【ネタバレ】『映画ちいかわ』を初日に鑑賞 “大人も子どもも楽しめる”かわいさと恐怖

 上映スケジュールが「まるで時刻表のようだ」と、公開前から話題になっていた『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』。公開初日の7月24日、TOHOシネマズ池袋では全10スクリーンを使って計41回、TOHOシネマズ新宿でもIMAXレーザーを含む7スクリーンで計29回という、『鬼滅の刃』や『名探偵コナン』の新作を思わせる規模の上映が組まれた。

 筆者も公開初日の昼、都内の劇場へ足を運んだ。金曜日の日中とは思えないほど館内は混雑し、ロビーにはちいかわのグッズを身につけた人の姿が目立つ。周囲でも「ちいかわ有給を取った」という声をちらほら聞いた。観客は女性がやや多い印象だったものの、子どもから年配の人まで年齢層は幅広い。座席はもちろん満員だった。

 本稿では、そんな公開初日の熱気とともに、原作ファンの視点から本作を振り返りたい。

 物語の核心に触れる前に、まだ観ていない人へ一つだけ伝えておきたい。

 それは本作を鑑賞するにあたり、エンドロールが終わるまでに席を立ってしまうのは、あまりにももったいないということだ。本作の面白さは、むしろエンドロール後の“最後”に凝縮されているからだ。何が待っているのかは、ぜひ劇場で確かめてほしい。
 
 ここからは、ネタバレありで印象に残った場面を振り返りながら、本作がなぜこれほど心をつかむのかを掘り下げていく。物語の結末を含む重要な展開にも触れるため、以下は鑑賞後に読んでいただきたい。

 まず率直な感想から言えば、原作ファンの視点から観てもとにかく素晴らしかった。

 昨今さまざまなアニメーション映画が公開されているが、「大人も子どもも楽しめる」という宣伝文句が、これほど社交辞令ではなく当てはまる作品も珍しい。子どもは、ちいかわたちの冒険やにぎやかな歌、個性豊かなキャラクターたちの活躍を楽しめる。一方、大人は物語の奥にある罪悪感、自己保身、沈黙の責任、そして永遠に生き続けることの恐怖に気づかされるだろう。

 そうした幅広い受け取り方を可能にしているのが、原作の持ち味を損なうことなく、一本の映画として再構成したテンポのよさだ。もともとの原作は次々と状況が変化していくため、長編映画になっても間延びする心配は少ないと思っていたが、実際の映画では冒険活劇から島ホラー、そして後味の苦い寓話へと移り変わっていく物語が、99分の中で想像以上に過不足なくまとめられている。

 もちろん、劇場版らしい華やかさも十分だ。“びんよよ”を使ったアクションは、かわいらしさを失わないまま、スクリーンに映えるスケールへと広がった。ちいかわ、ハチワレ、うさぎだけでなく、モモンガ、くりまんじゅう、ラッコ、シーサー、古本屋にも、それぞれの性格を生かした見せ場が用意されているのもうれしい。

 なかでも原作ファンが沸いたであろう場面が、セイレーンの「歌につられてしまう性」を利用した、うさぎのラップパートだ。

 さらに後半では、うさぎ、モモンガ、くりまんじゅうという“リズム感のあるものたち”が共闘する。原作でも強烈な印象を残した場面だが、映像では音楽と動きが加わり、ほとんどライブステージのような高揚感が生まれていた。ミラーボールの下で、うさぎが堂々たるダンスを披露する姿には、うさぎファンならずともくすりと笑ってしまうだろう。

 こうして原作の名場面が声と音楽と動きを得る。その喜びを最も強く感じさせるのが、やはりセイレーン役の鈴木みのりの“歌”だろう。

 最初にちいかわたちの前で島民たちが歌う「島のうた」には、どこかパレードのような楽しさがある。だが、その後、セイレーンが同じ旋律を繰り返すと、曲の印象は一変する。その声は優雅でありながら、逃げ場がない。歌のうまさそのものが捕食者としての力になっていることに、確かな説得力があった。さすがは鈴木みのりと思わされる歌唱であり、蔓が伸びてくる場面の声も含め、セイレーンの愛らしさ、無邪気さ、残酷さを一つの声の中に共存させていた。

 歌にまつわる驚きは、セイレーンだけではない。もう一つのサプライズは、ちいかわ役の青木遥が歌う「机さする」がエンディングに流れたことだ。

 オープニングテーマが、ハチワレの歌う「くつずれ」であることは事前に発表されていた。同曲はナガノが作詞を手がけ、TVアニメの「ひとりごつ」に続いてハチワレが歌唱を担当している。

 一方、「机さする」は公開まで伏せられていた楽曲であり、ちいかわが歌う初めての曲でもある。抽象的な歌詞ではあるが、「何があったかべつに聞かないけどね」「あの場所にいつか行ってさ」といったフレーズからは、映画とのつながりもなんとなく思い浮かぶ。はっきりと説明しすぎない言葉だからこそ、本編を観終えたあとの複雑な感情と重なり、その意味をあれこれと考えずにはいられない。

 そして、その余韻の先に待っているのが、冒頭でも触れたエンドロール後の場面である。

 ヒトハとフタバが一連の事件の原因となった二人であることに、自分だけが気づいてしまうちいかわ。しかし、その事実を島民やセイレーンに告げることなく、島を去る。永遠の命を得たヒトハとフタバは、誰もいない島へ移り住み、二人だけで穏やかに暮らそうとしている。だが、その島にはセイレーンが向かっていた。

 ここで改めて効いてくるのが、セイレーンが“犯人”に与えようとしている罰「オリに入れてなんかずっと暗いとこ」である。殺すのでも、食べるのでもない。身動きのできない狭い檻に閉じ込め、暗く深い海の底へ沈め続けるのだ。死をもって償うことすらできない者に与えられる、終わりのない罰。原作を読んだときに強烈に背筋の冷えたあの感覚を、劇場でもう一度味わえたのは最高だった。

 セイレーンが本当に島へたどり着いたのか。二人は罰を受けたのか。事件を告発しなかったちいかわの選択は正しかったのか。真実を伝えれば争いは終わったのか。それとも、新たな暴力が始まっただけなのか。

 観客は答えを与えられないまま、劇場の外へ送り出される。この突き放し方こそ、実に『ちいかわ』らしい。

 ちなみに、本作の劇場パンフレットの裏側には、波飛沫とともに一枚の赤い鱗が描かれている。島から鱗を持ち帰ったちいかわの姿を思い返すと、まるで自分まで映画の世界から鱗を持ち帰ってきてしまったような感覚になる。そして、その鱗を手にした観客一人ひとりが、「あなただったらどうする?」と問いかけられているようにも思える。

 夏休みの序盤、本作を観た子どもはちいかわたちの冒険や歌に夢中になり、大人はその奥に置かれた問いに足を止めるだろう。観終えたあともなお、あの島で起きたことを考えずにはいられない。かわいさも、楽しさも、恐ろしさも、答えの出ない苦さもすべて抱えて、これは間違いなく『ちいかわ』の最高傑作だ。

■公開情報
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』
全国公開中
キャスト:青木遥(ちいかわ)、田中誠人(ハチワレ)、小澤亜李(うさぎ)、井口裕香(モモンガ)、内田雄馬(ラッコ)、淺井孝行(くりまんじゅう)、島袋美由利(シーサー)、春海百乃(古本屋)、最上嗣生(島二郎)、鈴木みのり(セイレーン)
原作・脚本:ナガノ
監督:及川啓
キャラクターデザイン:辻智子
コンセプトアート:橋本真樹
プロップデザイン:高妻匠
色彩設計:長井彩香
美術監督:眞﨑萌
CG監督:中野祥典
撮影監督:岡﨑正春
編集:高橋歩
音響監督:土屋雅紀 
音響効果:倉橋裕宗(オトナリウム)
音楽:トクマルシューゴ/上水樽力
アニメーションプロデューサー:溝口侃
アニメーション制作:サイピク
製作:川上洋一、古澤佳寛
エグゼグティブプロデューサー:松崎容子
プロデュース:今福太郎
プロデューサー:小峯雅隆、障子直登
宣伝プロデューサー:林原祥一、斎藤愛子、狩野裕明
製作幹事:QTORY inc.
配給:東宝
©ナガノ / 2026「映画ちいかわ」製作委員会
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