「新しさと変わらなさ」の狭間でヒトとAIが共存するには 渋谷慶一郎と考える

PAやテクノロジーを一切使わない、3年ぶりのピアノソロコンサートを開催する理由

ーー12月5日、浜離宮朝日ホールで予定されているATAK社の20周年を記念した3年ぶりのピアノソロコンサート『Keiichiro Shibuya Playing Piano In The Raw』についても聞きたいです。

渋谷:ATAKは2002年に立ち上げたのですが、10周年にあたる2012年はボーカロイド・オペラ『THE END』の制作、初演や、映画のサントラも2本やって、『サクリファイス』というシングルもリリースしたりして忙しすぎて、10周年イベントとか思いつきもしなかった。

 20周年にあたる今年もその時と同じくらい忙しいのですが、何かやらなくちゃなと思って(笑)。でも”周年記念らしい”ことよりもやるのも嫌なので、全面的にノイジーな“らしくない”『ATAK026 Berlin』をまずリリースしました。

 今回のピアノソロのコンサートはAIやアンドロイドとは逆に生ピアノでPAやテクノロジーを一切使わないもの、アコースティックに振り切ったものにしたいと思ってそうしました。

 実は去年と今年で2回指を怪我しているんです。去年は転んで骨折、今年は腱を切って4カ月くらいピアノが弾けませんでした。ただ大阪芸術大学の客員教授に就任したときの「Android and Music Science Laboratory」のオープニングコンサートはキャンセルできなかったので、腱が切れた指を使わないで弾いたりしたんです(笑)。で、この夏くらいから、やっと弾けるようになって久しぶりにピアノソロのコンサートをやりたいと思ったんです。

ーーチケットも売れ行きは好調のようです。

渋谷:売れなかったらどうしようかと思いました(笑)。浜離宮朝日ホールはとても音がいいんです。僕にとって「大きい音は大きく、小さい音は小さく」ということが大事なので、PAなしでそれが出来るキャパ限界の会場ですね。

 あと、ホールの目の前が父親が亡くなった国立がんセンターなんです。ピアノソロを弾くきっかけになったアルバムは妻・mariaが亡くなって制作した『ATAK015 for maria』でしたし『THE END』も「死」がコンセプト。僕にとってmariaの死以降、大きいテーマですから、これも何かの因縁かなと思って会場も選びました。

ーーソプラノ歌手・田中彩子さん、ギタリスト・笹久保伸さんによる「BORDERLINE」や「Open your eyes」などのカバーも準備されているとのことですが。

渋谷:このふたりを同じステージに呼べるのは僕くらいだと思います(笑)。彩子さんは昨年の今頃にやった「Music of the Beginning -はじまりの音楽-」というコンサートで初めて一緒にやったんだけど、クラシックの歌手では珍しく相性がいいなと思いました。

 ソプラノのなかでも特に声の高い彼女でも出ないくらい高いキーで、声が低いアデル「Chasing Pavements」をカバーしたら、カフカ的な掠れて消えそうな歌になるんじゃないか?という無理な提案したら、最初は少しキーを下げようか?など模索していくなかで段々チューニングがあってきて、本番は意図を越えてすごく良かった。今回は「I come from the Moon」という「KAGUYA BY GUCCI」のために作った曲や「Scary Beauty」といったヴォーカルはアンドロイドを想定して作った曲を一緒に演奏しようということで誘ったんですけど、本人が以前に僕の「BLUE」という曲をソロリサイタルで歌って気に入ったようで、2曲の予定が3曲も一緒に演奏することになって楽しみです。

'Music of the Beginning' at KAIT Plaza (Full ver.) - Ayako Tanaka, Keiichiro Shibuya, evala

 笹久保くんとは一緒に演奏しようと前から話していたんです。彼は世界的に評価が高くて、南米音楽から現代音楽まで幅広いバックグラウンドがありつつ、自分の音楽を作っている。最近はレコードを多数リリースしてて、発売するとすぐに完売したりしてますね。僕のコンサートでギターとピアノという組み合わせは初めてですが、僕が滅多に書かない楽譜やメモを手掛かりに楽曲をどう解釈するか、アレンジをどうするかなどスタジオで試行錯誤しながらリハーサルしているんだけど、そのプロセスも面白い。

 ピアノだけではなくて歌もギターもPAなしのアコースティックなので、非常に生々しいというか例外的な緊張感が生まれると思います。

 あと、コンサート全体の映像を僕と10年近くコラボレーションしているジュスティーヌ・エマールにパリから来て担当してもらうことになっています。浜離宮朝日ホールはあまり知られてないけど、縦10メートル幅9メートルの巨大なスクリーンがステージにあるから、それを全面的に使うことにしました。同時に客席は隣の人も見えないくらいの完全暗転にするからスピーカーを通さない生音と巨大な映像、完全暗転という没入感が半端ないコンサートになると思います。

 巨大な映像のみがデジタルでその前で演奏家が生で演奏しているというのも、アンドロイドオペラとは別の方法で現代のメタファーになっていると思います。

■関連情報
『Keiichiro Shibuya Playing Piano In The Raw』チケット販売ページ(イープラス)
https://eplus.jp/sf/detail/3737080001-P0030001P021001?P1=0175

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