永作博美が“希望”を与える存在に 『時すでにおスシ!?』が伝えるポジティブなメッセージ

『時すでにおスシ!?』が伝えるメッセージ

 入学シーズン。初々しい新入生たちが楽しそうに、あるいは緊張の面持ちとともに学校へ通う季節だ。そんな時期にふさわしい連続ドラマ『時すでにおスシ!?』(TBS系)の放送が始まった。

 新たなことを始めるのは、若者ばかりではない。永作博美が主演を務める『時すでにおスシ!?』は、子育てを終えて息子を社会人として飛び立たせた女性が「鮨アカデミー」に入校し、奮闘する姿を描く作品だ。

 ここでは第2話を前にして、現在リリースされている第1話の内容をもとに、今後のドラマの展開や、現実の問題や社会状況を踏まえて描かれるであろうメッセージについて、考察してみたい。

 夫を亡くしてから、一人で息子(中沢元紀)を育て上げた、待山みなと(永作博美)が、本作の主人公である。彼女は巣立ちの日に誇らしい気持ちになりつつも、長年の間考え続けてきた子どもの面倒がみられなくなったことで、心にぽっかり穴が開いていた。このように、子どもの自立を機に親が喪失感や孤独感にさいなまれる状態を、「空の巣症候群」というらしい。

 西洋の諸国と比較すると、日本では自分の欲求を抑え、他者の成長に自分の時間を捧げることが美徳とされるという構造が、歴史的に目立ってきた。ここでの主人公・みなとの喪失感は、個人的な性格の特徴というよりは、従来の日本の家族観が生み出してきた、社会の姿の象徴だといえるのではないか。

 ある日、みなとは友人(有働由美子)から、鮨アカデミーに通わないかと誘われることになる。案内によると、その学校では3カ月というわずかな期間で、一通りの寿司職人のスキルが身につけられるのだという。友人は、“推し”のハリウッドスター、ティモシー・シャラメが寿司好きであるという情報をもとに、彼と接点ができるかもという淡い期待を持っていると説明する。みなとは呆れつつも、つられて勢いで入学してしまうのだが、突発的な事故により一人で通わざるを得なくなるのである。

 講師の一人として現れたのは、みなとが勤めているスーパーマーケットの常連、大江戸海弥(松山ケンイチ)だった。スーパーの鮮魚コーナーで何故か険しい顔で目を光らせていることから、「さかな組長」と、みなとがあだ名で呼んでいた、その人である。

 挨拶や安全のための声の掛け合い、包丁の研ぎ方、ネタの切り方、そして酢飯の作り方や、7手で決める寿司の握りの基本など、他の生徒たちとともに、みなとは技術を叩き込まれていく。鮨アカデミー学長(関根勤)は、効率重視で卒業生を輩出し、このビジネスモデルを成り立たせるため実績を作ることに熱意を燃やしているようだ。経営者としては当然の判断なのだろう。

 しかし、20年ものキャリアがあるという海弥は、どうしても学生たちに厳しく指導し、“職人”の魂を教え込もうとする。そのことで、最短の指導で技術を教え込みたい学長は不安をおぼえているようだ。

 「すしアカデミー」などといわれる寿司職人の養成校は本当に存在し、寿司の需要にあわせて、日本や海外で活躍する人材を育てている。本ドラマでは実際に、その一部である「GINZA ONODERA 鮨アカデミー」の川澄健、東京すし和食調理専門学校、また寿司店「銀座おのでら」統括総料理長の坂上暁史などが監修・協力にあたっている。

 伝統的な寿司職人の修行は、俗に「飯炊き3年、握り8年」などといわれるように、長い修練が必要だと考えられてきた。しかし寿司を握ることが特殊技術であることはもちろんだとはいえ、一人前になるのに10年以上かかるというのは、利益が優先される現代の社会において、さすがに厳し過ぎると感じる人も少なくないのではないか。

 例えば、ドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』(2011年)の舞台にもなり、アメリカ大統領の接待でも話題となった「東京・銀座のすきやばし次郎」のような徒弟制度による求道的な寿司づくりは、日本の文化の一つとして敬意を払われている。寿司という文化が芸術にまで昇華しているのは素晴らしいことだが、そういう寿司は特権的な人々にしか味わえないことも事実だろう。もともと江戸時代には、寿司はファストフードとして提供されていたのである。

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