特集:「クリエイターエコノミー」から生まれる次世代のエンタメ
「左ききのエレン」かっぴーらと考える“漫画クリエイターエコノミー”の未来 「夢を目指す人が増えないと盛り上がらない」
言わずと知れた漫画大国の日本。
これまでに数多くの人気漫画作品が生み出され、その評判は海を越えて世界中に伝播するなど、日本におけるエンターテインメント産業の根幹とも言えるのが漫画業界である。
そんななか、電子コミックや電子書籍、WEBTOON(スマホ特化型の縦読み漫画)などが台頭し、漫画文化の多様化がみられるここ数年。
いわば雑誌に載らなくても漫画家が活躍できる時代へシフトしてきており、昨今の“クリエイターエコノミー”の盛り上がりは、この流れをさらに加速させることだろう。
今回は「漫画×クリエイターエコノミー」と題し、日本が育んできた漫画文化の未来や可能性について探るべく、大ヒット漫画『左ききのエレン』の作者であり漫画家のかっぴー氏、INCLUSIVE株式会社の代表取締役社長を務める藤田誠氏、株式会社ナンバーナイン代表取締役社長の小林琢磨氏による鼎談を実施。漫画×クリエイターエコノミーの今とこれから、三者がタッグを組み構想している「宇宙時代」におけるクリエイターの未来について紐解いていく。(古田島大介)
クラウドファンディングの大成功を機に関係性を深めた
──まずはお三方の関係性や出会いのきっかけについて教えてください。
小林琢磨(以下、小林):もともと、私がかっぴーさんの熱烈なファンだったこともあり、かっぴーさんが登壇するイベントによく顔を出していました。また、ナンバーナインが運営していた漫画系のイベントスペースでも登壇いただいたりと、徐々に親交を深めていったんです。実際にお仕事でご一緒したのは、かっぴーさんの小説『アイとアイザワ』を「ナンバーナインでコミカライズさせてほしい」依頼したときでした。自分はプロデューサー的な立ち位置で、コミカライズを担当させていただいたんです。
かっぴー:お互い仲良くなったのは、『左ききのエレン』のクラウドファンディングからですよね。
小林:そうですね。原作版『左ききのエレン』の第一部(1〜10巻)を再編した紙の単行本と、クラウドファンディング限定の「0巻」を制作するプロジェクトを二人三脚でやらせてもらったんですが、結果的に漫画系のクラウドファンディングでは日本一となる5,300万円もの支援額が集まったんです。この大成功を機に本当の意味で仲良くなれたというか。1週間で会わない日はないというくらい、かっぴーさんとは会っている気がします(笑)。
藤田誠(以下、藤田):私は小林さんが運営するナンバーナインを子会社化し、INCLUSIVEのグループに参画いただいたのが起点になっています。漫画家さんが有名になるには、今までのように大手出版社の週刊マンガ誌やコミック本を出さなくても、電子書籍ストアに作品を投稿することで才能を見出される機会も増えている。要は漫画家さんが活躍できる裾野が広がってきているわけですね。
そんな漫画業界に関わるクリエイターを支援するナンバーナインは「デジタルコミックエージェンシー」を標榜していて、非常に可能性があると感じました。INCLUSIVEは2021年からクリエイターエコノミー構想の実現に向けてのアクションを本格化させています。ホリエモン(堀江貴文)や菅野志桜里さんなどさまざまな分野で活躍する個人を軸にしたプラットフォームを構築してコンテンツを提供したり、オンラインサロン「田端大学」を買収したりしていました。こうした流れを汲む形で、ナンバーナインの持つ漫画業界への知見と当社の持つアセットがうまく連携できるのではと思ったんです。
かっぴー:藤田さんとはロケット開発をテーマとしたWEBTOONのプロジェクトで、北海道へ一緒に取材に行ったのが初めての出会いですよね。
藤田:はい、インターステラテクノロジズ社でロケット開発について取材しましたね。
漫画家はSNSで発信せずに漫画だけ描くのが理想のあり方
──近年「漫画×クリエイターエコノミー」が注目されています。漫画アプリなどが増え、雑誌に載らなくても活躍できる時代に、エンタメを作る側としてやるべきこと、果たすべき役割は何だと思いますか。
小林:ナンバーナインの存在自体がクリエイターエコノミーだと感じています。というのも、漫画家さんを取り巻く環境は多様化していて、商業誌を中心に作品を発表する方もいれば、最近では電子書籍の台頭から個人で独立して活動するインディペンデント系の作家さんも出てきているからです。
そういう意味では、すべてのストアに漫画を出し、多くの人に届けていくことが大切になります。大手出版社はブランディングの観点や自社サイトを保持している関係で、すべてのストアに出していないことも多い。
そんななか、漫画家さんはたとえユーザーが3万人しかいないストアにも、特定のエンタメを求めているユーザーのために自分の作品を出した方がいい。今の時代、特定の商業誌で連載されなくてもKindleで1位になれます。なので、漫画を作る側としては作品を知ってもらうために、とにかくストアに出していくことが肝になるでしょう。
かっぴー:クリエイターエコノミーが盛り上がっていますが、僕個人としては懐疑的に考えているというか。それを追求しすぎてしまえば、結局のところ作者優先という感じになるわけで。また、作品よりも作者の方が目立ってしまうと「作家のことは知っているけど、何の作品を書いているかはわからない」という状況が生まれてしまいます。極論言えば、作り手は最後の最後まで表舞台に出なくたっていいんです。ただ、現状としては作り手が生み出したコンテンツを世の中に広めていくためには、出版社などの語り手が必要な構図になっている。
そういう意味では、小林さんのナンバーナインは語り手を代替するような存在になるべきだと思います。今の漫画家ってやることがいっぱいあるんですよ。SNSで発信して自分のブランディングをしたり電子書籍を出版したりと、やるべきことが増えてしまっている。
可能なら作家自身がSNSをやらなくても、代わりの人が情報発信をすれば済むわけです。でも、現時点では出版社や編集者よりも、作家自らSNSで発信した方が圧倒的に反響が生まれる。ファンの純度からしても断然違うんですよ。ただ、将来的にはかつての漫画だけ描いているような形に原点回帰していくのが理想なのではと感じています。
小林:クリエイターエコノミーが台頭してきたからこそ、作り手自ら告知する方がファンへダイレクトに熱量が届くと思うんです。ナンバーナインとしては、「こういう風な伝え方すると、共感を得やすい」というのを、成功事例や具体的な数値のデータを見せながら漫画家さんに共有しています。
当たり前のことを当たり前にやるというか、やれることは全部やっていくことが大事だと思いますね。また、漫画家さんが名を売っていくためには、必ずしも大手出版社を狙っていく必要もない。大手には苦手なこと、やりづらいこともあるわけです。これからはエージェント会社もどんどん出てきて、漫画家として参入しやすくなる時代が来ると予想されるので、自分の活躍できる居場所を見つけて活動していくのがいいのではないでしょうか。