日本のメタバースが抱える課題とは? 弁護士と官僚、それぞれの視点からみた「メタバースにおける法整備の重要性」
プラットフォーマーの役割は? メタバースに関する法整備の現状と課題
――プラットフォームとしてのこれからについては、プロバイダ責任制限法の整備も大きな課題になってくると思います。現行法上のメリットや現状についてお伺いできますか。
道下:大きくはこのメタバースに関与するステークホルダーが誰かということを整理することがスタートだと思っています。私はデパートの例えをよく使いますが、メタバースはデパートという箱だとします。そこはまだ何もないガランとしたただの10階建てのビルで、ここにいろんなブランドや、飲食店などの事業者が入ります。ここに一般消費者が「よし、今日はここで洋服を買って、お惣菜買って帰ろう」というような形で来る。そして外部から「おいおい、お前のところで売ってる商品は俺のパクリじゃないか」という権利者が来るわけですね。主にこの4つのステークホルダーで成り立ちますが、やはり場所がないと何もできないという点からみれば、プラットフォーマーはある程度大きな責任や役割を負っているのかなとは思います。
ルールが整備されていないからこそ、今のプラットフォーマーは立法事実を積み立て、実務をリードできると思っています。当然プロバイダ責任制限法だって、インターネットができる前には存在しなかった、インターネットがあるからできた法律なわけです。ルールがない中で、これからの社会を作っていく礎と提言ができる立ち位置にいることが、現在率先して取り組んでいる企業にとってのメリットなのかなと。
――理想の法整備を進めるために、良い意味での立法事実をたくさん作っていくことが重要だということですか。
道下:現状、世界的にもまだルールメイキングがされてないので、私たちが行っている「バーチャルシティガイドライン」は世界人類的に意義があると言ったら少し大げさですけど、意義あることだなと思っています。法律家は「比較法」という観点から各国の法律を比較して検討します。つまり世界に先駆けて「この日本のルールはいいんじゃないか」と世界に採択される可能性もある。それは日本にとって非常に大きなメリットだと感じています。
――先に自分たちできちんとコミュニティを作って、文化を作って、そこに適した法律を作っていけば最適なものになるし、逆にいろんな国が真似するものになる。日本が世界で勝負していくうえでのアドバンテージも取れるかもしれない、と。
上田:おっしゃる通りですね。我々の考えはプラットフォームに根ざしたカルチャー上にあるコンテンツをどうやって展開していくかという話だったのですが、道下さんの話を聞いていて、プラットフォーム側からルールメイクをするという視点もあるのかと気付かされました。だからこそ、それを悪用されないためにも、プラットフォーマーとステークホルダーの間で、いろんな規制も生まれていくと思います。たとえばユーザー間でアバターを改変されたことに対する訴訟が発生したときに、アバターの匿名性によって守られた現実の人間を相手取った請求ができない、という場合があったとして、プラットフォーム側に「責任を取れ」と言わざるを得ない。その時にプラットフォーマーが青天の霹靂にならないように、しっかりとメタバースのためのガイドラインを制定しておけば、プラットフォーマーはそこに乗っ取ってルールを作り、違反ユーザーへの対応や何かが起こった際の責任の所在をもう少し細かく定められると思います。
これはメタバースに関わらず、プラットフォーム側として今後重要になってくるのは「ユーザーのIDをどれだけ囲えるか」だと思います。どれだけユーザーとそのIDをプラットフォームに貯め込めるかは、消費者動向などを把握するうえでも欠かせないものになるでしょうし、プラットフォームの中で起きたユーザーがしている「行動」、つまり「いつログインしてどこのコミュニティで何をして、誰と喋って、そのときの声の抑揚はどうだったか」といったところまで収集できると、広告的な価値は高まるわけです。ただ、ユーザー側に無断でそれらの情報を取得するのはもちろん違法なので、規約の中でどこまでを提供してもらうのか、その対価としてどんなサービスを提供するのかといった整備についても、今後メタバース内での経済圏や広告ビジネスが生まれてくるという視点では大事になってくると思います。
ーーそれはユーザーの個人情報に関わってくるところでもありますし、広告的な視点でいえばWebのターゲティング広告がサードパーティCookieの問題など様々あるなかで、ユーザーIDに紐づくというのはとても大事な気がします。
上田:「Web広告」というのはある意味Web2的なビジネスでしたが、「Web3」に完全に移行するまではかなりの助走距離があると考えているので、まだまだ先の話だとは思いますが……率先して博報堂DYホールディングスさんがRobloxを使った広告などを展開しているように、そう遠い話でもないのかもしれません。メタバース上での広告戦略にフォーカスが当たると、プラットフォーマーが持っているデータについての議論もさらに活発化するため、先駆けてそれらの問題に対応できるようなガイドラインや、ユーザーに不利益を与えない利用規約の策定は重要だと思います。
Web3のジレンマとこれから
――ありがとうございます。では最後にお2人がそれぞれ特に重要に捉えているポイントや、具体的に議論が前向きに進んでいるこなどがあれば、1つトピックを選んでお話いただければと思うのですが。
道下:「利用規約およびプライバシーポリシーのテンプレートに関する整備」でしょうか。たとえば、メタバース空間で不動産を買ったとして、何がその価値や所有を保護してくれるんだと言ったら、NFTの技術とプラットフォーマーへの信頼ですよね。なので、プラットフォーマー側である程度利用規約を作って安全な環境を作っていくっていうことが重要かなと。
――ただ、そうするとまた中央集権的になってしまいかねない。
道下:そうです。私の中でも実は逆説的にずっと自問自答してることで、すごく難しい。ただやはり非中央集権の意味も、「Power to the GAFA」から「Power to the 70億人」になるのかといえば、多分そうじゃないと思うんです。その中間といいますか、GAFAよりは少し細分化されたところに、経済圏や力が分散されていくのではないでしょうか。なので、プラットフォーマーがいなくていいとか、利用規約を作らなくていいという議論にはならないのかなというのが、現状の私の答えです。
――Web3を推し進めることは「ディセントラライズドされるから、別にノールールでいいんだ」という議論ではないと。
上田:私もその「Web3のジレンマ」はすごく感じています。既存の特定の会社からサービスを受ける方がいいのか、それともビジョンに共感して、集まったコミュニティの中で利益を受けるのかのどちらかではなく、ユーザーが自発的に選べる時代になったのだ、という解釈が一番腑に落ちるところですね。広くユーザーがいろんなオプションを選べるようになった時代を「Web3」というのかなと。
経産省でも、複数のメタバース間での相互運用性、ポータビリティを確保するための仕組みに関する事業調査を今年実施しようとしています。たとえば、アバターで子どもが放課後に友人と遊びたいプラットフォームへ行ったり、あるいは行政手続きをするためのプラットフォームに行ったりと、自分のアバター1つで複数のプラットフォームを跨げる、まるで『サマーウォーズ』のような世界ですね。あんな風にポータビリティが進んでいかないと、コンテンツの普及もないしユーザーも囲えない。ただ、どうやって互運用性を確保するのかといったところは、経産省の実証実験もそうですし、都市を跨いで異なるプラットフォームを使った場合のあり方を今後の「バーチャルシティコンソーシアム」の中でも積極的に議論していただきたいです。