『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』にみた、ネイバーフッドヒーローの現在形
スパイダーマンは空を飛ばない。銀河系やアンドロメダ星雲を瞬間移動したり、時間を戻したり進めたりもしない。彼は地球の重力という制限を制限と思わず、自分の手首から出す糸(ウェブ)を高層ビルの壁面や橋の欄干に付着させてぶら下がり、跳躍をくり返す。スイングと名付けられたこのアクションの楽天的な放物線的リズムこそ、スパイダーマンフィルムの伝統の魅惑である。
いきなり大空を超光速で飛び回ったり、異星で神と格闘したり、タイムスリップをもてあそんだり、などといった大仰な事柄は、他のスーパーヒーローにまかせておけばよい。彼がニューヨーク市内から離れないのは、愛する地元だからという理由だけでなく、地上/宙空に生じる高低差の妙をいつまでも謳歌し続けたいためである。スパイダーマンが「ネイバーフッド(ご近所の)ヒーロー」と呼ばれるゆえんである。
小柄なトム・ホランドはすばらしいスパイダーマン俳優であり、今回の最新作『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』(以下、『スパイダーマン:BND』)でも高低差と戯れながら、犯罪現場に駆けつけ、敵と対峙し、市民を救う。ビルとビルの間の宙空にスラロームのような跳躍の放物線を描く。「スパイダーマンを見る」とは、このストロークの戯れにひたるということである。
危険な現場に駆けつけるスイングと、再会したかつての恋人を抱きかかえて帰宅の途につくスイングとでは、ストロークが、音楽にたとえると長調と短調ほどの違いがある。跳躍の調子の微妙な差異を描き分けるデスティン・ダニエル・クレットン監督は、前作『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年)の展開自体はさして面白いとも思えなかったが、武侠ものなど中華電影のアクションメソッドを巧みに活用した演出が特筆すべきものだった。
Suspension(吊り下がる)-Bounce(弾む)-Migratory(飛び渡る)という、重力現象に抗わない空中アクションを身上とするヒーローといえば、他にもバットマン、あるいはティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズの面々がいる。しかしスパイダーマン=ピーター・パーカーの圧倒的優位性はその細身で軽やかな肉体にあり、バットマンやニンジャ・タートルズたちの肉体の重ったるさ、そして重装備に比べ、その手ぶら感覚の回遊性には都会的洗練がある。
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)、DCユニバースともに、パンデミック以降の迷走ぶりには目を覆いたくなるほどだ。もちろん良作だって少なからずあるにはあるが、シャン・チーもエターナルズもアントマンもキャプテン・マーベルも彼らをメインとする単独作はもう難しいのかもしれないし、チャドウィック・ボーズマンが死去してまもないのに、主役不在のままやたらとセンチメンタルに展開される『ブラックパンサー/ワカンダ・フォー・エバー』(2022年)をスクリーンでぼんやりと眺めた時の虚しさは、トラウマ的経験だったと言っていい。