『恋愛裁判』が問う不可避の“推しと暴力”とその離脱 柄谷行人の再解釈から読み解く
齊藤京子がヒロインとなったことでも話題を集める、映画『恋愛裁判』。アイドルの恋愛という重厚なテーマに挑んだ深田晃司監督の異色作だ。東宝が製作・配給を務める本作の見どころとは? 1月23日より絶賛公開中の本作をドラマに隠された多様なモチーフから読み解いていく——。
濱口竜介を導入する
「いいから早く行って」と彼女は呟く。傍の運転席に座る男はあまりにも突然の事態をまだ飲み込めていない。「いいから早く」とさらに強い語気で念を押すように彼女は訴える。その低い、確信に満ちた声のただならない力強さに覚悟を決めた男が車を走らせるとき、彼女の行動を管理していたマネージャーは呆気に取られたまま外から事態の進行を見つめることしかできない。人はどこかでこのマネージャーが車の進行を後ろから眺めているさまを既に目撃してはいなかっただろうか。そう、これは『寝ても覚めても』(2018年)への心憎い目配せだ。深田晃司の近作には濱口竜介のこの傑作の残響が至るところにこだましている(『本気のしるし』2020年のラストを思い出そう。深田の目配せは明らかだ)。
マネージャー矢吹早耶役を務めるのはもちろん同作のヒロインを務めた唐田えりか。車に乗ってドラマのロケ現場を後にする麦(東出昌大)に手を振っていた朝子役の唐田は、ここでまたしても走行する車を後ろから見つめる役を担っている。
しかし同時に『寝ても覚めても』の朝子が車に決然と乗り込むヒロインでもあったことを思い出そう。婚約中の亮平(東出昌大)に伴っての大阪移住によって生じる友人たちとの別れを惜しむべく、ささやかな夕食会を瀟洒なレストランで行っていた朝子は、そこへ亮平と瓜2つの顔をした麦の登場によって事態を複雑極まりないものへと変貌させたばかりである。その場にいた誰もが緊張感を抱えるなか、さあ行こうと麦に手を差し伸べられた朝子は一瞬間を置いたかと思うとすばやく彼の手を掴み、すたすたとその場を後にしてタクシーへと乗り込む。品川付近の駐車場に移った2人は、麦の車に乗り換えて北海道へと夜道を一気に駆け抜けてゆく。
この能動的な身振りは、映画『恋愛裁判』のヒロイン真衣(齊藤京子)にそのまま継承されている。真衣が恋慕する大道芸人・敬(倉悠貴)の車に乗り込み、スマホにかかってきた着信を無視しながら2人で駆け落ちてゆくそのスリリングな展開には誰もが『寝ても覚めても』を連想するはずだ。車中、2人は並びあって画面のこちら側を見つめ返す。狭雑物に挟まれることなく2人の人間が純粋に並び合うことを可能にする夢の装置こそが、深田にとっての恋愛なのだろうか。このぞくぞくするような夜の道のりを捉えたのは『ドライブ・マイ・カー』(2021年)や『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)でやはり緊張感の漲る夜を捉えた四宮秀俊。四宮の夜はここでも鮮やかに美しい。
扉と金銭
『恋愛裁判』を貫く修辞は、大きくいって2つの主題体系を絡ませることでひとつの結論を導き出している。この張り巡らされた伏線が、ラストで再び『寝ても覚めても』を媒介とすることで収斂していくさまを本稿では振り返ってみたい。
本作の主題は、大別して「扉」と「金銭」という2つの道具に隠されている。この2つの意匠は、物と物の中間をさまよい、媒介することでドラマを展開させていく転轍機だ。
扉は本作で4回あらわれる。まず冒頭、真衣たちが舞台裏へと事務所のバンから入ってくる場面。暗く静寂に包まれた舞台裏の扉がゆっくりと開くことで光が差し込むのと同時にアイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」の面々が入ってくるこのオープニングは、映画を見つめる私たちの視線と彼女たちの物語を繋ぐ蝶番として扉のテーマを顕在させる。
次に扉が作中、大きな機能を果たすのは「ハッピー☆ファンファーレ」のメンバー菜々花(仲村悠菜)の彼氏・裕也(犬飼直紀)が彼女たちの寮へと押しかける場面である。裏アカに投稿した写真が引き金となって発覚してしまった熱愛報道を受け、交際の終了を選んだ菜々花が裕也から逃げるように去っていくとき、2人の関係を砕き遮断するのは、寮のオートロックにほかならない。ここでドアは2つのものを隔て、分割する機能を有している。そして菜々花が裕也の連絡先を削除し、関係を真に途絶しようとするとき、私たちは金銭の主題に出会う。
彼女を慰める真衣と梨沙(小川未祐)は、まず寮の前の自販機へと向かう。別れるショックを乗り越えるのは辛いのだから飲み物ぐらい奢ってくれと菜々花はねだる。その心痛ぶりを知っている梨沙が自販機へと小銭を投げ込むのはいうまでもない。しかし彼女はそれに続けて、好きだった裕也の連絡先を消去してしまうことはできない、どうか奢ったついでにスマホを渡すから皆で消してほしいと懇願しはじめる。裕也との関係の切断という誰にも介在させてはならない一瞬を、彼女は他人に委ねようと試みる。間に小銭を置くことで、どさくさに紛れて。
ここで象徴的に金銭の位置は、菜々花と裕也の中間に位置づけられる。2人の関係の間を漂い、媒介し、連結し、切断するそんな扉の機能を代理してくれるものこそが金銭なのだ。しかし梨沙はこの役割を断る。そんなものは自分でやりなさい。彼女は関係を自分の手で消し尽くさなければならない。恋愛が仮に何物によっても媒介されることなく2人の人間を繋げる至高の営みなのだとしたら、そこに他人を、金銭を介在させてはならない。『恋愛裁判』の倫理をしるしづけるのはそんなテーゼだ。本作において、恋愛と推しは明確な二項対立を形作っているように思われる。恋愛は何にも媒介されないが、推しはあいだに金銭をはらむ。
だから真衣が敬と再会したその日の夜にパントマイムをせがんだとき、ふわりふわりと上昇してゆくあの夢幻的な芸を披露するために彼は金銭を貰わねばならなかった。この場面は、彼女の恋愛感情の兆しではなく、正確に彼女が日夜行っているアイドル活動の転写として捉えなければならない。彼女は最初、敬を推していたのだ。金銭を貰うことによって客席よりも高い位置に上昇するというこの構造が、アイドル活動のアナロジーでなくてなんだろう。真衣と敬の間には最初、金銭があった。物語冒頭の「ハッピー☆ファンファーレ」のライブを、敬はここでそうとは知らずそのまま模倣している。
金銭を介在させることで上下関係を擬似的に構築するのがライブなら、横並ぶ関係を、つまり真衣と敬が駆け落ちする車中で見せたような媒介物なしの水平性を擬似的に達成するのは握手会である。だからここは『恋愛裁判』において擬似的な恋の戯れの場になる。この擬似的な、制度的な、あるいは不純な構築性を取っ払って純粋な関係を無理矢理にでも強制しようとすれば、そのとき現場は大事件になるだろう。菜々花の元ファンだったやまさん(木原勝利)が行うのは障害物なく彼女と向き合うことであり、それは暴力のかたちとなってあらわれざるをえない。彼は発煙筒を焚き、彼女を追う。迫る。殺そうとする。彼にとって金銭を挟まず彼女と対峙することは、もはや殺人という手段以外にないのだ。関係を繋ぎ、閉ざす媒介性が問題となるここで、扉が重要な役割を果たすのはいうまでもない。扉の直前まで逃げ込む彼女は、しかしそのすんでのところで転んでしまいあわや襲われそうになる。菜々花は犯人を追跡してきたファンによって間一髪助けられるが、物語へと3度目に登場したこの扉は、扉として機能しないという事実そのものによってドラマを活気づけ機能している。
いっぽう真衣と敬の関係も、徐々に本質的なところで不純なものを介在させてゆく。それをやまさんと同じものだと断言することは慎まれるにせよ、2人の間には暴力的なきざしが幾度となく現れ始めるのだ。まず真衣たちは事務所からの訴訟を受けて法廷という裁きの場で裁判官たちから見下ろされる位置にいる。上昇、水平と続いた運動はその運動を徹底させることで後半からの下降という過酷な現象を引き起こした。そうした象徴性をさりげなく浮き彫りにする深田晃司の冴はここで光っている。こうした下降の日々のなかで、敬は事務所から提示された慰謝料の真衣の両親による肩代わりを拒絶する。それは真衣との日々のなかにも、「払ってもらった金銭」という夾雑物ができてしまうからだ。だが真衣はそんなこと言ってられないじゃないと語気強く言い返す。そうでもしなきゃどうやって払えるというの?
2人はまさしく金銭を問題とすることでその関係性を濁す扉を作ってゆく。真衣がひとりで芸能活動を(ささやかに)再開したとき、自宅から配信を行う彼女を見ながら敬は敷居越しに触れられない彼女へと同じ空間にいるにも関わらず扉があるかのようなパントマイムを行う。4度目の扉、それは扉それ自体の発明である。繋ぐこと、拒むこと、それが機能しないことを描いてきた深田の扉は、ここでそうした枠自体の発明という1つ上の階梯へと歩みを進める。何物によっても媒介されることなく、まったく夾雑物を欠いたまま2人の人間が繋がっている奇跡のような状態からいかにして関係を断ち切る不純物が生じてゆくのかという、前半までとは真逆の経路がここでは扉を介在してドラマ化されているのだ。物語の後半、真衣が再び敬に大道芸を迫るとき、彼は金銭を貰いはするがもう空高く上昇はしない。手頃なジャグリング芸を披露するばかりだ。このとき彼女にとって敬を推すことも、好きでいることももう終わっていたように思えてならない。