「ラクガキ音楽」の系譜 ーー『ラクガキ王国』~『ラクガキ キングダム』までの歩みを振り返る
2021年1月28日に、タイトーからスマートフォン用ゲーム『ラクガキ キングダム』が配信された。2002年から2004年にかけてプレイステーション2用ソフトとして発売された「ラクガキ王国」シリーズのコンセプトやシステムをベースに十数年ぶりに制作された完全新作タイトルであり、タイトーサウンドチームZUNTATAの下田祐のサウンドディレクションのもと、ゲストコンポーザーに伊藤賢治、岩垂徳行、菊田裕樹、黒田英明、古代祐三、桜庭統、Shade、下村陽子、中島享生、なるけみちこ、西木康智が迎えられた音楽制作陣の豪華さも話題となった。今回は、『ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国』『ラクガキ王国2 魔王城の戦い』から『ラクガキ キングダム』への歩みを辿りながら、三代にわたる“ラクガキ音楽”の系譜を紐解いていきたい。
『ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国』
見知らぬ空き地で目覚めたプレイヤーが、少女ヒバナ・弟分のタローと共にラクガキ大会で優勝を目指すシリーズ第1作『ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国』は、2002年3月20日に発売された。開発を手がけたガラクタスタジオは、「まったく新しいゲームを質の高い名作にまで昇華させリリースしていく」ことをコンセプトに設立されたタイトーの特別制作チーム。渡辺修司(現・立命館大学映像学部映像学科准教授)がディレクターを務め、日本アニメーションの「世界名作劇場」シリーズや、スタジオジブリの『となりのトトロ』『おもひでぽろぽろ』などに携わった佐藤好春がアートディレクターに起用された(佐藤は2009年3月までタイトーに在籍)。ゲームシステムでは、2Dキャラクターを3Dキャラクターに変換するプログラム(五十嵐健夫【現・東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻教授】が学生時代の1999年8月に発表した論文「手書きスケッチによるモデリングシステムTeddy(Teddy: A Sketching Interface for 3D Freefrom Design)」の基本概念を参考にして作成された)により、「ラクガキ」の立体化と可動を実現。プレイヤーの自由な発想力を活かしたつくりが話題となった。
また、本作にファイトプログラマー(バトル班スタッフ)として参加していた人物が、『東方Project』の生みの親であるZUN(太田順也)であり、同作の主人公である博麗霊夢に似た巫女風のキャラクター「ハクレイのミコ」がゲーム中の隠し要素として登場する(ちなみに、東方Projectの第6弾作品であり、Windows対応第1弾作品となる『東方紅魔郷 ~ the Embodiment of Scarlet Devil.』は同年8月のコミックマーケット62で頒布された)。
■TGS2019ラインナップ紹介+ラクガキステージ Side COLLABORATION
出演:山田哲、五十嵐健夫、伊藤彰宏、下里陽一
2019年9月12日放送
https://youtu.be/xCHIUWH6fyA
■TGS2019 ラクガキステージSide ”HISTORY of ラクガキ王国”
出演:ZUN、丹沢悠一、下里陽一
2019年9月12日放送
https://youtu.be/hL8xGXah-bY
初代『ラクガキ王国』は、精力的なプロモーションやタイアップが当時展開された。ゲームの【シネアド/https://youtu.be/ofnvKHmRKoo】(映画館用CM)がスタジオジブリの『千と千尋の神隠し』(2001年7月20日公開)の上映館で流され、秋の東京ゲームショウの出展に先がけ、第40回日本SF大会(2001年8月18日・19日開催)に試遊台を出展。同年9月3日から10月31日にかけて、ゲーム中に登場するラクガキを1000体分募集するユーザー参加型企画が行われた。テストプレイやイベント出演で『マップス』『轟世剣ダイ・ソード』『クロノアイズ』などで知られる漫画家の長谷川裕一が協力したほか、日本漫画家協会の協力も得て多くのクリエイターからラクガキキャラクターのデザイン提供を受け、さらにスタジオギブリ(スタジオジブリ)の『ギブリーズ episode2』(2001年7月20日公開)とのタイアップで、同作のキャラクターがゲームに実装された(スタジオジブリはゲームのエンディングアニメーションの制作にも協力している)。
発売日前後には29ヴァージョンものテレビCMを放送し、当時のギネス記録(1日17バージョン)を大幅に塗り替える挑戦をしている。ちなみに、初代『ラクガキ王国』の宣伝プロデューサーを務めた釘宮陽一郎(長谷川とは旧知の間柄である)は、本作での経験を契機として2004年にアニメ企画制作会社トラッシュスタジオを設立。スタジオジブリ作品の制作業務や、佐藤好春とのタッグによるコンテンツ制作などを行っている。
■『ラクガキ王国』TVCMでギネス記録に挑戦!
ガラクタスタジオ:http://www.garakuta-studio.com/event_topics/report/cm_guinness.html
■タイトー、PS2「ラクガキ王国」がスタジオジブリの映画とタイアップ
GAME watch:2002年1月24日掲載
https://game.watch.impress.co.jp/docs/20020124/taito.htm
■「ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国」EDアニメ rakugaki kingdom (佐藤好春/田辺修) 2001年 タイトー
2002年4月24日に主題歌・挿入歌を収録したマキシシングル「元気のカタチ」、5月9日に2枚組サウンドトラックがリリースされた。初回版サントラCDの背の部分には七色の色鉛筆が封入された凝ったつくりとなっている。メインコンポーザーは、当時、ZUNTATAのメンバーとして『レイフォース』『レイストーム』『レイクライシス』などを手がけてきたTAMAYO(河本圭代)と、『スーパーパズルボブル』『スタントタイフーン』などを手がけてきたSAYOKO(上田砂代子/現・高木砂代子)が務めた。
DISC 1には、生楽器の演奏を主体としたTAMAYOの楽曲を中心に収録。ヨーロッパとアジアの間のような雰囲気にしてほしいという音楽的オーダーを受け、TAMAYOはトルコへ旅行に赴いたという。演奏には千代正行(アコースティックギター)、田代耕一郎(チャランゴ、ウード、ドブロ、マンドリン)、吉村祐(ベース/※当時のZUNTATAメンバー)、丸尾めぐみ(アコーディオン)、高桑英世(ケーナ)、三沢またろう(パーカッション)、春名禎子(スネアドラム、ティンパニ)、弦一徹ストリングスが参加。「コンドルは飛んでいく」的イメージのフォルクローレ「風駆け抜ける大地」や、アコーディオンを交えてのルンバ・フラメンカ「海」、アラブ音楽テイストの「勝負!」「デンカッ!」、躍動的なリズム隊をフィーチャーした、民族音楽 meets フュージョンな趣の「一触即発」「血の祭り」など、青空、海、草原のヴィジュアルイメージを多彩に表現する。ティンパニをメインにしたシリアスな劇伴調の「王立闘技場」や、杉並児童合唱団のアカペラコーラスによる、粛々とした聖歌のごとき「最後の戦い -無色-」(日本語詞・作曲:TAMAYO/イタリア語詞:小宮一浩)の存在感もきわめて大きい。また、「最果ての町で」「一番の喜び」「本性」「止められない民衆」のストリングスアレンジは、当時、劇伴作曲家として頭角を現し始めた吉俣良が手がけていることも見逃せない。
■月刊ZUNTATA NIGHT3月号 ラクガキキングダム大特集
出演:石川勝久(ZUNTATA)、下田祐(ZUNTATA)、TAMAYO、石垣秀基(HIDE×HIDE)、尾上秀樹(HIDE×HIDE)
2021年3月24日放送
DISC 2には打ち込みを主体としたSAYOKOの楽曲を中心に収録。バックに風の音が吹抜け、侘び寂びを感じさせる「空に浮かぶ草原」や、祭囃子のような6拍子のリズムが楽しげなムードを醸す「ガラクタ市場」、ハープとパーカッションの絡みが切ない「モノの生まれた場所」など、アコースティック楽器の音色をメインに、ゆったりと優しいメロディを紡ぎ出す。ラクガキ作成時に流れる口笛が印象的な楽曲「ラクガキノート」は1ループが4分近くに及ぶ構成で、不思議と聴き疲れしない。本作を象徴する楽曲の一つであり、ずっと聴いていたいと思わせる「作業用BGM」としても素晴らしい。また、サントラには古楽器/空想楽器合奏団「ロバの音楽座」の編曲・演奏による「ガラクタ市場」「ラクガキノート」のアレンジヴァージョンが収録されている。楽団はこの後『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』や『ゲド戦記』の音楽演奏に参加するなど、さらに活躍の場を広げていく。さらに、テルミン奏者 やの雪の演奏による「色の無いガラクタ市場」のアレンジ(編曲:赤城忠治・SAYOKO)も収録。テルミンの幽玄の響きを交えることで原曲のアンビエント性をさらに高めている。また、SAYOKOは本作がきっかけの一つとなり、自らもテルミンを弾き始める。タイトー退社後にテルミン奏者に転身した彼女は、クラシックから即興パフォーマンスまでこなす幅広い演奏活動を行なっている。
主題歌・挿入歌に参加したフォーデュエルは、nana、岩切玲子、tomotomo、山下由紀子の4人が参加したヴォーカルユニット。オープニングテーマ「元気のカタチ」(歌:nana)とエンディングテーマ「はだしで帰ろう」(歌:tomotomo)の作詞・作曲・演奏は、同年に木村ミツテルとREFELYを結成するマルチミュージシャンの南葉洋平(現・The Recreations)が手がけており、前曲では口笛やブラスサウンドがフレッシュな彩を与え、後曲ではレトロ感のあるアコースティック・ポップスを聴かせる。REFELYではブレイクビーツやディスコポップ、ガレージロックなどをグルーヴィーにミックスし、The Recreations では60~70’sブリティッシュ/アメリカンポップの甘酸っぱさをネオアコ、パワーポップ、オルタナティヴ・ロックと融合させるなど、一貫してハイブリッドな音楽性を発揮しているポップミュージックマエストロの初期の活動としても興味深い楽曲だ。TAMAYO作詞・作曲による挿入歌「ココロノイロ」(歌:山下由紀子)は、歌詞にイタリア語の色の名前が散りばめられた、しっとりと郷愁を誘うアコースティックバラード。同曲はマキシシングルに日本語ヴァージョン(歌:岩切玲子)が収録されている。岩切はビーイング系アーティストの楽曲へのコーラス参加や、WANDSの大島こうすけが1993年に結成(1997年に解散)したバンド SO-Fi(ソフィー)の初代ヴォーカリストとして知られた人物である。
『ラクガキ王国2 魔王城の戦い』
NHK教育テレビで2001年4月から2007年3月にかけて放送された視聴者参加型番組『天才ビットくん』に2002年に登場したラクガキ対戦コーナー「グラモンバトル」は、初代『ラクガキ王国』のゲームエンジンを使用しており、一種のスピンオフといえるものだった。後に、プレイステーション2用ソフト(2003年9月18日)とニンテンドーゲームキューブ用ソフト(2003年10月3日)として『天才ビットくん グラモンバトル』が発売された。その後、2004年9月22日にシリーズ第2作『ラクガキ王国2 魔王城の戦い』が発売。前作とのつながりはなく、千年前に勇者によって魔王が封印されたキャンバス王国が舞台となり、メインキャラクターは王子ピクセルとハコイヌのパステルに代わり、童話風のファンタジー世界に一新された。ジャンルもRPGからアクションゲームに変わり、プレイヤーは描いたラクガキに任意に変身し、操作して戦うことになる。アートディレクターは前作に引き続き佐藤好春が務め、オープニング&エンディングアニメーションをSTUDIO 4℃が制作。前作でシステムプランナーだった井上治がチーフディレクターを、太田顕喜(秋タカシ)がディレクター兼シナリオライターを務め、プランナーには、後にスクウェア・エニックスで『LORD of VERMILION III』や『星と翼のパラドクス』などのプロデュースを手がける丹沢悠一が名を連ねていた。初代『ラクガキ王国』をユーザーとしてプレイし、そのシステムに魅了された丹沢は、続編制作を熱望してタイトーへ入社したというエピソードを持つ。2004年の東京ゲームショウでは、空手道着を着た「ラクガキの達人」としてステージイベントに出演し、ラクガキキャラクター作成のデモンストレーションを行っていた。
■「ラクガキ王国2 魔王城の戦い」インタビュー アートディレクター 佐藤好春氏
GAME Watch:2004年9月21日掲載
https://game.watch.impress.co.jp/docs/20040921/raku.htm
■達人のラクガキ超絶テクに榎本温子さんもびっくり!『ラクガキ王国2』ステージ
電撃オンライン:2004年9月25日掲載
https://dengekionline.com/data/news/2004/9/25/28b0dc1d90bb4b25b6dcfcceb3ef7a60.html
本作のサウンドは『クロノ・トリガー』『クロノ・クロス』『ゼノギアス』『ゼノサーガ エピソードI[力への意志]』などを手がけてきた光田康典が率いる音楽制作会社プロキオン・スタジオが担当し、光田がメインコンポーザーを務めた。2004年9月23日にサウンドトラック『箱の庭』が、プロキオン・スタジオの自社レーベル〈スレイベルズ〉からリリースされている。流通ルートを大幅に広げ、インディーズからメジャーレーベルに昇格して間もない頃に制作されたアルバムでもあった。本作は、前作『ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国』のアコースティック路線を継承しつつ、一つの音楽的挑戦が試みられている。光田の音楽性の核であり、『クロノ・クロス』や、『ゼノギアス』のアレンジサウンドトラックなどで聴かせた濃厚なトラッド・ミクスチャーサウンドや、『ゼノサーガ エピソードI』で聴かせたオーケストレーションをあえて「封印」して臨んでいるのだ。
今回は、ゲームの趣旨でもある“らくがき”を描くように、音楽も肩の力を抜き、思いつくアイディアを素直に形にしてみようと、制作に入る時にまず思った。
またある意味、“自分の中の縛られ要素”の一つとも言える、逆に良く言えば“自分の得意技”と言える要素をあえてここで封印することで、今までの自分にない曲を書きたいとも思った。サウンドディレクターからは使用楽器を限定され、使える色を抑えられたことで、その制限の中から生まれる何かに期待が膨らんだ。
「渡された色鉛筆と画用紙だけで何が描けるのか?」――これは、自分でも何が出てくるかわからないという、非常に楽しみなコンセプトであった。『箱の庭』ライナーノート(光田康典)より
楽器選択においてはドラムセットやギターは使わず、ピアノ、アコーディオン、マリンバ、パーカッション、リコーダー、ストリングスを主体としている。ラクガキ作成時BGM「らくがき」は、ほぼマリンバの独奏によるシンプルなつくりだ。おもちゃ箱のようなファンタジックな世界観をシアトリカルな構成で表現した「物語は此処から」や、ほのぼのとしたアンサンブルが微笑ましい「ちくりどり」「風車のみえる丘」「風の玉手箱」があり、「二人でお茶を」風のジャズピアノ小品「我が侭な女の子」「独りよがりな紳士」や、ワルツ調の「華舞踏」「小さな友情」があり、カントリー風味の陽気なポップチューン「仙・人・掌」、タブラとボイスパーカッションのグルーヴが典雅な室内楽の響きと不思議なコントラストをなす「砂の塔」、ハンドクラップとパーカッションが爽やかなアクセントをもたらす「軌跡」、柔らかな音色で巧みに緊張感を演出する「腕試し」「最終決戦」がある。無国籍でミニマムなポップサウンドが時に楽しげに、時に妖しげにひしめく本作はこれまでと趣は異なっているが、光田のゲーム音楽キャリアの原点である『クロノ・トリガー』から連綿と続くメロディセンスがあちこちで光っており、琴線をくすぐる。「氷炎回廊」や「少年の小さな希望、小さな息吹き」をじっくりと聴いてみてほしい。音楽性を見つめ直したことで新たな境地に達した貴重な一枚であり、その魅力は今なお色あせない。