『名探偵コナン』ファンが気づくセルフオマージュ 『ハイウェイの堕天使』にみる伝統

萩原千速は劇場版メインキャラクターにふさわしい人物
※以下『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』ネタバレを含みます。

上述した通り『ハイウェイの堕天使』のメインキャラは萩原千速。蘭に「風の女神」と言わしめた美貌と肝の座った性格、そしてバイクのライディングテクニックに長けた神奈川県警の白バイ隊員だ。これまでに千速が『コナン』テレビシリーズに登場したのはわずか6話。テレビシリーズでの初登場は2023年で、劇場版作品には今作が初登場。30年にわたる『名探偵コナン』シリーズの歴史を思えば千速はまだ登場したばかりのキャラであり、こうしたキャラがもう劇場版のメインキャラクターに据えられるのかと驚いたコナンフリークも多かったのではないだろうか。とはいえ千速はその境遇としてはメインキャラに据えられてもおかしくない存在。上述した彼女自身の素質だけでなく、シリーズでも人気の高い警察学校組のひとりであり爆発事件によって殉職した萩原研二を弟に持ち、同じく警察学校組の松田の初恋の相手、という身の上も彼女の人気を高める要因となっている。本作でも千速の魅力は遺憾無く発揮され、いわゆる姉御肌で男勝りな口ぶりや、出会う以前からコナンに対し恩義を感じているという不思議な関係性も相まって、これまで『コナン』シリーズに登場した警察キャラとはまたひとつ趣の異なる存在として描かれている。
本作最大の魅力は千速のライディングテクニックが存分に発揮されたレースシーンだろう。神奈川県内を縦横無尽に駆け巡りながら正体不明の黒色のバイク“ルシファー”を追い、デッドヒートを繰り広げる様は圧巻だ。冒頭からバイクは宙を舞い、壁を駆け抜けるような描写まで登場する。あえて他作品で例えるが感覚としてはNintendo Switch2のゲームソフト『マリオカート ワールド』に近い。それほどまでにある種現実離れしたレース描写ではあるものの、見応えは抜群だ。同時にテールランプの残像描写やドリフトなど、いわゆるバイクムービーの王道を行く表現には『AKIRA』などの作品を想起する。そういえば本作においていくつか展開されているキービジュアルのひとつには千速とコナンが二人乗りしながらドリフトをする姿が描かれており、このビジュアルも『AKIRA』のワンシーンを連想させる。思えばこれまでも劇場版『コナン』シリーズでは主にコナンのスケボーや世良真純・服部平次らのバイクなどでバイク・レース描写が度々登場してきた。今作『ハイウェイの堕天使』はその集大成のような作品であり、他作品へのリスペクトも含めこれまでと比べても類を見ないハイクオリティかつ手に汗握るようなバイク・レース描写に仕上がっている。もちろんバイクだけでなく、コナンのスケボーや世良の截拳道(ジークンドー)によるアクションシーンもあり、全体を通してアクションで楽しめる1作となっていたことは間違いないだろう。

まだ登場回数が限られている千速がメインキャラクターということもあり、千速のパーソナルな部分にフォーカスするストーリーも展開された。研二が爆発事件に巻き込まれる直前、千速と交わした会話が描かれるだけでなく、その流れで千速の生活ぶりも描写される。アニメシリーズや原作漫画でも見ることのできない千速の姿を見ることができるというのは、これまでもアニメ、原作と一蓮托生となってシリーズを作り上げてきた劇場版『コナン』シリーズらしいといえるだろう。千速だけでなく、研二や松田の絡み、そして本作でもうひとりのメインキャラクターである横溝重悟と松田の意外な関係性も作品の要所要所で描かれており、警察学校組ファンにとってもたまらない仕掛けとなっている。
本作は単純なバイクアクション作品ではなく“バイクの自動運転”や“運転サポートシステム”に対する問題提起も孕んだ作品であった。思えば『名探偵コナン ゼロの執行人』ではIoTテロを、『名探偵コナン 黒鉄の魚影』では監視カメラによる監視社会を間接的ではあるものの社会課題として問題提起した『名探偵コナン』シリーズ。本作では近年加速する自動運転の功罪を犯人たちを通して描いた。『名探偵コナン』を通して鑑賞したひとりひとりがこうした現在の社会が抱える課題を知り、様々な考えを巡らせてくれれば素敵だと思う。
過去作のオマージュ

これまでの『コナン』シリーズとの対比でいえば、クライマックスで蘭が拉致されてしまう展開はいかにも初期『コナン』っぽさがあるし、特定の乗り物がある速度以下になると爆発するという仕掛けは第1作『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』を彷彿とさせた。『ハロウィンの花嫁』以降の劇場版シリーズは、同シリーズの1作目からセルフオマージュを重ねているというのは多くのコナンフリークの見立てでもあるが、その流れからいえば『ハイウェイの堕天使』は『天国へのカウントダウン』をセルフオマージュした作品となり、その要素は実際にいくつつか感じられた。例えば千速とコナンがバイクを使ってヘリに飛び移るシーンは『天国へのカウントダウン』における車と爆風を利用したビルからビルへの飛び移りを彷彿とさせたし、千速とコナンがヘリから飛び降りるシーンは『天国へのカウントダウン』での蘭とコナンによる飛び降りを思い起こさせた。他にも飛び降りた千速を重悟が受け止めるシーンは『隻眼の残像』における敢助と由衣とも共通している。
他作品との比較でいえば、ベイブリッジに対して“封鎖”というフレーズが登場した箇所に『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』を思い起こした人も多いのではないだろうか。かくいう私も『コナン』と同じくらい『踊る』ファンでもあるのでここには思わず顔がほころんでしまった。様々なセルフオマージュ、あるいは他作品のオマージュが例年以上に細かく盛り込まれていた点も『ハイウェイの堕天使』の大きな特徴だといっていいだろう。
なによりも本作は萩原千速というキャラクターのことがグッと好きになる1作だ。情熱を絶やさず、正義のためなら命も惜しまない性格でありながら、時折かわいらしい面も見せる萩原千速の魅力をふんだんに詰めこんだ『ハイウェイの堕天使』。こうして千速の魅力を詰め込んだ作品が制作されたのは『名探偵コナン』シリーズが常に100億円以上のヒットを叩き出す国民的シリーズとなってもなお挑戦的な姿勢を絶やさない製作体制を貫き続けているからこそだ。来年はいよいよ劇場版シリーズ節目の30作品目。来年もきっとチャレンジングな作品を我々に届けてくれるだろう。
■公開情報
『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』
全国公開中
キャスト:高山みなみ(江戸川コナン役)、山崎和佳奈(毛利蘭役)、小山力也(毛利小五郎役)、沢城みゆき(萩原千速役)、三木眞一郎(萩原研二役)、神奈延年(松田陣平役)
スペシャルゲスト:横浜流星、畑芽育
原作:青山剛昌
監督:蓮井隆弘
脚本:大倉崇裕
音楽:菅野祐悟
主題歌:MISIA「ラストダンスあなたと」(Sony Music Labels Inc.)
アニメーション制作:トムス・エンタテインメント
製作:小学館/読売テレビ/日本テレビ/ShoPro/東宝/トムス・エンタテインメント
配給:東宝
©2026 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会





















