『呪術廻戦』『葬送のフリーレン』が描く“別れ”の違い 対照的な2作が生み出す死の先の感情

「もし、推しのキャラクターが死んでしまったら?」
アニメファンなら誰もが、この問いについて考えたことがあるのではないだろうか?
そんな永遠のテーマについてほとんど真逆の切り口で描かれているのが、『葬送のフリーレン』と『呪術廻戦』だ。2026年冬季を彩る2作の魅力を、私たちファンの心を大きく揺さぶる“別れ”の観点から紐解いてみよう。

まず『葬送のフリーレン』が支持されるのは、作中で死が、新たな物語の始まりとして、先を照らす灯のように描かれるからだろう。
1,000年以上生きるエルフのフリーレンは、物語の冒頭、勇者ヒンメルが死んで初めて命の価値に気づく。ヒンメルの死、彼のことを「もっと知ろうとしなかった」自分への後悔がきっかけとなり、フリーレンは旅を始める。
ある意味で残酷ではあるが、かつての仲間との別れを経たからこそ、フェルンやシュタルクのような、新たな仲間と出会うのだ。
加えてヒンメルが各地に遺した銅像や、師匠フランメが伝えた花畑を出す魔法。これらはすべて、フリーレンより先に旅立った人間が彼女に用意した贈り物であり、本人たちが死んだ後もなお、彼女を支え続けていった。

そしてフリーレンが旅の中でかつての足跡をたどるたび、亡くなったはずのヒンメルは、彼女の中でどんどん大切な存在へとアップデートされていく。死は終わりではなく、相手への想いを再確認するための入り口となるのだ。
圧倒的な絶望であり、物語の終わりのように思える死が、次の世代の物語を切り拓く。この穏やかな優しさこそが、『葬送のフリーレン』に私たちが惹かれる理由なのだろう。





















