『モータルコンバット/ネクストラウンド』成功の鍵は“信じる心” 他では味わえない爽快感

 魔界代表のすごく悪くて強いやつと、人間界の達人たちが、命を懸けて対戦! 『モータルコンバット/ネクストラウンド』(2026年)は、前作のファンの期待を裏切らない快作に仕上がった。その秘密は、もちろん明らかに前作より増えた予算や、豪華な俳優たち、結集した一流スタッフたちの手腕もあるだろうが……個人的には「信じる心」だったように思う。これを作っている人たちは心から「『モータルコンバット』は面白い! そして自分たちが作ったこの映画こそが、100点満点の『モータルコンバット』である!」と、そう心から信じている。それが作品の強さになっているように思えてならないのだ。

 私の本業はシナリオライターなのだが、創作において断言できることは一つしかない。すべての創作は、信じることから始まる。「これはいい!」「これは面白い!」「自分が作らなきゃいけない!」「これは売れる!」……などなど、形はどうであれ、創作はまず何かを信じることから始まる。そうやって作られたものは足腰が強い。強い「信じる心」は作品の足腰となり、結果として体重が乗った作品になるのだ。実際、この世にはそういう映画が多数存在する。日本映画で言うと『シン・ゴジラ』(2016年)と『HiGH&LOW THE MOVIE』(2016年)がそれにあたるだろう(奇しくもどちらも10周年だ)。そういう映画は、少しくらい……いや、大幅に一般的な娯楽映画の文法から逸れようとも、異常な魅力を宿す。なんなら、その歪さすら「個性」になるのだ。

 本作は歪な映画である。魔界と人間界の命運を賭けた格闘技大会「モータルコンバット」、これに参加する選手たちの物語なのだが……そこに、落ちぶれた中年俳優ジョニー・ケイジ(カール・アーバン)の再起の物語、若き女戦士キタナ(アデライン・ルドルフ)の復讐譚、そこに前作から続く登場人物たちの熱いドラマに、突如として本筋に絡んでくるスコーピオン(真田広之)vsサブ・ゼロ(ジョー・タスリム)など、いろんな要素が載ってくる。群像劇のような様相を呈しながら、やがて全てはクライマックスのバトルへと集約されていく。こう書くと極めて王道な構造だが、しかし一つ一つのドラマの様子は確実におかしい。

 たとえば前作から続くリュウ・カン(ルディ・リン)とクン・ラオ(マックス・ハン)の因縁だ。ふたりは共に修行した仲間だったが、いろいろあってクン・ラオが闇落ち、今回は死闘を繰り広げることになる。かなりエモーショナルな展開で、普通なら絶対にシットリとした決着がつきそうなところだが……それはそれとして壮絶なフェイタリティ(人体破壊)が炸裂。泣いていいのか笑っていいのか分からない、なんとも不思議な気分になること請け合いだ。

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