連載:音楽機材とテクノロジー(第二回)後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)

ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文に聞く ロックバンドは“低域”とどう向き合うべきか?

 「日本はヘッドフォンでやってる子達が先に革命を起こしてる」

ーー脱線しましたけれど、つまりはモニター機材やスタジオの環境が声の出し方にも影響を与えている、ということですね。

後藤:一概には言えないですけどね。機材の面も絶対大きいし、練習環境もあるし、あとはルームアコースティックがすごく重要。録音した音源をミックスする部屋の鳴り方がサウンドに影響を与えてると僕は思うんです。

ーーなるほど。『凍った脳みそ』でも書かれていましたね。「音の鳴り方というのは、スピーカーを良くすればいいというのではなく、壁や部屋の反響が大きい」と。

後藤:そう。僕が今回出会った音響パネルの会社のお爺さんは、部屋で7割決まるって言ってましたね。いくら良いスピーカーにしても、その部屋の鳴り方を整えないと音が聴こえない。実際、自分が体験したのもそういうことだったんですよ。だから、そういった建物とか文化環境的な問題だったりするのかもしれないし、あとはテレビ向けに作ったせいかもしれないし、何が原因なのかははっきり言えないけれど、どういうわけか日本の音楽はすごく上ずっていて。一方で、海外はトラップ以降のサブベースがポップ・ミュージックの主流になり始めたから、要は低域の使い方の差がめちゃくちゃ広がってしまったんですよ。

ーーあと、いわゆるAKB48を中心にした女性アイドルシーンに関しては、秋元康さんの影響力が強いというのはあるかもしれないですね。僕は直接インタビューで聞いたことがあるんですけれど、秋元康さんは音域に関しての持論があって。原体験が鹿児島の漁港のスピーカーだ、と。

後藤:僕もその話、聞いたことがあります。トシちゃん(田原俊彦)ですよね。

ーーそうそう。田原俊彦の「NINJIN娘」が鹿児島の漁港の割れそうなスピーカーで鳴ってるのを聴いて「これがポップスなんだ」と実感した、と。だからAKB48の制作でもエンジニアとかディレクターに「いい低音が鳴ってるでしょう」って言われると僕は全部下げるんだ、って言っていた。

後藤:それに関しては明確な反論が一個だけあって。今や漁港のスピーカーで音楽を聴いてる人はほとんどいないんですよ。鹿児島の漁港であっても、今の人はiPhoneにイヤホンで聴いてるから。もちろん、かつてはそういう時代もあったかもしれない。80年代にはラージスピーカーとラジカセを両方使ってチェックしていたと聞きました。でも、今はそういう時代じゃなくなってきちゃった。

ーーですよね。安価で高音質なイヤホンも増えたし、ポップミュージックの最終的なアウトプットのあり方が変わってきた。

後藤:そうです。回線の速度によっては解像度が低いかもしれないけれど、僕らがスタジオで聴いてる音と、音域のレンジがかなり近くなりましたね。だから、逆にヘッドフォンとかイヤホンでトラックを作ってる人の方がフラットな音響を獲得してて、バンドがスタジオで録るよりも音がよかったりする。特に日本だったら、ヘッドフォンでやってる子達が先に革命を起こしてるんじゃないかな。僕らは遅れてたんです。まずリスナーとしての自分がそれに気付いた。Spotifyで聴いたら違いがわかるわけで。「あれ?」みたいな。ひょっとしたら、みんな同じようにハッて気付いたのかもしれないけど。

ーーそういうタイミングが去年ぐらいから訪れているような実感がある。

後藤:はい。だから、エンジニアもみんなモニタースピーカーを買い替えてますよ。今は転換期だから、この変化に対応しなきゃいけない。どこに行ってもみんな低音聴いてますよっていう状況だし、聴かれ方も変わったから、サブスクリプションでの音の出方にも対応しなきゃいけない。それは望ましいことだと思いますし、絶対、これから音は良くなると思う。

ーーここまで話していただいたのが、日本と海外での音域の使い方の違いという話ですよね。そしてもう一つあるのが、バンドとトラックメイクでの音作りや音域の使い方の違いである、と。ここに関してはどういう風に考えていますか?

後藤:でも、これはだんだん増えてきたんですよ。ロックバンドでもローをちゃんと出そうという人たちも、2010年代に入ってきてから徐々に出てきている。

ーーたとえばAlabama Shakesはかなり意識的だったと思います。

後藤:そうですね。あれは完全にプロデューサーのBlake Millsの手腕ですね。エンジニアのShawn Everettが大きいのかなと思ったんですけれど、彼が手掛けたHindsだと、そこまでローが出ていないんで。Blake Millsみたいな人はいろんなカルチャーをよくわかってるから、そういう面白い音になってる。でもやっぱり、基本的にはみんなどうしていいかわからない。ドラマーがメンバーにいるバンドの方がむしろやりづらいし、すごく難しい。

ーーサブベースで鳴らしている低域って、キックの音よりも下の音域が鳴ってる感じがするんです。そこに慣れた耳でいわゆる人力のキックを聴くと「ドン」っていう音よりも「タン」っていう倍音のほうが聴こえてきちゃう感じがある。

後藤:それはマイクの収録性能もあるんですよ。サブキックっていうローを拾うマイクでも、説明書を読んだら下は30Hzって書いてあるから。そりゃあサブベースの20hzくらいを足せるようなやつと比べたら、低い音は録れない。だから、どうにか工夫するしかない。たとえばAnderson Paak.の『Oxnard』なんてそうですよ。すごく生っぽいフィーリングで、キックだけめちゃくちゃローが強い。あれは音を差し替えてると思います。そうすることで、ドラマーとしての記名性を失わずにローを上げている。要は生音のドラムではローが出ないんで、それをどうにかしなきゃいけない。それはサンプリングしたものに音を差し替えるのか、ポストプロダクションでどうにかするのか、みたいな話で。そういう問題があるんですよね。自分の話をするならば、アジカンは今回それと向き合ったってことです。

ーー今回の『ホームタウン』というアルバムを聴いて感じたんですけれど、これは針の穴を通すようなサウンドメイキングだと思ったんですよね。というのは、ソングライティングにおいては90年代のパワーポップをやるというテーマがある。ただ、その時代のパワーポップは、今のサウンドメイキングを前提にして作られていない。それを、今語ってもらったような問題意識を踏まえてやるということは、最初からある種の矛盾というか、普通にやったらクリアできない課題に挑んだということだと思うんです。

後藤:曲作りは大変じゃなかったんですよ。バンドはとにかく楽しんで作ろうと思ったんで。なめらかに、メンバーが喜ぶようなものをみんなで作って、バンドとしてヘルシーな時期を迎えたいという欲求があった。無邪気に自分達の身体的な喜びに向かって伸び伸び鳴らしてるものを、良い音でつかまえたら面白いんじゃないかっていう発想です。サウンドメイキングの方に大きなストレスがあるから、作曲の方にもストレスがあったらたぶん死んじゃうな、って感じがあって(笑)。僕は実際マスタリングが終わるまでは、めちゃくちゃ胃が痛かったですね。サブスクリプションでの音の出方にも対応しなきゃいけないっていう話もしたんですけれど、最近聞いた話によると、ローを上げても、今サブスクリプションの基準になってるラウドネスのメーターに引っかからないらしいんですよ。

ーーというと?

後藤:ざっくりと簡単に言うと、CDとサブスクリプションではルールが違う、っていうことです。収録レベルというのがCDにはあるけど、そうじゃなくて、サブスクではラウドネスメーターというものを基準にして再生音量が決められてる。CDの時代はリミッターで音を潰して音を大きく聴かせるようにしていたんだけれど、そのルールが変わったってことですね。このあたりの話は『とーくばっく~デジタル・スタジオの話』(著:David Shimamoto)っていう本を読むと理屈がわかるんだけど、みんな考え方が変わってきてる。サブスクリプションの基準に合わせて音を作り始めてるんです。

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