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ゴジラをアニメで描く意味とは何か? 『GODZILLA 決戦機動増殖都市』が目指すテーマ

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 通称「アニゴジ」と呼ばれる、東宝によるゴジラ映画史上初の3DCGアニメーション作品 『GODZILLA』(ゴジラ)三部作。その第2作となるのが、『GODZILLA 決戦機動増殖都市』だ。前作はゴジラが支配する2万年後の地球で、生き残った人類の絶望的な死闘が描かれたが、今回はついにゴジラの好敵手たる「メカゴジラ」が意外なかたちで登場し、ゴジラと壮絶なバトルを繰り広げる。

 ここでは、前作『GODZILLA 怪獣惑星』と本作『GODZILLA 決戦機動増殖都市』で描かれた内容を追いながら、「アニゴジ」が目指したテーマとは何なのか、そして、いまゴジラをアニメで表現する意味について、できるだけ深く考えていきたい。
 
 第1作から驚かされたのが、人類とゴジラが対決するまでの異常なまでに回りくどい展開と複雑な設定だった。基本的にそれ自体は、ゴジラが出てくるシーンのダイナミックさそのものには、それほど寄与していないように思える。これはおそらく、3DCGとしてゴジラを描く際の表現上の問題があるのだろう。庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』のCGシーンが、全体のなかでは短いにも関わらず公開ギリギリまで完成が遅れたという事情を考えると、現代の街にゴジラが出現するという設定で高いクォリティーの作品を作るには、膨大な作業量が必要なことが分かる。全編3DCGで描かれる本シリーズでは、できるだけヴィジュアルを構築するために負担を減らさなければならなかったという部分も大きかったはずだ。

 とはいえ一方で、本作の脚本家、虚淵玄(うろぶち・げん)の絶好調ぶりも確認できる。虚淵玄といえば、『魔法少女まどか☆マギカ』シリーズの、登場人物をどん底に突き落とす脚本で、視聴者を震え上がらせたイメージが強い。『GODZILLA』においても、人類に対し理不尽に残酷な運命を背負わせることで、本作に突出した印象を与えている。


 ここで、前作から本作までをおさらいしていこう。近未来、ゴジラを含めた怪獣が地球に続々出現したことで、人類の未来は風前の灯となっていた。そんななか一部の人類は、人智を超えた科学力を持つ、異星からやって来た人型種族「エクシフ」、「ビルサルド」らの助けを得て、怪獣に襲われるおそれのない「約束の地」を探すため、ともに宇宙船に乗り込み大宇宙へと旅立った。

 だが出発して約20年。やっとたどり着いた惑星は、人間の生存に適さない環境だった。酸素や食料が不足するなか、人類は年老いた乗組員を、その惑星を調査させるという名目で切り捨てる決断をする。老人たちは「せめて死ぬときは大地で終わりたい」と言い残し、勇敢にも探査船に乗って降下していくが、惑星に降り立つ前に探査船は突然爆発し、炎上、大破……。彼らは大地に到着する前に全滅してしまったのである。冒頭からあまりに悲惨な展開で唖然とさせられるが、この残酷さこそが虚淵脚本の真骨頂である。

 ここで注目すべきは、他人を切り捨てるなど、次第に窮乏していくことによって、人間が優しさや思いやりの心を失っていくという描写であろう。この問題は、効率化と人間性の間で悩まされる第2作に引き継がれていることからも分かるように、「人間はどう生きるのか」という問いは、本シリーズ全体にまたがるメインテーマになっていくだろう。

 立ち往生した人類は、討議の果てに再びゴジラが待つであろう地球へと帰還することを余儀なくされる。しかし、彼らにはひとつの期待があった。アインシュタインの特殊相対性理論を基に考えると、光の速度に近い高速で移動する宇宙船のなかは、時間の進み方が極端に遅くなるため、20年のうちに外の世界は2万年もの時間が経っていたのだ。これだけ時間が経っているのなら、さすがのゴジラも死んでいるかもしれない。だが、その淡い希望も無残に打ち砕かれる。無人機で地球を調査してみると、巨大な高エネルギー体を発見。やはりゴジラは平然と居座っていた……。

 4歳の頃、家族をゴジラによって奪われたことで、ゴジラに対し深い恨みを持つハルオ・サカキは、宇宙船のなかで20年考え続けた新しい「対ゴジラ戦術」を用いて、ゴジラと戦うことを主張する。軍隊が地表へ投入され、多くの犠牲を払う激闘の果てに、ついにハルオたちはゴジラを倒すことに成功する。だがその直後、地中から“真のゴジラ”である「ゴジラ・アース」が出現する。体高300メートル、質量10万トンを超える、超巨大なゴジラ・アースは、2万年間成長を続け、おそろしい進化を遂げていた。咆哮でいくつもの軍の機体を吹き飛ばし、尻尾を一振りしただけで、広大な森林が衝撃によって爆発炎上する。2万年生きていたことから、もはやゴジラ・アースは寿命が無い生物である可能性すらある。この絶望感は、実写シリーズとあわせて考えても特筆すべきだろう。


 ここまでが第1作『GODZILLA 怪獣惑星』の内容だったが、ひとつ残念だったのは、制作上の事情とはいえ、やはりジャングルに覆われた2万年後の地球の風景は単調で、ゴジラ作品の見せ場であるはずの都市破壊がほとんど見られなかったという部分である。しかし、第2作である本作のタイトルは、「決戦機動増殖都市」。さらにメカゴジラが登場することがアナウンスされていることから期待が高まっていた。

 じつは本シリーズ、謎の異星人やジャングルの原住民、そして今回のメカゴジラもそのひとつであるように、これまでの実写によるゴジラシリーズの要素を多くとり入れている。ゴジラ映画は何度もリブート(再起動)されてきたが、作り手によっては、作品の陳腐化をおそれ、過去に登場した要素を排除することも多い。本シリーズは、そういったいままでの要素をSFの設定に落とし込み、シリアスな展開のなかに馴染ませることに成功している。実写シリーズ往年のファンも、その意味で楽しんで見ることができる作品なのだ。ここに至って、異常なまでに回りくどいSF設定は、そういった理由があったということも分かってくる。


 「メカゴジラ」は、『マジンガーZ』 (1972年〜)などの超合金ロボットブームに乗って作られた側面のある『ゴジラ対メカゴジラ』(1974年)に初登場し、話題を集めた怪獣型兵器だ。佐藤勝によるファンキーなテーマ曲にのせて出現し、360度可動する首を後ろに向けて、レーザーとミサイルを前後同時に、2体の怪獣に向けて発射する姿がクールだった。以来、メカゴジラは人気を集め、実写シリーズのなかで何回もゴジラの好敵手として登場することになった。※次ページよりネタバレあり

      

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