特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」(Vol.8)
バーチャルライブをもっと身軽で面白いものにーーkZm『VIRTUAL DISTORTION』実現した2人のキーマンに聞く
「バーチャルとリアルでエンタメを拡張し、それがアーティストの新たな収入に」(梶原)
ーー開発を進める上で一番苦労した点は?
寺島:kZmさんサイドから信用していただいていたこともあり、特にはありませんでした。普通のクライアントだったら、途中経過をもっと見せてほしいときっと言われていたと思います。今回も静止画でのキービジュアルなんかはもちろんお見せしてはいましたが、通しで見られるようになった時点で確認していただいた時も、修正点はほとんどありませんでした。
梶原:ヒップホップのアーティストの方は、トラックが上がってきたものにラップを乗せてすぐにリリースしてしまうみたいな形でよく共作されると思いますが、今回はそれに近い感じで、向こうから上がってきた要望にこちらが合わせて作って、そのまま投げてみたいな形でした。彼らは全部自分の思い通りにしたいというより、相手に乗っかりながら、自分の意見、表現もちゃんと示していくので、コラボレーションがDNAとしてそもそも組み込まれてますよね。
ーーVARPだけが持っている技術的優位性というと、どのような部分がそれにあたるのでしょうか?
梶原:マルチオンラインといった仕組み自体はすでにあって、オープンワールドでマルチプレイができるようなものは、仕組のベースさえ作ってしまえば、簡単なワールドさえあれば誰でも1時間くらいで作れてしまいますが、仕組みのベースを最初から作るのが意外と大変で手間がかかります。でも、VARPの場合は、イチから作るのではなく、使い回しができる、そして表現の部分はオーダーメイドでカスタマイズが可能です。それがあることで毎回作る必要がない部分はスキップしつつ、その分の時間をより表現の部分に注力することができます。だから、今回のように全部トゥーンっぽい画にできる一方で、展示会、トークセッションなどそれぞれの世界観にあった表現をバーチャルで作ることに注力できるんです。その点に関しては、他よりも優れているというよりは、自由にカスタムできるオーダーメイド感がVARPの良い部分になっています。
ーーそこにPARTYのアセットだったり、表現していく力を加えていくイメージでしょうか。
寺島:言葉にしてしまうとほかのサービス変わらない部分はどうしてもありますが、VARPには”なんかカッコいい”みたいな感覚的な部分を突き詰められる良さがあります。ストリートカルチャーに通じる感覚の部分も理解しているのがPARTYで、VARPには選択肢としてそれ以外の解があってもいいんじゃないかなと思っています。
梶原:そういう意味では『Fortnite』の「Astronomical」は、ストリートカルチャーにも通じる感覚的な部分でのカッコよさがありましたね。
ーー「Astronomical」の話が出ましたが、今回の「VIRTUAL DISTORTION」にもその影響を感じました。
梶原:同じ『Fortnite』なら、Marshmelloのバーチャルライブにも影響を受けています。「FUJI ROCK `19 EXPerience by SoftBank 5G」は、まさにそうで、あの時はコロナ禍ではありませんでしたが、未来のフェス、ライブはバーチャルとリアルが折り重なったミラーワールドになって、お互いが作用しあうようなものになると考えていましたし、5Gがテーマだったこともあって、フェスに来れなくても楽しめる方法としてあのような形で提案しましたが、VARPはその続きに位置付けられそうです。
もちろん「Astronomical」の影響もあります。オープンワールドのゲームフォーマットでエンタメを試そうよっていう感じなので、「ああ、Fortniteのあれね」と思われるのは自然なことですね。要はフォーマットの違いでしかなくて、”サードパーソンでオープンワールドで音楽ライブをやったら、ムチャクチャ楽しいよね”ということが「Astronomical」で認知も敷居も広がったというのであれば、「じゃあ、それはみんながやったほうが良くない?」 と思っているんです。今後もこういう形のライブは必ず「Astronomical」が引き合いに出されると思いますが、エンタメの形を絞る必要は全くないし、僕らとしてはこれで儲けようとはあんまり思ってないので、あくまでエンタメのフォーマットの可能性をみんなで探っていこうよっていう提案的な気持ちでやっています。
ーー5Gの普及はデジタルツインの進化に関係があると言われていますが、今後VARPは5Gでどのように進化する可能性がありますか?
梶原:5Gが普及するとリアルタイムでもバーチャルでも同じ人ように人が動くようになり、バーチャルでやったことが現実にすぐに反映されるようになります。そういう未来はとてもおもしろいし、「FUJI ROCK `19 EXPerience by SoftBank 5G」は、それを見せることができるコンテンツですし、VARPも今後は現実と融合させたいと思っています。
今回はコロナ禍ということもあってフルデジタルですが、将来的には実際のライブの演出や会場の仕掛け、アーティストが会場入りするための施策だったり、そういった部分にもバーチャルを絡めていきたいです。5Gであれば、例えば、ライブが終わった後に会場に実際に行けなかった人が、ARだったり、VRだったりで等身大のものが見られるといったことがも信帯域的にも可能になるというように、これまでは2Dの情報しか流せなかったところに、もう一次元増やした情報も流せるようになります。そうなった時にVARPという立て付けを使い、バーチャルとリアルでエンタメを拡張していきたいですね。これに関しては僕らに限らず、他社さんもどんどんやっていっていただきたいですし、そうなることでこれまでライブ、イベントに参加できなかった人にも新たに参加する機会が提供されるし、ひいてはそれがアーティストの新たな収入にもつながります。
寺島:今回の撮影は完全に無観客の状態でkZmさんにやって頂いたのですが、アーティスト側も観客の反応を見ながらできるともっと良いのかなと思いました。アーティスト自体も観客の反応を見て盛り上がる部分はあるはずなので、そこをもっとフィードバックしていきたいですね。
梶原:今後、スマートグラスが普及してくると、例えばスマートグラス上にお客さんの反応を集めて、ライブができるようになるということも考えられます。
寺島:今回も「朝にビーチのステージで走り回ったら運動した気分になりました」というコメントをTwitterで見かけたのですが、そんな風に人の気持ちを少し軽くするようなことができたらいいですよね。バーチャルとリアルがより密接になればもっとそういったことも起こるはずです。その意味ではVARPを今後、アーティスト側、観客側のお互いにとってよりインタラクティヴなものにしていきたいと思っています。
ーーワールドの中をアバターで動き回わりましたが、ビーチにしても渋谷駅前にしてもどこに移動しても細部までこだわった作りになっていました。これはユーザーが動き回ることが前提だったからでしょうか。
寺島:どこから見てもおもしろいということを前提に作りました。また「2回見て2回とも演出が違うように感じた」というコメントを見かけたのですが、見る場所によって、体験も変わってくると思います。その意味で何度やってもおもしろいということはかなり意識して作りました。
梶原:こういったバーチャルライブは他でも行われていますが、その多くはいかに派手なセットで生中継していくかに重きを置いています。ただその部分で競うとどうしても資金力がある方が勝ってしまうので、VARPでは今のテクノロジーを使って、もう少し多角的に見せるというか、もし、アーティストがもっと作りこみたいというのであればそれに応えることができるというように、アーティストの世界観の深さを調節が可能で、そうして作り上げたアーティストの世界観をユーザーに委ねることができます。
寺島:今回は「TEENAGE VIBE」などゲストを迎えた曲の映像もMVまではいかないものの、ちゃんとそれ用に撮り下ろしたものを加工してMV風にしていますし、曲も本人がライブ風に録り直してくれたので、今回のライブでしか聴けない音源になっています。また渋谷をバーチャルの中に登場させたことに関しても、kZmさんのホームタウンという意味で彼の世界観との相性も良かったと思っています。
ーー「Astronomical」との違いでいえば、見ている側からするとリアルで知っている渋谷のような場所が出てくるこのシーンは、まさにバーチャルと現実がないまぜになるような感じで印象的でした。またリアルにはできないバーチャルならではの表現もありましたね。
寺島:当初はリアルサイズの(渋谷)QFRONTのビジョンを置くだけという案も出ていたのですが、スマホで見るということ、バーチャルでしかできないということを考えた場合、ああいったバーチャルの渋谷に現実では見ることができないサイズのビジョンを置くのもいいんじゃないかなと思いました。
梶原:渋谷のシーンなんかはすごく隙間が沢山あって、隙間から映像が見えていい感じになっています。そこに関しては最初は細かく作っていたのですが、あえてサイズ感を十倍にしてみたんです。開発に使える時間と予算の中でそういった部分をいかにおもしろくしていくか、という調整も楽しい時間でした。
ーー実際に今回のライブを見て、VARPには複数のIPが参入できる可能性を感じましたが、そういったことも想定して作られているのでしょうか?
梶原:もちろん想定していますし、逆にいうとそれぞれが参入できるように作っています。VARPは裏側の仕組みだけで中身はほぼイチから作れるので、kZmさんがこれを発展させてファンコミュニティをバーチャル上に作りたいというのであれば、彼のプラットフォームとして彼の名前でリリースすることができますし、他のアーティストでもそれが可能です。だから、色々なIPをプラットフォームとして世の中に出していくこともしたいですね。VARPはバーチャルの中でもアーティストの世界観を守ったり、一緒に作っていけるようなアーティストに向いているのかもしれません。