森美術館館長・片岡真実が語る“コロナ禍での美術館運営”の苦悩と活路 「50年くらい時計の針を進めることになったかも」

森美術館・片岡館長とコロナ禍の美術館運営

 新型コロナウイルスの感染拡大による影響は、各業界に多大なる影響を及ぼしており、世界の美術館もその煽りを大きく受けている。その状況を打破すべく、オンラインへの移行やデジタル化は進んでおり、世界的な動きの一つとしてショートムービープラットフォーム・TikTokの活用事例も目立つ。

 今年5月に開催された世界の美術館・博物館リレー生配信「#MuseumMoment」は、世界23のミュージアムが参加し、200万人の視聴者数を記録した。今回は同配信に日本から参加した森美術館の館長・片岡真実氏をインタビュー。2020年1月1日の館長就任から間もなくやってきたコロナ禍に、森美術館と片岡氏はどう対応したのか。この一年半の試行錯誤と、思わぬ形でDX化に成功した美術業界の裏側などを聞いた。(編集部)

コロナで美術業界は50年分前へと進んだ?

森美術館・片岡真実館長
森美術館・片岡真実館長

ーー片岡さんが館長に就任されたのが2020年1月と、コロナの流行直前でかなり大変な時期だったかと思います。コロナ前後の変化を、時系列順にお話いただけますか?

片岡:就任してすぐの1月は海外出張にも行きましたが、その後急速に状況が変わり、森美術館で予定されていた様々なイベントもキャンセルとなりました。いつ終わるかわからず、正解もないので暗中模索という感じでしたね。数か月経っても終息の兆しは見えず、専門家からも「あと2〜3年は続く」という声が上がり始め、これは長期戦になるなという雰囲気が館内に漂ってきました。

ーー長期戦になるとわかって、それをふまえた美術館運営を考え始めたのは夏ぐらいですか?

片岡:もっと早くからですね。2月末には閉館して、3月は全員リモートワークに移行。4月22日開幕予定だった「STARS展」が3ヶ月以上延期になり、代わりにできることとして考えたのが、オンラインプログラムでした。森美術館はSNSやウェブサイトでの告知は行っていましたが、オンライン向けのプログラムはほとんどありませんでした。急いで各部署の担当者を決め、打ち合わせを始めたのが4月頭です。4月末には「MAMデジタル」を立ち上げ、5月には展覧会の3Dウォークスルー、オンライン上映プログラム、世界各地のアーティストから寄せられた料理写真とレシピをSNSで紹介する「アーティスト・クックブック by MAM」などを開始しました。本当にバタバタでしたけど。

 一方、アメリカの美術館などはオンラインプログラムをすぐに始めていました。それはアーティストのインタビューをオンライン化するなどリソースの蓄積があったからだと思います。

ーー緊急事態宣言を受けてというよりは、早い時期に長期戦を覚悟されていて、オンラインプログラムを立ち上げたんですか。

片岡:はい。展覧会はすぐに中止や撤去ができません。1〜2年前から借用の準備などを進めるので、果たして延長できるのか、作家の側の都合はどうか、次の展覧会の会期も延期できるのか、といった課題が一気に押し寄せてきました。作家一人ひとりに状況を聞いてプログラムを作り直す形になりましたが、これが世界中の美術館でいっせいに起こっていたわけですから、それはもう大変です。

ーー作家さんや国によっても対応が違ってきますし、全部一気に延長できるわけでもないですからね。

片岡:展覧会のスケジュール調整が難しいのは、巡回展ではなおさらです。森美術館から巡回した「塩田千春展」は、2019年12月に釜山で開幕し、その後オーストラリアと台湾に巡回する予定でしたが、先が見えなくなり、一旦日本に作品を戻さなければなりませんでした。木箱40個程の物量を保管する場所を探すのにも苦労しました。

ーー当初は慣れない状況での苦労があったと思います。2020年後半になると仕組みが整ってきて、ようやく前向きなアクションがとれるようになったのではないでしょうか?

片岡:2020年9月に美術館を再開して改めて気づいたのは、森美術館は海外からのお客様がすごく多かったということ。展覧会にもよりますが、3~4割がインバウンドでした。再開したものの、入場者数はなかなか回復しなかったですね。「MAMデジタル」は当初から、コロナ禍が終息しても継続するだろうと考えていました。今回の経験で、コロナ禍に関係なく美術館に簡単には来られない方々の存在を意識することとなり、その方たちにアートを届け続けようと。

 招聘したアーティストのトークなど、ラーニングプログラムは、すべてオンラインに切り替わりました。ソーシャルメディアを使ったギャラリーツアーも始めました。どうすれば伝わりやすいのか、試行錯誤の連続でしたね。作品の詳細なクオリティや臨場感を伝えるために展示室からSNSでのライブツアーを、スマホを持って自分の目線を共有するスタイルでやったところ数万回再生され、これはひとつの形としてありなのかなと感じました。

ーーそこで良い結果が出たことが、より積極的にSNSやオンラインツールを使って発信していくきっかけになったのでしょうか。

片岡:他に選択肢が無かったという方が正しいかも。館内からは「全部見せていいの?」という声もありましたが、作品の素材感やスケール感など、リアルな空間でないと伝わらないものが確実にあることも実感していました。

ーーオンラインで見て、そのあと実物を見たときにどう思わせられるかにフォーカスしたんですね。

片岡:オンラインでなければできないこともありますが、リアルでないと伝わらないこともたくさんある、役割分担の重要性を感じました。オンラインで展覧会を見た気になる、という懸念を超え、実際にリアルで体験したいと思う展示の強度が求められる。美術館空間における展覧会の意味を再考させられました。

ーーIT企業やVR、AR芸術に携わる方々にお話を伺うと「コロナになって、良くも悪くも10年くらい時計が前に進んだ」とおっしゃっています。森美術館さんも、仕組み作りやより多様な方法での発信という点において、そのような実感はありますか。

片岡:ほんとに10年分が一気に進んだなと思います。これまで美術館同士の作品の貸し借りには、作品に同行して状態をチェックする随行員(クーリエ)がいました。しかし、作品は輸送できてもクーリエが渡航できないという状況になり、「バーチャルクーリエ」という言葉もできて、リモート環境で、カメラ越しに作品の状態を確認するようになりました。クーリエ不要論はなかなか考えられないことでしたが、バーチャルでも良いという認識になったことは、もしかすると50年くらい時計の針を進めることになったのかもしれません。

未来の人たちにとって貴重な資料となるような、アーティストの記録を残したい

森美術館のTikTok LIVEより、ミリアム・カーン《無題》(1999)
森美術館のTikTok LIVEより、ミリアム・カーン《無題》(1999)

ーーTikTokとの取り組みも新たなアプローチの1つですが、アートを発信するツールとしてのイメージはあまり強くないですよね。タッグを組んだ背景を教えてください。

片岡:コロナ禍以降、世界の美術館・博物館といかに繋がり続けられるかが大きな課題となりました。個々の美術館が様々に発信しても、多すぎてわからないという声も聞かれるようになりました。そのようななか、TikTokで行われた世界の美術館・博物館リレー生配信「#MuseumMoment」は、世界のミュージアムとの繋がりという意味で、大変良いイベントでしたね。世界中の“ミュージアム好き”にまとまってアプローチできたらと考えました。

ーー実際にイベント全体で240万人が視聴したんですよね。

片岡:森美術館の合計視聴回数は8万6000回でした。単独のインスタライブでは3万回視聴されれば良い方なので、かなりインパクトのある数字ですね。

森美術館のTikTok LIVEより、宮本和子《黒い芥子》(1979)
森美術館のTikTok LIVEより、宮本和子《黒い芥子》(1979)

ーーアプローチできた層も違うでしょうからね。TikTokは個性の強いプラットフォームですが、TikTokだからこそできることや、特有のおもしろさを感じられた部分はありますか?

片岡:開催中の「アナザーエナジー展」から、アーティストのインタビューをTikTokに出したら、いきなり20万回再生を記録し、TikTokが持つ可能性の高さを感じました。他のアプリではなくTikTokを選ぶ理由は、これから模索していくところです。世界にアプローチするツールではあるものの、言語の問題もありますから。

ーー最近翻訳機能がローンチされたようです。日本語で話している動画をアメリカで視聴すると、英語で字幕が出るみたいですね。

片岡:そうなんですね。翻訳機能はとても良いと思います。日本の現代アートの海外発信における課題のひとつは「言語」です。アーティストのトークなども同時通訳で配信をするのはかなりコストがかかるため、日本語だけになりがちです。それはオンラインでもオフラインでも同様です。

ーー日本のアート作品って、海外の方から見ると情報が少ないですよね。情報を発信していく上での課題を考えると、片岡さんがおっしゃるように言語が大きな障壁なのかなと。

片岡:ひとつの大きい壁ですね。パンデミック前は海外からの観光客は急増していました。日本に興味はあるけど来たことがない方はまだ大勢いるはずです。関心がある分野についての詳しい動画が見られれば、来る・来ないに関わらず、貴重な情報になりますよね。

@moriartmuseum

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♬ オリジナル楽曲 – 森美術館 Mori Art Museum – Mori Art Museum 森美術館

ーーそういう人たちに情報を発信できるのはすごく有意義ですね。「アナザーエナジー展」の20万回再生もあり手応えを感じられていると思いますが、今後どういった発信をしていく予定ですか?

片岡:未来の人たちに向けて、アーティストの記録を残していくような発信をしたいです。

 「アナザーエナジー展」では、展示の中で各アーティストのインタビュー動画を見せています。美術展は作品を見るところ、という固定観念もあると思いますが、今回の展覧会は50年以上のキャリアがある70歳以上の女性アーティストという枠組みなので、それぞれがどんな生き方をしてきて、どういう考え方をもっているのか、あとは継続するためのモチベーションなど、アーティストの人生も伝えたいと思いました。

その一部をTikTokにも上げているので、作品を見る前に「どんな人なんだろう?」と興味をもってもらえたらいいですね。

 今後の展覧会でも、コンセプトによっては動画配信はアリかなと思っています。これまで「六本木クロッシング展」(※)では短い作家動画をウェブサイトに上げたこともありますが、それが将来的なアーカイブになっていくと良いと思います。

 いま一生懸命行っているインタビューも、10〜20年後に見ると貴重な資料になっているはずです。もしいま、葛飾北斎のインタビュー動画があったとしたらすごく見たい。現代を扱う美術は、未来の人たちへの記録の役割もありますから。

※森美術館で3年に一度、日本のアートシーンを紹介するコンセプトで開催しているシリーズ展。

ーー作品以外の形で記録を残していくとなると、動画やインタビューはいい資料となりそうですね。

片岡:現代美術館は、基本的に“いまを生きている作家”と仕事をする美術館です。それが近代以前の作品を扱う美術館との大きな違いです。

ーーそれは1つのアドバンテージになりますよね。

片岡:アドバンテージというか、アーティストたちの思想を本人の言葉や表情で伝えることも役割のひとつだと思います。

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