しになりますが、本当にうれしかったです。

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