『ポケモン』『ドラクエ』などから考える、ゲームにおける虫の“役割”とは

ゲームにおける虫の“役割”

記号としての虫

 最後に、敵でも味方でもない登場の仕方をみてみよう。わかりやすいところでは、蝶はその代表格だ。『ライフイズストレンジ』(スクウェア・エニックス/2016年発売)の蝶がバタフライエフェクトのメタファーになっているのはその典型的な例と言える(図4)。また先に述べたとおり美少女ゲームについてはすでに厚い(熱い?)考察があるが、ホタルやセミのほか、意外なところではカブトムシやクワガタムシがしばしば登場することが指摘されている(※25)。Nintendo Switchにも移植された『AIR』(2000年、Switch版は2021年発売)の冒頭で、ヒロインの神尾観鈴がカブトムシをみつけるシーンは印象に残っている方も多いかもしれない。

(図4) 『ライフイズストレンジ』
(図4) 『ライフイズストレンジ』

 おもに男性プレイヤーを想定している美少女ゲームだけでなく、女性プレイヤーを想定している、いわゆる「乙女ゲーム」においても、意外にも多様な虫が登場している。それらはおおむね作品のイメージをあらわすシンボルか、もっと些末な存在、たとえば背景のにぎやかしやUIの飾りなどとして使われることが多い。筆者が確認したところでは作品全体のイメージや登場人物の設定にかかわってくる場合にもっとも多く登場するのはやはり蝶で、しばしば物語における導き手としてあらわれる。たとえば『遙かなる時空の中で』シリーズ(コーエー/2004年〜)では、歴史の流れのなかでみずから運命を変えていくという主人公たちを導くように、作中の要所だけでなくオープニングムービーやシステム画面にも蝶が登場する。

 蝶にもそういう面はあるが、しばしば性愛の象徴として登場するのが蜂とクモだ。といっても虫そのものが描写されるわけではなく、これらは比喩的に使われることが多い。『女王蜂の王房』シリーズ(PURE WOOL/2014年発売)は、タイトルどおり女王蜂の地位争いをテーマにした18禁ゲームだ。本作の主人公たちの見た目は人間だが(※26)、一匹の女王蜂に多数の雄蜂が群がるという構図は本作の逆ハーレム的な世界観との親和性が高い。

(図5)『女王蜂の王房』公式サイト(https://www.pure-wool.net/top.php)
(図5)『女王蜂の王房』公式サイト(https://www.pure-wool.net/top.php)

 『蝶の毒華の鎖』はタイトルにこそ蝶とあるが、むしろバッドエンドで二人の女性が重なり合う「女郎蜘蛛エンド」のインパクトが強烈だ。蝶もクモも『遙か』シリーズでは1作目から登場している敵キャラでもあるが、それ以上に性的なイメージのメタファーとしてあるいは直喩的に機能する傾向が強い。女郎蜘蛛は前回紹介した『かまいたちの夜2』でも事件に大きくかかわっている(※27)。

 他方、トリビアルなあつかいの例として、意外なところではサソリがある。『アンジェリーク 天空の鎮魂歌』(1998年)では敵としても登場するが、なんといっても星座の一つであることから、多くの(乙女)ゲームで必須の存在となっている。作品によっては主人公と恋人候補との相性にもかかわるため、星座占いなどだけでなく、初期パラメータ設定時からゲームそのものに影響をあたえる場合もある。もっとも、これは虫の名前が登場するもののそれ自体はさして意味をもたないパターンの一例と言えよう。

 他にも光や死体に群がる虫など、その活躍(?)の場は枚挙にいとまがないが、さすがに長くなってしまったので別の機会に譲りたい。

 虫はその小ささにくわえ、演技指導や描写の難しさからかつては映像メディアでのあつかいが容易ではなく、それが改善されるにはCGの普及を待つこととなった。そうした技術はしだいに新しいメディアにも導入され、その結果ゲームにおいても虫を操作したり、敵として現れたときの恐怖や嫌悪感が増大したり、あるいはゲームの世界観を伝えるのにも使われるようになった。とはいえそのあつかいはしばしばぞんざいであり、一部の例外をのぞいてまだまだ不遇の存在と言えるだろう。

 我々にとってもっとも身近な生物でありながら、どこか不気味さも感じる、しかし冒頭で述べたようにSDGsをはじめとする環境問題を考えるうえでも今後ますます注目されるであろう存在、それが虫だ。現実の虫に対する世間の目が変わった時、その影である―プラトンの洞窟の比喩のように―ゲーム世界の虫たちに対する我々の意識もまた、アップデートされることだろう。ならば(幸か不幸かそうすべき理由もある)今のうちに各々の洞窟にこもって電脳空間の“バグ”と戯れることで、文字どおりプリミティブ(原始的)な経験を享受するのも悪くないのではないだろうか。

(メイン画像=Unsplashより)

※以下、本記事内のリンク先には虫やその加工物の画像が含まれることがあるので注意。

〈Source〉
(※1)東海テレビ、2021「11月からは“スズメバチ”入荷予定…『昆虫食の自動販売機』が登場 コオロギ等9種類で全て1000円」 https://www.tokai-tv.com/tokainews/feature/article_20211005_12349
(※2)京都新聞、2020「レトロ自動販売機の聖地」で懐かしのメニューを食べ尽くしてみた(2020年9月、京都府舞鶴市・ドライブインダルマ)」 https://www.youtube.com/watch?v=s4Cwrfg5Dsc
(※3)ゆきどっぐ、2021「昆虫食に関心高まる 環境問題解決の糸口にも? 専門家「多様性、子どもに伝えて」」朝日新聞EduA. https://www.asahi.com/edua/article/14421975
(※4)赤星千春、2020「昆虫食自販機が都内でひそかに増加中 女性向けに特化した商品も」日経クロストレンド. https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/watch/00013/01118/
(※5)Mukae, Shunsuke. 2019. “How Do Insects Facilitate Gaming Experiences?: Avatar, Symbol and Horror.” Replaying Japan, August 2019 in Kyoto, Japan. https://drive.google.com/file/d/1J3rdk3TY6T2B_wOL679Lau7iKllXjKTN/view
(※6)本稿執筆時点での最新のものとしては、保科英人ほか編著『サブカル昆虫文化論 』(総合科学出版、2021)や、『昆虫と自然』2021年12月号(北隆館、2021)の文化昆虫学特集など。
(※7)Hogue, Charles L. 1980. “Commentaries in Cultural Entomology: 1. Definition of Cultural Entomology.” Entomological News. 91 (2): 33–36.
(※8)Hogue, Charles L. 1987. “Cultural Entomology.” Annual Reviews of Entomology 32: 181–99.
(※9)とくにEthnoentomology (https://www.ethnoentomology.cz) は、査読雑誌ながら投稿・閲覧費用が無料で、映画やゲーム関連の論文も掲載されている。
(※10)保科英人・宮ノ下明大、2019『大衆文化のなかの虫たち』論創社、13.
(※11)見取り図としては『アキバ系文化昆虫学~2次元世界の美少女の虫たちへの想い~』(保科英人 2013、牧歌舎)がわかりやすい。より新しい事例については『「文化昆虫学」の教科書』やEthnoentology誌掲載の保科の論文を参照。
(※12)保科英人・宮ノ下明大、Ibid. 226.
(※13)宮ノ下明大、2014「映画(特撮・アニメ・実写)に登場する昆虫」、三橋淳・小西正康編『文化昆虫学事始め』創森社、242-271. などをもとに筆者作成
(※14)Leskosky, Richard J., and May R. Berenbaum. 1988. “Insects in Animated Films: Not All “Bugs” Are Bunnies.” Bulletin of the Entomology Society of America. 34: 55-63.
(※15)英語版Wikipediaには日本語版にはないトンボと邪悪さについての記述がある。https://en.wikipedia.org/wiki/Dragonfly#In_culture
(※16)制作がデジタル環境で完結するメディアのこと
(※17)CGや手描きの絵ではなく画面上のドットでグラフィックをデザインするスタッフのこと
(※18)保科 2013、133-142. シリーズタイトルすべてを確認したわけではないものの、『ウィザードリィ』シリーズ全体でもそこまで傾向に差はないと思われる。
(※19)『6』のリップス(なめくじ)など、まったくいないわけではないが、割合からみて例外的な部類と言える。
(※20)スクウェア・エニックス、2012『ドラゴンクエスト15thアニバーサリー モンスター大図鑑』スクウェア・エニックス。
(※21)唯一MP部門に「ブラックモス」が入っている。ここでは触れないが虫と魔法の関係というのも面白いかもしれない。
(※22)https://zukan.pokemon.co.jp/
(※23)※本稿執筆時点(2021年10月現在)の総数。
(※24)登場するモンスターは有志によって種別ごとにまとめられている。https://dic.pixiv.net/a/甲虫種
(※25)保科 Ibid.
(※26)本作は2人の主人公別に『めのう編』と『輝夜編』がある。
(※27)シナリオによっては土蜘蛛が登場するなど、本作でもクモは大きな存在感がある。

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