ヒカルの“激怒騒動”はなぜ笑えるのか 「緊張の緩和」を体現した芸人たちの妙
火種を作った本人の謝罪によって幕を閉じたヒカルの中堅芸人激怒騒動。一連の流れは、まるで大掛かりなコントを見ているようだった。
事の発端は、ヒカルが2月4日に公開した動画。ヒカルによると、最近開かれた会食の席で共通の知人を介して紹介されたある中堅芸人が「結局、YouTuberなんて芸能人の真似事の落ちこぼれ」「うちの世界にはダウンタウンさんがいる。あんなレジェンド、YouTubeで出てこない」などと、YouTuberをこき下ろすような発言を繰り返していたという。
その場はグッと堪えたというヒカルだったが、「お前はっきり言うけど、俺に勝ってるところ一つもないからな。ちょっと芸能界で売れたぐらいで調子に乗るなよ」「ゴミみたいなやつ」「お前が30年かけて稼ぐ金額、2~3年で稼ぐねんこっちは。舐めんなマジで」などと、動画の中で怒りをぶちまけたのだ。
この放言がネットニュースとして大きく報じられ、瞬く間に芸人たちの耳にも届くこととなった。ヒカルは、問題の芸人の名前を伏せていたものの、「40歳くらい」「ダウンタウンとあまり共演しているところを見たことがない」「レギュラー番組はちょっとしかない」「面白くないがうまいことをいう」といった特徴をいくつか挙げていた。
このヒントを手掛かりに、まずは真犯人の考察が始まる。先陣を切ったのは、トータルテンボス(大村朋宏、藤田憲右)だった。トータルテンボスは2月7日、公式YouTubeチャンネル「トータルテンボスのSUSHI★BOYS」に「【緊急企画】YouTuberヒカルさんを怒らせたのはコイツか!!」と題した動画を公開した。
動画で大村は、ネット上で疑われているとろサーモン・久保田かずのぶ、平成ノブシコブシ・吉村崇、ウーマンラッシュアワー村本大輔などの可能性をつぶしつつ、最終的に「大西ライオン」と断定。藤田は「絶対ちげーよ! 笑っちゃうよ! 犯人ライオンだったら!」とツッコんでいた。
2月9日に放送されたラジオ番組『ナイツ ザ・ラジオショー』(ニッポン放送)でも、パーソナリティーのナイツ・塙宣之とゲストの鬼越トマホーク(金ちゃん、坂井良多)がこの話題で大盛り上がり。「面白くないがうまいことをいう」という情報から3人の間で「ねずっちではないか」と、意見がまとまりかけた。しかし、坂井が「ねずっちさんが共通の知り合いを介して若者に人気のYouTuberと飲みに行かないのでは?」と主張し、その線は消えた。そこからなぜか、相方の木曽さんちゅうに疑いの目が向けられていた。
こうした議論から一歩踏み込み、「真犯人は自分ではないか」と名乗り出る芸人も現れた。アルコ&ピースの平子祐希は2月8日、ラジオ番組『アルコ&ピース D.C.GARAGE』で、知人数人から真犯人なのでは? と疑いを掛けられたと明かした。ためしにヒカルの言う問題の中堅芸人の特徴を調べてみたところ、あまりにも自分と合致していたため「これ、俺ですわ(笑)」と“白状”。「逆に俺じゃない条件のほうが少ない。9割方俺。何かで飲んだ時にヒカルさんがいたのかな?」と自分で自分を疑い出した。
そしてこの騒動の沸点となったのが、2月9日にアップされたさらば青春の光・東ブクロの謝罪動画だ。東ブクロは、ネット上で浮上していた「容疑者リスト」に名前が挙がっていない。にもかかわらず、森田哲矢は「あの芸人、たぶんブクロなんですよ」と相方を犯人と決めつけ、事務所にやってきた東ブクロを無理やり白のワイシャツという“謝罪動画スタイル”に着替えさせ、カメラを回し始めた。
東ブクロは渋々ながらも、「ヒカルさんのこと、YouTuberさんのことを馬鹿にし、ヒカルさん方を怒らせた件を、謝罪させてください。本当に申し訳ございませんでした」と罪もないのに平謝り。森田に促されて「ネットニュースにも上がりまして、『誰なんだ』という話もありましたけど、あれは東ブクロでございます」と嘘の暴露をしていた。
この動画が投稿されるや否や、Twitterでは「東ブクロ」がトレンド入り。再生回数は2月11日夕時点で、293万再生に到達するなどバズりにバズった。時事ネタの中から“おもしろ”を見つけ出す嗅覚といい、東ブクロのパブリックイメージを逆手に取った発想の転換といい、トピックがホットなうちに動画を投稿するスピード感といい、さらば青春の光及び制作チームの凄みを感じずにはいられない。
その翌日2月10日にヒカルは、「連日ニュースになっている芸人さんの件について」と題した動画を投稿。ヒカルは、会食した中堅芸人への発言について「本当に僕が未熟でした。大人げなかったとしかいえない」と行き過ぎだったと認めつつ、「お騒がせして、嫌な思いをしてしまった方、皆さんすいませんでした」と頭を下げた。また、その中堅芸人と「完全に和解した」とのことで、「これについては何も言わないと決めました」と伝えた。自らが発端となった一連の騒動に対して自らけじめをつけたというわけだ。
こうして幕を閉じたヒカル激怒騒動。ヒカルが中堅芸人に対して憤慨したというネットニュースが出回った当初は、一種の緊張感があった。しかし、芸人たちが犯人探しで大喜利をやり始めたあたりから徐々にシリアスなムードは消えていき、最後にさらば青春の光が特大のホームランを打ったことで、騒動は完全にギャグになった。落語家の2代目桂枝雀は、笑いが起きるメカニズムを「緊張の緩和」と表現していたが、まさに今回、YouTuberと芸人の分断を生みかねない緊張状態が、さらば青春の光をはじめとした中堅芸人たちの提供した笑いによって緩和された格好になった。
火種をうまく料理した中堅芸人たちはもちろん見事だし、失言はあったものの最後は矛を収めたヒカルも大人だった。そんな、ヒカルと中堅芸人たちが作り上げた壮大なコントのような一連の騒動の記録を、備忘録として本稿にてとどめておきたい。