Ken Ishii×中塚武×宇出津和仁と『パックマン』を起点に考える「ゲーム音楽とクラブミュージックの好相性」
『パックマン』だからこそ、色んな人がエンジョイできるものになる」(Ken)
――今回、Kenさんと中塚さんは『パックマン』の40周年を記念して企画されたコンピレーションアルバム『JOIN THE PAC - PAC-MAN 40th ANNIVERSARY ALBUM -』に楽曲を提供されています。Kenさんが担当された楽曲の「JOIN THE PAC」というタイトルは、『パックマン』の40周年のキャンペーンテーマでもありますね。
Ken:僕のところに話が来た時点で、「JOIN THE PAC」というテーマが既に用意されていたんです。曲をつくらせてもらうのは光栄ですし、僕は『パックマン』のイメージをできるだけひねらないで、いかにストレートにできるかを考えていきました。でも、底抜けに明るい曲をつくるのって、結構難しいんですよ(笑)。ちょっとした旋律でも、この10年で一番と言えるくらいやり直しをしたと思います。セッションファイルも膨大なものになってしまって(笑)。僕にとっては、楽しくもあり難しくもある曲でした。
中塚:でも、完成されたものを聴くと、さっきもお話した初期衝動がすごく感じられる曲になっていると思いました。それをむき出しにするために、試行錯誤を重ねられたんですね。
Ken:そうですね。たとえば、多少クラブっぽいものに寄せるとか、ゲームっぽい音に寄せるとか、多少自分が出しゃばるか出しゃばらないかというさじ加減の部分を調節しました。その中で、「これはストレートに突っ切るものにしよう」と決めていった感じでした。
――「JOIN THE PAC」には、パックマンがクッキーを食べる音や、ゴーストが動き回る音、オリジナル版のOPテーマの音など、『パックマン』にまつわる色々な音が詰め込まれています。コーヒーブレイク(幕間のアニメーション)の曲以外は全部使ったそうですね。
Ken:そうですね。あと、制作中に面白かったのは、『パックマン』の音楽の波形が見られたことで。そのほとんどが、ほぼ波のない形で、音圧が高いわけでもないのに、ほぼ塊のような不思議な波形になっていました。つまり、音階や音の切れ目が、波形からは分からないようなものだったんです。それに、テンポもジャストではなく、微妙にズレていたりもして、「絶妙なバランスで成立しているんだな」と思いました。よくあの時代に、三連符を急に入れたり、メインのフレーズに急に細かい音を入れたりしていたな、と驚きました。
――ちょうどこの間、岩谷さんを含む1作目のスタッフの方々に当時のお話をうかがったのですが、『パックマン』のOPテーマはビートにジャストのタイミングでつくられていたものを意図的にずらし、モタっとしたビートに変える作業がなされているそうです。
中塚:へええ、なるほど!
Ken:その方が、耳に残るものをつくれる、ということなんでしょうね。
中塚:実際、あの音を聴くだけで引き込まれるというか、当時の記憶が蘇るような感覚がありますよね。あれってわざとだったんだ……。やられたなぁ。
Ken:あのOPテーマのBPMはだいたい113か114BPM程度なんですが、それもきっちりジャストではなかったりして、タイムストレッチでBPM130に変えようとしても、ソフトではほとんど上手くいかないんです。それで、今回は自分で音を全部細かく切って、それを自然に聞こえるようにしていきました。そういうものが必要なぐらい、絶妙な匙加減で音がズラされていて、上手くピッチが操作できないようなものになっていたんです。それを知って、「絶妙なバランスで成立しているんだな」と思ったし、その苦労もかなり楽しかったですね。
――なるほど。一見シンプルに聴こえるものの、実は奇跡的なバランスで成立していた、と。
Ken:あとは、せっかく僕に話をいただいたので、クラブトラックとしても聴けるようなテクノっぽさは意識しましたし、実際にクラブで大きい音で聴いたときに、鳴りがいいようにも考えていきました。
中塚:僕も聴かせていただいて大好きな曲だったんですけど、ひとつひとつの音の住み分けができていて、とにかく音の分離がすごくいいですよね。Kenさんも言われていた通り、僕らがもらった『パックマン』の素材は、波形で見ても全部同じところに音があったんです。それを、Kenさんがすごく上手く分離させていて。箱を問わずにいい鳴りが出そうな気がします。それは、僕がもともとKenさんの音楽に感じていた魅力とも通じる部分です。
宇出津:「JOIN THE PAC」は、MV撮影もすごく面白かったですよ。この曲は(椎名林檎、東京事変、PerfumeなどのMVも手掛ける)児玉裕一さんに監督していただきましたけど、去年の8月ぐらいに、Kenさんにも来ていただいて、当社で打ち合わせをしました。
――クラブが舞台になっていて、1980年代オマージュ全開の映像からはじまるMVですね。
宇出津:Vコン(ビデオコンテ)の時点ですべて出来上がっていて、1980年代からはじまって、1990年代、2000年代と、お客さんの衣装や小物も含めて、時代がどんどん進んでいくMVになっています。つまり、このMVでは、『パックマン』が発売された1980年代から今の子どもたちまで全部を含めて、「みんなで参加しよう!」というテーマが表現されているんです。
Ken:撮影も丸一日かけた、かなり大掛かりなものでした。
宇出津: Kenさんが『パックマン』の筐体をプレイしているシーンがありますけど、実はそのシーンで使われている筐体は、一切画面が映っていないんです。というのも、実はあの筐体って、『パックマン』の発売年につくられたアメリカのもので、いつ基板が剥がれたり、ブラウン管が壊れてもおかしくない古いものだったんです。しかも、どうやらセットの建て込みのみなさんが、前日の撮影準備中に筐体をつけっぱなしにして楽しみながら準備されていたそうで、当日僕らが、向かった段階では、「筐体の電源が入らない」という状態になってしまって……(笑)。
――ああ……!!
Ken:それで、ゲーム画面の映像を撮るために急遽、MVのプロデューサーが自身で所有されていたレプリカの筐体をトラックで運んできて、撮影に使うことにしたんですよね。
宇出津:はい(笑)。なので、実はMVに映り込んでいるKenさんがプレイしている筐体は、看板の電気はつくけれども画面は一切つかない状態で、Kenさんは何も映らない筐体で遊ぶ演技をしてくださいました。修理して、今はまた電源がつくようになったんですけどね。
――なるほど。とにかく、『パックマン』の歩みを表わすMVに、1980年当時の筐体が使われていたんですね。Kenさんがもう1曲提供している「Infiltrate The PAC」はどうですか?
Ken:「Infiltrate The PAC」は、「JOIN THE PAC」とはまた違った、ひねりを入れた曲もつくってみたいと思って、「つくってもいい?」とレーベルに提案した曲でした。
――なるほど。Ken Ishiiさんから提案したものだったんですか。
Ken:そうです(笑)。「こういう感じのものもやってみたい」と思っていたものですね。
――一方、中塚さんが提供された「Ladies and PAC-MAN」は、カットアップを多用したサウンドに乗って、ゴーストがラップするような曲になっています。この曲はどんなことをイメージしてつくったのでしょう?
中塚:この曲は、4匹のゴーストが、パスザマイクしていくようなイメージでした。
――ときにゲームAIの始祖と言われることもある、それぞれに別々の動き/性格を担当してパックマンを追い詰めていくゲーム内での4匹のゴーストにちなんだものですね。
中塚:その通りです。英語ネイティブの方に、それぞれのゴーストの性格に合わせた4通りの歌詞のようなものを書いてもらってダーッと読んでもらい、その音源を持ち帰ってラップに直していきました。それをチップチューンみたいな声に加工して、ブレイクスのようなリズムに合わせて、BPM130ぐらいで曲にできたら面白そうだな、と思ったんです。そもそも、『パックマン』のアニバーサリー曲としては、30周年のときにスチャダラパーさんが「ワープトンネル feat.ロボ宙&かせきさいだぁ」を歌っていて、40周年のテーマソングがKen Ishiiさんの「JOIN THE PAC」で、既に色んな方が曲をつくっているわけですから、それなら僕も「『パックマン』というのは……」と考えるのはやめて、「今『パックマン』でこれをやってみたい」ということを素直にぶつけたいと思っていました。
Ken:僕も聴かせてもらいましたが、すごくかっこよかったですよ。こういう切り口があるんだな、と思いましたし、話を聞いていて「全部歌ってたんだ!」と驚きました(笑)。
中塚:ありがとうございます。『パックマン』が主役の曲だけではなくて、ゴーストが主役の曲があっても面白いのかな、というアイディアでした。ある意味、『パックマン』にとってのスピンオフみたいな楽曲にできたらいいな、と思っていたんです。あと、僕は『パックランド』もすごく好きなので、その要素も入れたかったんですけど、『パックランド』には『パックマン』には登場しないゴーストが出てきたりして、曲中でもオマージュしたかったので、こっそり『パックランド』のコード進行を入れました。
宇出津:えっ、そうなの!? 気づかなかった! あと、「Ladies and PAC-MAN」では僕もホーンセクションの収録に立ち会ったんですけど、これがすごく面白かったです。
――ホーンを極端にカットアップしている曲ですし、レコーディング風景がなかなか想像できない曲だと思います。完成形とはまた違ったフレーズを録音していったんですか?
中塚:「ここはカットアップしたいから、こう吹いてもらおう」と工夫をしました。ホーンの場合、吹いてくれるのは人ですから、吹くのをやめるにしても、必然的にテヌート(音を長く伸ばすこと)ではなく、もっと早い段階から吹くのをやめるための動作が入ります。
――なるほど、音をギリギリまで伸ばして、スパッと切ることは難しいんですね。
中塚:そうです。僕の場合はかなり極端にバッと切るようにしているので、その辺りを工夫していきました。MVは『NEWS ZERO』でも一緒になった杉江宏憲さんにお願いしました。
――今回の『JOIN THE PAC - PAC-MAN 40th ANNIVERSARY ALBUM -』には、お2人をはじめ、ジャンルも世代も多岐にわたるアーティストが参加しています。アルバム全編を聴いてみての感想はいかがですか?
Ken:オリジナルの『パックマン』で使われていた同じ素材を渡されても、それぞれのアーティストによってこんなにも曲が広がるんだな、と思いました。この作品にはアートワークをパッと見てイメージする以上に色々な種類の曲が入っていますが、それを繋いでいるのが『パックマン』だからこそ、色んな人たちがエンジョイできるようなものになるんだな、と改めて思いました。
――『パックマン』をテーマに色んな人が集まると、こんなにも賑やかなものになるんだと。
Ken:そうです。あのOPテーマの音さえ入っていれば、僕らが何をやっても『パックマン』の曲として成立してしまうし、一度聴いただけで世界中の人が覚えることができる魅力を持っているわけですから、これはすごいことですよね。岩谷さんが最初に『パックマン』を開発されていた頃は、現在のようにインターナショナルな人気が出ることも考えていたんでしょうかね? それとも、その時点ではまだそこまでは考えていなかったんですか?
宇出津:おそらくですが、現在のような人気が出ると思ってつくってはいらっしゃらなかったんじゃないかと思います。あくまで、「女性や子どもも楽しめるものをつくりたい」という思いによって作品が生まれて、その結果、世界にも広がっていったんだと思います。OPテーマに関しては、当時のサウンド担当の甲斐敏夫さんが、岩谷さんが好きだったオールマン・ブラザーズ・バンドのような曲をつくろうと思い、その雰囲気をハンガリーのギタリスト、ガボール・ザボからの影響に置き換えて作曲したものだったそうです。
中塚:僕がナムコにいたとき、岩谷さんは直属の上司だったので、よく飲みにも連れていってもらったんですけど、そのとき岩谷さんが連れて行ってくれるところって、コリントボール(ピンボールゲーム)やダーツなど、“ビデオゲームじゃないもの”がある場所だったんです。岩谷さんは、「中塚は世代的にビデオゲームからゲームに触れたと思うけど、それだけじゃない、電気を使わずに動く遊びも大切だよ」と言っていて。そう考えると、そのオールマン・ブラザーズの話も分かる気がします。ビデオゲームであっても、娯楽の根本というか、人の肉体性のようなものを大切にしなさい、ということをよく言ってくれていたので。