これは音楽制作に“没頭”できるデバイスだーーAbleton第三世代『Push』スタンドアローンモデルを徹底レビュー

Ableton第三世代『Push』徹底レビュー

新搭載の「MPE」対応パッドの実力 より自然な表情の音色を表現可能に

 そして、これはスタンドアローンモデルに限ったものではないが、『Push 3』に採用された8×8の配列からなる合計64個の「MPE(MIDI Polyphonic Expression)」対応パッドは注目すべき新機能だ。「Push」シリーズには以前から同じ配列のパッドが搭載されてきたが、今回新たに採用された「MPE」対応パッドでは、縦軸と横軸で指の圧力と位置を検知することが可能だ。

MPE対応パッドのエクスプレッション設定ページ。パッドに指を置いた際にかかる、ノートごとのピッチベンドの挙動を調整できる。また『Push 2』同様にパッドの感度調整も可能だ

 これにより、ドラムの音を本物同様に叩く強さや位置に応じて変化させたり、ギターを鳴らす際にパッドを横に滑らせることで、本物のギターと同じようにスライドさせることができる。また、コードに含まれる特定の音の音色だけを変化させたり、コードの音を途切れることなく、自然に別のコードに移行するといったこともできるなど、音に対してさまざまな表情付けがおこなえる。こうした機能は、今後登場するであろう後発のパッドコントローラーも追随し、業界スタンダードとして発展していくことが予想される(すでに「MPE」対応のキーボードやコントローラーはいくつかあるが、まだまだその数は少ない)。

MPE対応パッドでコードをスライドした際のMPEデータを『Live』上で確認すると、コードを構成する3つのノートが感知された指の動きによってピッチベンドしていることがわかる

 ちなみに筆者は、ブレイクビーツのサンプルからドラムキットを作成し、「MPE」対応パッドを叩く際、あるタイミングでパッドを横に数個分スライドさせることで“ピッチアップするドラムロール”を表現できることを発見した。このような処理は、通常はオートメーション機能を使った編集などでおこなうものだが、こうした音の加工もMPE対応パッドであれば演奏中におこなえる点はおもしろい。

ブレイクビーツをAbletonのMPE対応デバイスであるサンプラー『Simpler』に読み込み、スライスモードにしてドラムキットを作成したもの

 また、『Push 3』では新たにジョグホイールが搭載されている。この機能は素早くライブラリー内のデバイスやサンプルをブラウズしたいときから、セッションビューのシーン選択やMIDIノートの編集、クリップやセッションファイルの名称変更まで、多岐にわたって使用できるため、『Push 3』を用いたワークフローにおいて心強い“縁の下の力持ち”的な機能だ。

Push 3のライブラリをジョグホイールを回しながらブラウズする様子。ハイライトされているファイルはジョグホイールを押すことで『Push 3』にロードできる

 それから、『Push 3』スタンドアローンはMIDIクリップ内のノートのナッジからピッチやレングスの変更といった編集機能を備えているため、音楽制作するための機能が非常に充実している。しかし、いくらスタンドアローンで使用できるとはいっても、『Push 3』スタンドアローンで全ての音楽制作作業が完結するわけではないことは留意しておく必要があるだろう。

MIDIクリップは各種パラメータを編集できる。その際は複数のノートの一括編集も可能だ

 現状、『Push 3』スタンドアローンはセッションビューでの使用に特化しているため、『Live』のようにアレンジメントビューで楽曲を構成する、コンピングのような複雑な編集作業、曲の書き出しといった作業はおこなえない。その点は従来の“PCと接続した『Push』”のワークフローから完全に解放されることを期待したユーザーからすれば、おそらく少々物足りなさも感じる部分だろう。

 ただし、『Push 3』スタンドアローンには従来の「Push」シリーズと同じように『Live』のコントローラーとして使用するための「コントローラーモード」も搭載されているため、モードを切り替えることで先述のような作業も可能になる。また、スタンドアローンモードではサードパーティー製のプラグインを使用することはできないが、これもコントローラーモードに切り替えることで使用できるようになる。コンピングなど複雑な編集を行ったり、サードパーティー制のプラグインを使用するなどして、曲をブラッシュアップしたい場合はコントローラーモードを使用するといいだろう。

スタンドアローンモードからコントロールモードに切り替える時にはこのようなダイアログが表示される

 ちなみに、筆者は『Live』を長く使っているユーザーだが、これまでは基本的にセッションビューで素材を作り、アレンジメントビューで細かな編集をおこないながら曲作りを行ってきた。そのため正直、最初はこのスタンドアローンモードの仕様に若干戸惑った部分はある。しかしながら、スタンドアローンモデルでも各トラックやクリップごとのエフェクトを始めとした各種パラメーター変更はオートメーションとして記録はできるため、普段から『Live』のセッションビューでオートメーションを使うなどしてMIDI・オーディオクリップの加工を行ってきたユーザーであれば、とくに戸惑うことなくセッションビューだけで曲の全体像をイメージしながら作曲作業を進めることができるだろう。

スタンドアローンモードで作成したLiveセットを『Live』で開き、アレンジメントビューに並べた様子。スタンドアローンモードで記録したパラメーターのオートメーションが反映されている

 このような現段階の仕様を踏まえると、本機はそれ単体で使用できるDAW的なものというよりも、Abletonが位置付けるようにスタンドアローンモードは曲のスケッチやライブパフォーマンス用の楽器として、コントロールモードは曲を仕上げるための機材として使い分けると、『Push 3』のスペックをフルに活用しながら音楽制作ができそうだ。

 最後に、先述したように『Push 3』は秀逸な機能を多数搭載しているだけでなく、長期使用を想定した製品だ。今後のアップデートではハード面だけでなく、連携機能の強化や、PC版『Live』の制作環境との違いからくる違和感がなくなるような、ソフト面の使い勝手の向上にも期待したい。

■関連リンク
Ableton『Push』

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